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俺の犬扱いは、いつ終わる?

 ハリーは寝台の上で上半身を起こしていた。

 顔は青白く、三つ編みはところどころが(ほつ)れていて、いかにも病み上がりといった様子だ。もしかしたら、シェリルのように発熱していたのかもしれない。


 ラスティの姿を認めてからずっと、滑稽なほど目をまん丸にして、あんぐりと口を開けている。せっかくの端正な容貌が台無しだ。


 酸欠の魚のように口をぱくぱくさせたあと、ようやく我に返ったらしい。いかにも不愉快というような表情を作って、ぷいとそっぽを向いた。


「フレデリカ、その犬はダメだ。元いた場所に返してきなさい」


 ハリーはラスティの存在を無視し、フレデリカが連れてきたのはあくまでも『犬』であるかのように振る舞った。それは、『話をする気は毛頭ない』という拒絶の現れなのだろう。

 冷ややかな態度を取られたフレデリカだが、悄気返(しょげかえ)ることなく言い返す。


「わかったわ。庭にいたから、庭に放してくる」

「ホレス氏を呼びに帰れ。結界に重大な不備があると、もう一度来てもらえ。ついでに、道中でその犬を捨ててこい」

「そんなのかわいそう!」

「……俺の犬扱いは、いつ終わるんだ」


 ラスティは恐る恐る声を掛けたが、どちらからも返事はなかった。フレデリカは素気無(すげな)い態度のハリーへ怒っているし、ハリーはこちらに後頭部しか見せてくれない。


 やがてフレデリカは強硬手段に出た。ラスティの腕に自分のそれを絡ませて、わざとらしいほど大声で言う。


「ねぇトム、客間へ行きましょう! お茶を淹れてあげるわ。一番高価なやつをね」

「フレデリカ!」


 ハリーが声を荒らげた。ようやくこちらを向いたが、瞳の中には憤怒が満ちていた。その怒りは、聞き分けのないフレデリカへ向けられたものではなく、間違いなくラスティへ対するものだ。


 それでもハリーはラスティと視線を合わせようとしない。あくまでもラスティを無視し、フレデリカを叱責しているような(てい)を取っている。

 フレデリカは理不尽だと言わんばかりに甲高い声を発した。


「なによ、せっかくお見舞いに来てくれたのに!」

「見舞いだと……」


 ハリーが忌々しげに吐き捨てた。眉間と鼻筋にたっぷりと(しわ)が寄り、唸る獣のような形相になっている。

 怒りの(たぎ)る両目がゆっくりと動き、ラスティを捉えた。


「誰の差し金で来た。エドマンドか、グレナデンか。……それとも、宵闇の女王か。私を殺して来いと言われたか」


 ようやくハリーはラスティと向き合ってくれたが、瞳と声に宿る怒気は凄まじい。ラスティは圧倒され、言葉を失いかけた。なんとか己を奮い立たせ、努めて平静に答える。


「誰の差し金でもないし、殺す気はない」

「どうだろうな。宵闇の女王の瞳の力を受ければ、自分の意思さえ有耶無耶(うやむや)になる」


 ハリーは嘲るように口元を歪めた。そこでようやくラスティは、彼の瞳の力によって眠らされたことを思い出す。まるで魔法でもかけられたかのような、強制入眠。そういった超常の力が、美しく煌めく黒瞳(こくどう)に宿っているのだ。

 ラスティは慌ててハリーから目を逸らした。目を見て話したかったが、やむを得ない。


「俺は正気だ。自分の意思で、ここに来た」


 できる限り強い調子で言ったが、ハリーは嘲笑するのみ。


「信用できるものか。あの女は、襤褸(ぼろ)切れのようになったセーラを見て、怒り心頭だったのではないか? 一も二もなく、私を殺して来いと(わめ)き散らしたのではないか?」

「ただ泣いてたよ。一人で立てないほど取り乱して、心配になるくらい長時間、ずーっと泣いていた」


 ラスティが事実を答えると、ハリーの笑みが消えた。けれど代わりに、瞳に冷え冷えとしたものが宿る。


「……惰弱な女だ」


 軽蔑し切ったような罵倒を聞いて、ラスティの胸にも冷たい怒りが湧き上がった。拳を握ってやり過ごし、諭すように語りかける。


「あんたへの恨み言なんか、一言も漏らさなかった」

「……だからどうした」


 ハリーは再び、顔中に怒りをたたえた。色違いの瞳に炎を宿らせ、怒号を放つ。


「人心を(もてあそ)び食い物にする化け物の心情など聞かされても、なんとも思わん!」


 しかし次の瞬間、表情を強張らせ、肩を押さえた。大きく喘いでから、くちびるを噛み締める。

 フレデリカが慌てて駆け寄った。


「怪我、ちっとも治ってないのね!」

「触るな」

「なによ!」

「触るなと言っている! あいつをどこかへ連れて行け!」


 八つ当たりのように怒鳴られ、フレデリカは叱られた子どものように顔をくしゃくしゃにした。泣き出すかと思いきや、彼女もまた感情的に絶叫する。


「なによ、バカ! バカバカバーカ!」


 フレデリカは体当たりするようにラスティの元へ戻ってきた。恐ろしい力で腕を掴まれ、ぐいと引っ張られる。


「行きましょ!」

「でも……」


 抵抗してこの場に留まろうかと思案したが、ハリーは憤懣(ふんまん)やるかたないといった様子で肩を震わせている。対話するにしても、一度退室し、時間を置いた方が賢明だろう。

 ラスティは渋々、フレデリカに従った。

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