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どうか、安らかな日々が続きますように

「なんですって? いつ?」


 唐突にもたらされた訃報に、ヴィオレットの顔が強張る。


「半月ほど前だそうです」

「なんてこと……」


 うつむくヴィオレットは、たいそう無念そうだった。世話になった人間の死を悼み、葬儀に参列できなかったことを悔やんでいるような。

 シェリルは表情を曇らせたまま、話を続ける。


「なかなか手紙の返事を頂けないので、お屋敷の近くまで足を運んでみました。中で働いている者に聞かずとも、すでに街で噂になっていました。急にお倒れになって、そのまま眠るように亡くなられたそうです」

「急に、眠るように……?」


 ヴィオレットの顔色が激変した。歪んだ眉と見開かれた目が示しているのは、まごうことなき恐怖。


「ヴィオレット様?」

「大丈夫よ、続けて」


 ヴィオレットは自らを落ち着かせるようにかぶりを振って、怪訝そうなシェリルを促した。


「噂によると、ここ最近、国内で同様の亡くなり方をする方が少なからずいらっしゃるようで、新種の病ではないかと……」

「なん、ですって……」


 愕然とした様子でつぶやいたヴィオレットは、すっかり蒼白になっていた。なにかに怯えるようにショールをかき合わせ、ぶるっと震えた。


「ヴィー?」「ヴィオレット様?」


 もう明らかに只事(ただごと)ではない。ラスティはシェリルと同時に声を上げて、ヴィオレットに詰め寄った。


「大丈夫よ、大丈夫だから」


 ヴィオレットの言葉はまるで自分自身に言い聞かせているようで、ますますラスティの不安を煽った。

 さらに声を掛けようとすると、ヴィオレットはすっくと立ち上がる。その顔には、なんらかの決意がみなぎっていた。


 なんだなんだとヴィオレットを見つめると、その姿が瞬く間に霧となった。白い塊は、窓の向こうへ抜けていく。

 あまりに突然のことに、ラスティとシェリルは呆然と目を見合わせた。


「ど、どこへ行っちまったんだ」

「わかりません」


 二人で競うように窓元へ向かい、並んで外を眺めてみる。裏庭の向こうに広がる木々の間に、ヴィオレットだと(おぼ)しき影が見え隠れしていた。


「ヴィオレット様、領域の結界を強化していらっしゃるみたいです……」

「なんだって?」


 驚きのあまり声が裏返った。

 ラスティには結界うんぬんのことはわからないが、端的に言えば、この屋敷に危機が迫っているから防御を固めている、ということだろうか。屋敷の防衛と伯爵の死に、どんな関係があるというのだろう。

 言い知れぬ不安がラスティを襲い、背筋が薄ら寒くなる。シェリルもまた、青い顔をしていた。


 ――大丈夫だ、とラスティは己に言い聞かせる。

 血の使い方を覚えたのだから、少なくとも戦える。ヴィオレットとシェリルを守れるはずだ。


 ――本当に大丈夫だろうか、と弱音が噴出した。

 ラスティはしょせん、『なりたて、ほやほや』だ。血を使った戦闘経験だって一回こっきりだし、あの犬一匹では、集団戦になったらどうしようもない。

 身体の奥からじわじわと湧き出る恐怖に、指先が震える。


「ラスティ様。ヴィオレット様と(むつ)み合っているところにお邪魔して、申し訳ございませんでした」

「へ?」


 あまりに突拍子もないシェリルの謝罪に、不安や恐怖が遥か彼方へ吹き飛んだ。


「いやいやいや普通に喋ってただけだから」


 苦しい言い訳をすると、シェリルは至極真面目な表情で言う。


「だって、寝台におられたでしょう。わたくしだって『される側』ですから、雰囲気でわかりますよ」

「ふっ、雰囲気……」

「ヴィオレット様の首筋に、痕が残っていましたし……」


 それを指摘されると、もうぐうの音も出ない。シェリルの言う通り、良い感じになっていたところに割って入られたのは紛れもない事実だ。

 気恥ずかしさに口をもごもごさせていると、シェリルはラスティから目を逸らし、ばつが悪そうに言った。


「ああ、困らせてしまって申し訳ありません。肩の力を抜いて頂きたかったのですが、適切な方法が見つからず……」

「……別の意味で心臓に悪い」


 がくりと肩を落とすと、シェリルが小声で『すみません』とつぶやいた。とんでもない和ませ方をされたものだが、結果的に心身の緊張は解けた。感謝するべきなのだろう。


「領域内のことは、ヴィオレット様に任せておけば大丈夫ですよ」


 シェリルはいつものように朗らかな笑みを見せた――が、少しくちびるが震えていた。さっきの冗談は、ラスティを励ますだけではなく、己を奮起させるためでもあったのだろう。


 ラスティがシェリルの肩を抱くと、シェリルも身を預けてくる。それは決して男女の振る舞いではなく、心を許した『家族』としての自然な行いだった。


 万が一のことが起こったら、ヴィオレットの足手まといにならないように努め、シェリルを守ろう。

 決意を新たにしていると、シェリルがくすりと笑う。


「……でも、いちゃいちゃしてたんですよね」


 身も蓋もない言葉を向けられ、ラスティは動揺を隠せない。

 しかし、シェリルは決してからかったり、非難したりしているふうではなかった。ただ微笑ましそうにしているだけ。


「遠慮なさることはありません。わたくしは、お二人が仲良くなさっているととても嬉しいのです」


 温かく細められていた目に、悲愴な色が現れた。


「ああ、どうか安らかな日々が続きますように……」


 シェリルは窓の外を見つめながら、神に祈るように指を組んだ。きっと本当に、天の父に祈念しているのだろう。


 ラスティも、とうに薄れた信仰心を復活させ、とうに忘れた聖句を記憶から引きずり起こした。


 “そうなりますように”と。

そうなりますように:祈りの最後に唱える言葉の日本語訳。

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