愛の交歓は熱く、甘く、激しく
「休憩するの?」
ヴィオレットがするりと膝の上に乗ってきた。口元にはからかうような笑みが貼り付いている。
どうやらラスティの動揺をすっかり見抜いているようで、もっと玩弄してやろうという気持ちが透けていた。
ラスティはわずかに躊躇いつつも、ヴィオレットの腰と背中に手を回した。対応としては正解だったらしく、ご褒美として熱い口づけが与えられた。
ソファの背もたれに押し付けられる格好になったラスティは、ただされるがまま。ヴィオレットのくちびると舌は、家探しする強盗のように遠慮がない。ああ、そんなところまで漁るのか、といつも吃驚させられる。
しかしラスティも、昼夜問わず与えられる激しいキスにはだいぶ慣れてきた。ヴィオレットを抱き寄せて、同じくらいの情熱をお返しする。
最初は一方的だった口づけは、やがて協調路線をとって、さらなる続行を可能にした。
ラスティは、こんなとき無性に思う。ヴィオレットに対して、『好きだ』と伝えたいと。
好意自体はすでに伝えてある。初めて血をもらった夜に。
だがそれっきりで、以降は一度も口にしていない。しかも、ラスティの胸中に存在する想念は、そのときよりも遥かに大きく、熱く膨らんでいた。
それはハリーとの一件ではっきりと自覚させられた。
くちびるが離れた瞬間、『好きだ』と囁いたら、ヴィオレットはどんな反応をするだろう。
共に暮らす者としての好意ではなく、恋慕の情を抱いているのだと伝えたら、どんな言葉を返してくれるだろう。
困ると言うだろうか。気持ち悪いと言うだろうか。私も好きだ、と言ってくれるだろうか。
もしくは……遠い目をして、『心に決めた男がいる』と言うだろうか……。
たった一言を発しただけで、二人の関係が大きく変わってしまいそうで、とても恐ろしい。
ラスティは不安を紛らわすため、さらにヴィオレットを求めた。ラスティの心中を知らぬヴィオレットは、熱量を増したキスにますます喜んだようで、負けてたまるかとばかりに気勢をあげた。
もう最後の方は、キスをしているんだか、くちびるを使った喧嘩をしているんだか、訳がわからなくなっていた。
くちびるを離したあとは、室内に二人の荒い呼吸音が満ちる。
まだ日も高い内からなにをやってるんだ、とラスティは照れた。
このまま勢いに任せて、愛を告白してもいいような気がするが、理性が『やめておけ』と警告してくる。今日のところは大人しく従おう。
だが、同時に湧き上がってきたもう一つの感情は、飲み込まずに告げてしまおうか。
「えーっと、あの、ヴィー。俺は賢くないから、本の主人公みたいに、気の利いた台詞を言えないんだが……」
遠慮がちに切り出すと、ヴィオレットは困ったように笑った。
「なにを言いたいのかわからないが、無理をするな。歯の浮くような台詞より、飾り気のない物言いの方が似合う男もいる」
寛容な物言いにラスティは胸をなでおろす。小さく安堵の息を吐いてから、心を決めて切り出した。
「じゃあはっきり言うけど……、血をもらえないか?」
拒絶されるかな、と恐々としていると、ヴィオレットの表情は再び甘く蕩けた。
「奇遇だな。私もそんな気分だった」
吸血欲が満たせる、その単純な歓喜は、ラスティに満面の笑みを浮かべさせた。次いで、彼女も同様の気分になっていたことへの喜びが湧いてくる。
ヴィオレットはドレスの胸元を強引にはだけると、色っぽく流し目を使ってきた。
「ここでするか? それとも寝台へ? それとも、うしろから……」
もったいぶるように囁きながらも、ヴィオレットの太腿はラスティの両脚を挟み込んで、移動を阻止している。ムードなんてどうでもいいから、ただちに牙を突き立てろ、と動作で催促していた。
場所や体勢を変えるためのわずかな時間が惜しい、キスで昂揚した気持ちを、ほんの少しでも冷めさせたくない。そんな気持ちになっているのだろう。
欲望を素直にぶつけてくるヴィオレットが愛しかった。恥じらいや貞淑さも女の美徳だが、ヴィオレットには奔放さこそが似合っている。
ラスティはヴィオレットを強く抱き寄せると、口内ですっかり尖り切っている牙を彼女の首筋にあてがい、一息に押し込んだ。
苦痛が快楽へ変わる瞬間、ヴィオレットが喉の奥から漏らす喘ぎがたまらなく官能的で、ラスティの心身をこれ以上なく熱くさせた。
柔肌から染み出る甘露を一滴も逃さず啜ると、肉体に得も言われぬ充足感が満ちていく。
ひとしきり欲求を満たしたあとは、牙を抜いたり沈めたりしてヴィオレットを酔わせてやる。
シャツが裂ける音がしたのは、ヴィオレットが強く掴んだせいだろう。シャツが破れた理由を、シェリルになんて説明しよう。
そんなふうに余計な思考を巡らせつつ、数日ぶりの愛の交歓を堪能し、終えた。途端にヴィオレットが脱力し、倒れ込んでくる。
愛しい体温と重み。汗の甘い匂い。ラスティはもう一度、ヴィオレットを強く抱き締めた。
「少し眠る。寝台に運んで」
かすれた声でヴィオレットが言う。己の為したことが女を疲弊させたのだと思うと、達成感のようなものが湧き上がってきた。
ラスティはぐったりしているヴィオレットを抱き上げると、指示通りに寝台へ向かい、横たえた。彼女の胸はまだ大きく上下しており、とても気怠げで、とても無防備だ。
額に貼り付いた前髪を払ってやると、ヴィオレットはくすぐったそうに微笑む。気を許した者にしか見せない、甘える少女のような笑み。愛しい女にこんな笑顔を向けてもらえるなんて、自分はなんて果報者だろう。
幸福感に包まれながら、ラスティは思った。気分が高まったついでに、もう一つ頼んでみよう、と。