「ほら、とても綺麗な貝殻ですよ。海って、前世から結構好きだったりするのですよね。」
「ヴィー様、これを見てください!」
マドロールはそう言いながら目を輝かせている。その隣には当然のようにヴィツィオの姿がある。
彼らは今、初めて訪れる国を散策している。
皇帝の地位をつい先日、ヴィツィオはヴィダディへと皇位を受け渡している。皇帝夫妻という地位にいる間は、自由気ままに様々な場所へと向かうことは難しい。もちろん、マドロールの望みをヴィツィオは常に叶えようとしていた。ただし限界というものはある。
彼女も皇妃としてあまり無茶なお願いはしないように心がけていた。あまりにも私利私欲に行動しすぎると他でもない愛しい夫の評判を下げることに繋がってしまうのでそのようなことはしないようにしていた。
「どうした?」
「ほら、とても綺麗な貝殻ですよ。海って、前世から結構好きだったりするのですよね。こう、潮の匂いがして、心地よい風が吹いていて……!」
マドロールはそう言いながら、嬉しそうに真っ白な貝殻を手に取って嬉しそうにしていた。
皇妃としての暮らしを全うした女性であるが、いつまでもマドロールは純粋な気持ちを忘れていなかった。
にこにこしているマドロールのことをヴィツィオは優しい目で見ていた。
本日は天気が良い。晴れやかな日差しが降り注ぐ中、日焼けをしないようにマドロールは帽子をかぶっている。また魔道具を使って、日差しを軽減もしていた。
この世界は魔法があるため、そういうところは便利だなとマドロールは思ってならない。
「そうか。良かったな」
「はい。ヴィー様は海は好きですか?」
「普通。ただマドロールが楽しそうだから、嫌いじゃない」
「ふふっ、もう、ヴィー様ったら!」
マドロールはヴィツィオの言葉を聞いて、笑っている。
ヴィツィオは妻に出会うまではこういった自然の情景に何かを思うことはなかった。妻が彼女でなければ皇帝を退位した後、こうして余生を過ごそうとは思わなかっただろう。
ヴィツィオとマドロールは、周りに対する考え方などは正反対である。
ヴィツィオはあまり心が動かされることはない。ただ妻や子供達と共に居る時は、その表情が確かに動く。
マドロールは逆になんにでも楽しみを見いだすタイプである。綺麗な景色を見れば目を輝かせ、美味しいものを食べれば頬を緩ませ、些細なことでもすぐにヴィツィオに報告をする。
――様々なことに真剣に向き合って、微笑むマドロールを見ているとヴィツィオの表情が動く。
本人はそこまで自覚はしていないだろうが、マドロールが傍に居るからこそヴィツィオは生き生きと過ごしていけるのだ。
「海にも魔物が居るから、海水浴は出来ないですものね。あ、でも海水を汲んで、疑似海水浴をするのはありかも?? ヴィー様の魅惑の水着姿を独り占め出来たら、凄く幸せになると思うんですよねぇ。お金も手間もかかるかもしれませんけれど、ちょっとやってみましょう!」
目を輝かせるマドロール。
湖も海も、正直言ってこの世界では魔物が居るので危険である。マドロールの前世のように水遊びをすることは命にもかかわる。
泳げるだけの海水を汲むにしても時間がかかるのでこれまで実行はしていなかった。こうして時間が出来たので、マドロールはこれまでやってこなかったことを幾らでもしたかった。
「水着……露出していると聞いているが、他に見せるなよ」
「もうっ、ヴィー様ってば! もちろん、露出控えめなものにするに決まっているでしょう。私も流石に肌が沢山見えているものは恥ずかしいですし。でもヴィー様も水着を着てくださるでしょう? ヴィー様の水着姿を思う存分堪能できると考えただけでももう……っ!!」
マドロールは血走った目をしている。大変興奮しているらしい。息を荒くしているが、ヴィツィオにとってはいつものことなので、普段通りの様子である。
「ああ。……その時は護衛は全員女だな」
「ふふっ、ヴィー様は本当に独占欲が強いですわね。でも私だって、ヴィー様の麗しい肉体を護衛や側仕えの女性陣に見られるのは嫌ですわよ。だってヴィー様に誰もが惚れてしまいますもの。ジレンマですわよね」
マドロールは悩まし気な表情を作った。
海水を汲んで疑似海水浴体験をするのならばヴィツィオの素敵な姿は見せたくない。ただし元皇帝夫妻としては護衛は必要ではある。
(ただ借りている屋敷内でならば、二人っきりで過ごしてもありかしらね。早速戻ったら水着の手配をしなければ!!)
マドロールはそんな決意をするのだった。
そしてまた妄想の世界に飛び立っているマドロールのことを、ヴィツィオは黙って見ているのだった。
元皇帝夫妻は相変わらずである。




