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情夫の甲斐性

「ところで……俺の衣装代、相当かかったと思うんだが、金の出処(でどころ)はどうなっているんだ?」


 今さらながらに気になったことを尋ねると、シェリルは口元に手をやって、『ええと……』と唸った。なんと言おうか、慎重に考えているようだった。


「率直な言い方をすれば……人間に貢がせています」


 その答えは、おおよそ想定通りだった。美しい姿を持つ『吸血鬼』らしい方法だ。

 ふんふんと頷くと、シェリルはホッとしたような顔をした。ラスティが不快感を示す可能性を憂慮していたのだろう。まぁ、思うところがないわけではないが、不快だと顔をしかめるほどでもない。

 シェリルは安心した様子で説明を続ける。


「カルミラの民のほとんどが、瞳に宿る力で人間を籠絡(ろうらく)し、様々な利益を得ています」

「籠絡して、利益を得るついでに血を吸うのか?」

「いいえ、吸血とは別です。誘惑して『(とりこ)』にするだけ。いわゆる『お金持ち』というのは、その多くが男性です。カルミラの民の方々の好みから外れた年齢・容姿の方が大多数です」

「なるほどね」


 相槌を打ちつつ、胸をなでおろす。でっぷり太った貴族のおっさんの血を吸うヴィオレットの姿を、想像しなくて済んだからだ。


「貢がせるのは、お金や貴金属だけではありません。土地や店舗を受け継いで、莫大な収入を得ている方も多いです。そのお金をさらに運用する方もおりますね。エドマンド様は、貿易関係に投資をしているそうですよ」

「へぇぇ」


 あの穏やかな面立ちの青年も、意外な才覚があるものだ。


「ヴィオレット様に関しては、現在五人ほど、『懇意』にしている人間がいます。手紙を書けば、たちまち言い値を送金してくださるような。同時に、ひいおばあさまの代からの契約があって、同胞の方々からもなんらかの収入を得ております」

「そうかぁ」


 一通り説明を聞いたラスティは、腕組みして大きく息を吐いた。


「籠絡……運用……投資……。俺には到底無理そうだ」

「知識や経験、先見の明などが必要でしょうし、一朝一夕(いっちょういっせき)でできることではありませんわねぇ」


 他人事のように首をかしげていたシェリルだったが、はっと目を見開いたあと、険しい顔でラスティへ迫る。


「まさかラスティ様……お金を稼ごうとしていらっしゃいます? 服の代金を返そうと?」

「そりゃあまぁ、できればそうしたい。頭を使うのは苦手だけど、肉体労働ならできるかなぁと……」


 途端に、シェリルが激情を剥き出しにする。


「冗談でございましょう!? 肉体労働なんて、下層階級者の仕事です!」


 あまりの剣幕に、ラスティは目を白黒させた。いつも朗らかなシェリルが、なぜこんなにも声を荒らげるのか理解できない。


「いや……現に俺は下層階級者だし。それに、普段は屋敷で肉体労働してるだろ? シェリルだって、女中として下働きしてるじゃないか」


 シェリルはうっと口ごもったが、すぐに勢いを盛り返した。


「ラスティ様が屋敷でなさっているのは『労働』ではありませんし、わたくしは従者ですので当然です!」


 胸を張ってぴしゃりと言ったあと、眉尻を下げて諭すように問い掛けてくる。


「街へ出て、賃金労働者として鉱山や工場での職を見つけるおつもりでしょう? そりゃあ、今のご時世そういう仕事は有り余ってます。ですが非常に劣悪で過酷な環境だと聞き及んでおりますよ」

「そういうのは、慣れてるんだ」


 どんな労働現場だって、戦場よりはマシだろうと思う。それに、超越者になって力も体力も増したし、怪我もすぐ治るし、ちょうどいいだろう。

 だがシェリルは肩を震わせ、ますます激しくラスティに詰め寄った。


「慣れとかそういう問題ではありません! ヴィオレット様と血を分けた尊い御方が肉体労働をするなんて、(もっ)ての(ほか)だと申し上げているのです!」


 ラスティの耳を打つ厳しい声は、もはや叱責だった。『尊い御方』ってそんな大袈裟な、とくちびるを曲げると、シェリルからトドメの一押しが飛んでくる。


「ご自分の立場をお考えください! 万が一、同胞の方々にそのようなことが知れたら、恥をかくのはヴィオレット様なのですよ!」

「あ……」


 ラスティはようやく、シェリルの言わんとしていたことを理解した。

 自分はもうヴィオレットの身内なのだ。カルミラの民の始祖の血を引き、『宵闇の女王』の二つ名を持つ高貴な女の縁者。

 ラスティの為すことはヴィオレットの為すこと。ラスティが『身分』にそぐわぬ言動をとれば、後ろ指さされるのはヴィオレットなのだ。


 言葉を失い呆然としていると、シェリルがそっと背中に触れてきた。


「なにもしなくても良いではありませんか。お金持ちの養子にでもなったようなつもりで、堂々と構えていてください」

「でも、それじゃただの情夫だろう。もっとこう、甲斐性を見せて、対等に……」


 なおも追い(すが)ると、シェリルは表情を曇らせる。


「対等……ですか」


 つぶやくように言ったあと、口元を固く引き結んで、うつむいてしまう。

 なにかを思い(わずら)っているようで、ラスティは気を揉みながらシェリルの次声を待った。

職業に関しての差別的発言は、時代背景を考慮してのものです。ご了承ください。

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