「はぁああ、ヴィー様、大好き」
妊娠前
「ヴィー様」
マドロールは嬉しそうに、その名を呼んだ。
ヴィツィオはマドロールの呼びかけに顔を上げる。目が合うと、満面の笑みでにこにこと微笑む妻の姿がある。
「ヴィー様」
マドロールは再度、ヴィツィオの名前を呼んだ。
「どうした?」
「ふふっ、ヴィー様の名前を呼んでみたくなっただけです」
幸せそうに微笑むマドロール。
他の者が同じことをすれば不機嫌になるだろうが、マドロールから用もなく呼ばれるのは構わないらしい。
皇帝は妻に大変甘かった。それこそ見ている者が砂を吐きたくなるぐらいである。それこそ皇妃の望むことならば、なんだって許してしまうほどである。
――皇帝夫妻に仕える者達はそれを知っているので、誰もマドロールと同じ対応を皇帝にしようなんてしないのだ。
「そうか」
「はい。ヴィー様の名前を呼ぶことが出来る幸せを私は噛みしめておりますの! ヴィー様って何度も呼びたいですわ」
「呼べばいい」
「ふふっ、じゃあ、今日はヴィー様の名前を呼びたい気分なので呼びますね?」
笑いながらマドロールは「ヴィー様」「ヴィー様」と何度もそう口にした。ちなみにこうしている間、ヴィツィオもマドロールも公務はしている。書類を見ながら時折、こうしてイチャイチャしているのである。
同じ室内にいる文官や護衛達は皇帝夫妻の仲睦まじい様子に慣れているものの、たまに気まずくなるのである。
「マドロール」
そうしていると、急にヴィツィオが妻の名を呼んだ。
「なんですか、ヴィー様?」
「……俺も呼びたくなっただけだ」
ヴィツィオがそう答えると、マドロールは息を荒くして声を上げる。
「まぁ!! なんて、可愛いの、ヴィー様!! 私の名前を呼びたくなっちゃったんですね? もうっ!! 幾らでも呼んでくださいませ!!」
『暴君皇帝』。それがヴィツィオの呼び名である。冷たい一面や容赦ない一面も持ち合わせている。というか、この男、妻以外には基本冷たい。
可愛い可愛いといってはしゃぐマドロールを、ヴィツィオは呆れた目で見ている。
「マドロール」
「はい!」
「マドロール」
「ふふっ、あなたのマドロールですよ?」
「マドロール」
「はぁあん。ヴィー様の声、大好きぃ」
「マドロール」
「何回呼ばれても幸せですわ!」
ヴィツィオがただ名を呼ぶと、マドロールは嬉しそうに返事をする。
皇妃はとても元気である。
「マドロール、来い」
「まいりますわ!」
名前を何度も呼んでいたヴィツィオは、マドロールを呼び寄せる。
待ってましたとばかりに皇妃は椅子から立ち上がるとヴィツィオに近づく。ヴィツィオはマドロールを引き寄せ、膝の上へと座らせる。
「マドロール」
「はぅ、耳元でささやかれるとこう……きゅんってしますわ」
「マドロール」
「はぁああ、ヴィー様、大好き」
マドロールはヴィツィオに抱きしめられて、耳元で名前を呼ばれて興奮していた。室内の文官や護衛たちはそちらに視線を向けないようにしている。
皇帝夫妻は勝手にこんな風にいちゃついているわけだが、皇帝は唯我独尊である。
――自分で見せつけておきながら、ヴィツィオと一緒に居る可愛い妻の姿を男が見ることを嫌う。
皇帝に睨まれたくないので、彼らは息を殺して見ないようにするのであった。ヴィツィオは不機嫌になると面倒なのだ。マドロールが傍に居れば基本的に機嫌は良いが……。
「マドロール」
「はぁい」
ヴィツィオから名前を呼ばれて、うっとりした様子でマドロールは返事をする。ヴィツィオがマドロールの唇を奪った。
マドロールはされるがままだ。
「ヴィー様……」
マドロールはヴィツィオのことを見上げる。
ヴィツィオはまたマドロールに口づけた。
皇帝はマドロールに触れることが好きだ。口づけをするのも好きなようで、こうして何度もキスを落とす。
(ヴィー様って、私と口づけするの好きよねぇ。可愛い。原作のヴィー様ってこんなにちゅっちゅってしないタイプだったと思うんだけど、こういうヴィー様もとても素敵……! 私もこうやって触れ合うの大好きだから全然いいけれど)
なんて考えているマドロールである。
マドロールは前世で漫画の中で知ったヴィツィオも好きだが、こうして現実のヴィツィオも大好きである。
漫画では見られなかった姿を見られるだけで、常に彼女はにこにこしていた。
そして結局周りの目を気にすることなく、二人はずっと仲睦まじい様子を見せていたのだった。
――その日は本当に名前を呼びたい気分の日だったらしく、その後もずっとマドロールはヴィツィオの名を呼んでいた。




