戦闘訓練と三色姉妹
「勇者様ぁ! 行きますよ!」
四角く切り取られた青の空に威勢の良い若い声が響く。
「死ぃぃぃぃねぇぇぇぇええええ!!」
「え? ちょ、ま! 死ねって!? うぉあ!」
反射的に身体を仰け反らせるとビュボゥ!と先程まで自分の身を置いていた位置を強烈な風が駆け抜けた。当たれば人体にとんでもない障害が残りそうな一撃がなんの躊躇もなく打ちこまれてきたことに僕は戦慄する。
「ぶっっっ殺すっ!!」
「口が悪いな!?」
全体に脱着式の重りを付けて実物の重さに合わせた木製の模擬刀を、殺意盛り盛りで振り回してくる兵士に対し僕は自分の持つ模擬刀で応戦する。相手が振り上げ振り下ろす動きに合わせ剣を走らせるだけで精いっぱいだ。
ここはクオリア城の中庭であり、兵達の訓練場だ。
城は上から見ると口の字型となっており、同じ訓練場の兵士たちは世界を救う勇者がどんなものかと遠慮の無い視線を送ってくるし、城の四方の窓からも警護の兵やメイド達が面白半分に声援を送ってくる。ただでさえ上がり症なのに緊張の上から更に緊張を強いられ僕としてはやりづらいことこの上ない。嫌な汗が頬を伝う。
運動は苦手な方だ。神様から身体を貰う以前から人並み以上の体力はあるつもりだが身体の使い方がどうしようもなく不器用なため、複雑なルールが絡むスポーツほどボロボロになる。そして学校の体育の授業は嫌いだった。とくにペアを組んで練習とか、必ずと言っていいほどあぶれる。そして周囲の憐れむような自分を見る目が堪らなく嫌だった。今はどうだろう。ここの兵達は入れ替わり立ち替わりで「次は俺だ」「私だ」と僕の相手を志願してくる。その目は殺意に近い闘志に満ちていて、元の世界とは全く真逆の視線であるが、……いったいどっちが居心地悪いんだろうね。
「っ!!」
少年のような若い兵が強く踏み込み、僕を下から見上げるように目があった。
「あ」
その瞬間ヘッドギア越しの僕の側頭部に衝撃が走り、首から上が無くなるのではないかという勢いで世界が反転した。幸い僕の身体から頭が離れることはなかったが、身体が追随し宙を舞う。綺麗な縦回転だ。回転する世界の中でオルヴィスが「あちゃぁ」といった感じで額に手を置いている。いい加減慣れろ。僕は慣れた。
意識が断ち切られる寸前、僕の身体は柔らかな感触に受け止められた。
「なぁナルコ。そうポンポン倒されちゃぁお前に負けた俺の立場が無いんだが」
目を覚ますとオルヴィスが真顔で覗きこんでくる。
「あの時はまぐれだよ。反則みたいな力も使ってたし」
剣術訓練ということで神様から貰った力は使っていない。あの丘での戦闘は自分的にはノーカンだがオルヴィスは自分の負けだと言って譲らない。酒の回った席では時に誇らしく、時に面白おかしく周囲に話しているものだから、戦闘訓練でポンポン気絶させられている僕に半ば呆れているのではないだろうか。
「それよりも、皆ちょっと殺意高過ぎじゃないですか? 訓練なのに」
「訓練だからだよ。訓練以上のことはいざとなった時出てこないぜ」
それならせめて剣術のイロハについて詳しくレクチャーして貰いたいものだ。基本もなにもない素人が実践形式での訓練って敷居が高いと思うの。
「あん? 戦闘に関する基本なら教えただろう?」
「いや、あのガーとかグワンとか、擬音だらけの〝The教え下手〟って感じの説明じゃ分からないよ」
なにがわからねぇんだ?と深く考えだすオルヴィス。じゃあオルヴィスが駄目だからと他の兵達に教えを乞うと、
『いやぁ、兵士長があんな感じなんで皆我流で覚えたんすよ。……実践で』
とまぁ、皆さん剣の扱いに関しては身体で覚えたようで教え方もオルヴィスと五十歩百歩だったので今に到るわけだ。こういうのってお城お抱えの指南役っていないのだろうか? それでいて軍事力が世界最大の国というのだから恐ろしい。一人一人が自分に合わせ編み出した剣術を習得したことでかなり尖った組織になっているようだ。
先程の少年兵もそうだ。小柄な体を利用し、低い位置から猛スピードで懐に飛び込み、視線を惹き付け死角から攻撃を放ってくる。何度かやられているが未だに慣れない。他にも高い身長を活かし、質量と遠心力を武器に戦ってくる剣士もいれば、フェイントにフェイントを重ね、こちらの理解が追い付かないまま完封してくる剣士もいた。
誰一人同じ戦術を使わない。
「ほんと、身体が持たないよ」
ポツリと口から言葉が滑る。弱音など言うつもりはなかったのに。
僕は横になっている姿勢で空を見上げた。
「…………おおぅ」
見上げたが、空が見える事は無かった。それは横から突き出た山が視界を塞いでいたからだ。後頭部に伝わる弾力と頭頂部に触れる柔らかな感触から察していたが、なんとも絶景な……。
「いつもごめんね。バローネさん。そしていつもありがとう。色んな意味で」
「私は鳴子様専用のアシスタントです。サポートは常に万全です」
山の向こうから声が降ってくる。僕が戦闘訓練中に怪我をしないのは神様から与えられた頑丈な肉体とこの山の主が自動防御の魔法を掛けてくれているおかげだ。衝撃が来る場所に自動でバリアが展開しダメージを周囲に逃がすのだ。ただ、ダメージを受けた時に生じる隙への対処など、全てを補助し過ぎると実践的な訓練にならないため、バローネさんがその都度さじ加減を調整してくれている。全てを目で追い、その都度対応しているのだからバローネさん自身のスペックはかなり高い次元にあるらしい。
しかしたまに、
『おや、こんな所に糸のほつれが』
『ほぶぇっ!?』
バローネさんが余所見をして僕がかなり痛い一撃を貰う事がある。ちょっぴりお茶目さんだ。
今回も衝撃を殺しきれなかったのか、僕の頭はまだグワングワンしている。脳震盪を起こしているのか、手や足の先の感覚が麻痺している。このくらいなら直ぐに回復するだろう。残念なことに、戦闘術よりもダメージを受ける事に慣れてきてしまった。
「ゆ、勇者さま~!」
「ご無事ですか?」
「ナルコ! 無事? 無事?」
そしてこれもお決まりである。
僕が訓練中に気絶すると決まって現れるアカ・アオ・キィの三色メイド姉妹だ。三人は回復術に長け、王様から僕の訓練のサポートをするように命ぜられているらしい。
「だ、大丈夫。ちょっと父さんと母さんに会っていただけ……」
「重症です!」
「早く手当てを」
「死ぬな!死ぬな!」
長女のアカが僕の腕を引っ張りバローネさんの膝から引き摺り降ろす。
「いでで!?」
しかし、同時に次女のアオが反対から腕を引っ張る。この二人はなぜか互いの行動を競っている節があり、それによって引き起こされる災害に僕は毎回巻き込まれている。右に左にと頭が揺れ目の前がグラグラとゆれる感覚になんだか気持ち悪くなってきた……。
「う……」
吐きそう。なんて思っていると救いの手が差し伸べられる。
「ひゃ!」
「く!」
僕の腕を引っ張るアカとアオの手の甲を何かが引っ掻いた。
「フシィっ!」
僕に馬乗りになり猫のように威嚇しているのは三女のキィだ。姉妹の中で一番幼いながらもなにげに一番まともに仕事をしているのはこの子である。
「ナルコ! 頭、動かさない!」
キィは僕から降りると僕の頭を優しく抱きかかえ、二人の姉に威嚇の目を向ける。
「う……、ごめんさい……」
「すみません」
アカとアオが小さくなって謝罪した。
大体はいつもの流れだ。ここまでがセットでようやく僕の手当てが始まるのだ。
「術式構築」
「安定」
「解放」
三姉妹が僕を囲むように立つと緑色の魔法陣が展開される。そして暖かな風が僕の身体を包みこみ、僕の身体が急速に熱を持つのを感じる。細胞が活性化しているのだとバローネさんが行っていた。手足の痺れが急速に引いていき頭の中がクリアになっていく。
「「「完了です!」」」
緑の陣が四散し大気に溶けていく。いつ見ても目を奪われる光景だ。僕は自分の手足が動く事を確認する。
「「動作確認!」」
「確認!」
するとアカとアオが僕の右手と左手をとりそれぞれ自分の頭の上に乗せてくる。
撫でろと。
クシャリと求められるがままに二人の頭を撫でていると揺れる髪から甘い香りが鼻孔をくすぐりクラリとさせられてしまう。
「えへへ、異常無しです」
アカさんはどこか満足そうだ。
「ふぶっ!」
ボーっと女子の頭を撫でまわしている僕の鳩尾に重たい衝撃が走る。
「キィも!キィも!」
一人あぶれたキィが涙目で僕の胸に頭突きを喰らわせてくる。肺の中の空気が全て強制排出され呼吸困難に陥る勢いだ。僕はアカとアオの頭から手を放すと両手でキィの顔を挟み込む。
「おーよしよし」
両手で頭をワシャワシャと撫でるとキィは喉からゴロゴロと上機嫌な音が聞こえそうなほど目を細め、口元が緩んでいる。小動物を構っているいるようでついつい撫で過ぎてしまう。キィに関しては人見知りを発揮することもなく普通に接することができていた。今まで接する機会が無かったため自分でも分からなかったが、子ども相手なら緊張しないということだろうか。非常に情けない話である。
「モテモテですね、鳴子様」
バローネさんがそんな茶々を入れてきた。
「そ、そうみえます?」
「えぇ、私のデータバンクにあります鳴子様の今までの人生記録と比較してみてもダントツに」
「そのデータバンクっていったい……」
著しく僕のプライバシーが侵されている気がする……。詳しく聞くと僕の精神が深く削られそうなのでやめておこう。そして僕は軽く空を見上げる。言われてみれば、こんなに女の子に囲まれるなんてことは今までの経験では皆無と言っていい。それもかなり好意的に見られているなんて夢の中ですらなかったことだ。その要因はなにかと頭をめぐらせれば、答えは容易に想像がついた。
(それは僕が〝勇者〟だから、ですかね……)
行き着いた結論は声に出さなかった。彼女達や周りの人間にとても失礼な物言いだからだ。自分で名乗ったこともないし実績もない。それでもこの国の人々は僕を勇者と讃え資質に関して疑うことがない。それは思考停止というものだと思う。もし仮に僕が勇者として迎え入れられていなかったら、誰も僕に興味を抱くことはなかっただろうと考えている。
「…………」
自分の思考に溜息が零れる。
もっと前向きに受け止めるべきだ。今はこうして勇者として恥ずかしくないように訓練も始めているし、魔王を討伐する役目も引き受けた。それが実現できるかは別として、勇者的な行動と言っても良いのではないか。ちょっとぐらい調子に乗っても良いのではないか。
ジッと、キィが僕の顔を見つめている事に気付いた。
「ナルコ、難しそうな顔してる」
「そ、そうかな?」
言うや否や今度はキィが僕の両頬を手でグイーと捏ね回し口角を強制的に持ち上げた。
「笑う! 笑う!」
なんだか、心に抱えた不安を見透かされたような恥ずかしさがあるが、僕は応えるように笑みを浮かべる。とてもぎこちない笑みだということは自覚している。
――――。
ふいに僕の両腕が暖かな感触に包まれた。戸惑い左右を交互に見れば、アカとアオの二人が目を伏せ腕に寄りそうように密着していた。なにこれ凄い柔らかい。
「勇者様、私たちでは計り知れぬ不安を抱えていらっしゃるのですね」
「ですがご安心を。私たちが全力でサポート致します」
「ナルコ! 安心! 安心!」
それは、今までに聞いたどんな言葉よりも優しい言葉だった。油断すれば目から涙が零れていたかもしれない。誰かに期待されることも、心配されることも、庇ってもらうことも、今までに無かったことだった。そんな背後で複数の土を踏む音が響いた。振り返れば屈強な男達が仁王立ちでこちらを見ている。
「勇者様、我々も勇者様の訓練を全力でサポートさせていただきますぞ。えぇ全力で」
「覚悟してくださいよ勇者様。 うらやまけしからん殺す」
「おかしいよね。勝ってイケてるのはこっちなんだがなぁ」
「事故ならしょうがない……」
「み、みんな、ありがとうございます! でも殺意は隠しましょうよ!?」
身の危険を感じながら再開した訓練で、僕は2度3度と気絶させられ、その都度三姉妹の手厚い看護を受け周囲の男達のヘイトを溜めていくのであった。
「り、理不尽過ぎるーー!!」
三色姉妹の髪の色の設定を「緑」からそれぞれ「赤・青・黄」に変更しました。




