「……ヴィー様が、死んじゃったりしたら、私生きて行けないわ」―皇妃、記憶喪失編㉒―
事が起きたのは、城へと戻ってからのことだった。
――薬の準備が進められ、もう間もなくという頃。マドロールは厳重に守られているので、特に何が起こっているかも知らずに彼女はのんびりと過ごしていた。
だからお城への襲撃が起こったとの話を聞いたのは夜になってからのことだ。城内が騒がしい事に気づき、ヴィツィオに寝室で声をかける。
「ねぇ、ヴィー様。今日は騒がしかったですし、昼時に部屋から出ないようにと言われました。……何かあったのでしたら、教えてください。私、ヴィー様が何か危険な目に遭ったのではないかと凄く心配なんです」
マドロールは眉を下げている。不安そうに視線を彷徨わせて、彼女はヴィツィオを見ている。
幾ら彼が特別で、強い。それをマドロールは知っている。
――それでも、問題が起こって夫が危険な目に遭うのは嫌だった。それだけ大切で、大事だから。
「知りたいか? 知らなくてもいいことだが」
ヴィツィオがそう口にしたのは、マドロールには笑ってほしいと望んでいるからに他ならない。
ヴィツィオは、妻の笑顔が好きである。いつだって幸せそうに自分のことを見つめ、楽し気に微笑む。それでいて沢山喋り、その声も聴いていて不快はない。彼女が幸せであればあるほど、彼は幸せなのだ。
「知りたいです。ヴィー様は私に知られたくないことがあるかもしれないですけれど、教えてもらえるなら教えてください。それか本当に知られたくないことは何も悟らせないぐらいひっそりしてくださいね?」
マドロールがそう告げれば、ヴィツィオは口を開いた。
「マドロールに魔法をかけた一味が居ただろう。あいつらが城に襲撃してきた」
「まぁ! そんなことが? ヴィー様は……見た限りは怪我はしてなさそうだけど、本当に大丈夫ですか!?」
ベッドから立ち上がったマドロールは、ヴィツィオに近づくと怪我がないかとべたべたとその身体に触れ始める。
このようにべたべたと躊躇なく『暴君皇帝』に触れることも出来るのは皇妃だけであった。ヴィツィオはされるがままである。服をはだけさせ、肌に直接触れる。それから怪我がないかと確認している。
「ヴィー様、怪我がなさそうで良かったです。ヴィー様が傷ついたら、私は悲しくて、耐えられないです。ヴィー様には怪我一つしないでほしいです。ヴィー様の美しい身体はまるで芸術品か何かのようですもの」
「そうか。マドロールを悲しむことにならなくて良かった」
「本当にこれからも、怪我とかなるべくしないでくださいね? ヴィー様は私の夫で、その……私の物ってことですもん。だから、勝手に傷つけられたりしたら駄目ですよ? 私はヴィー様に何かする人が居たら、誰であろうと許しません!」
マドロールはヴィツィオのことが大切で仕方がない。だからなるべくヴィツィオが自分から危険なことをしないようにと心がけてもらえるようにそう言ったのである。
ヴィツィオは、マドロールのそんな言葉が嬉しいのか小さく笑っている。
「マドロールも、俺の見ていないところに行くな」
「ふふっ、もちろんですよ。ヴィー様が私の物であると同時に、私もヴィー様の所有物のようなものなのですから。ヴィー様は私のことをどうすることだって出来るんですよ。って、この話はこの位にして……怪我人などは居るんですか?」
マドロールは本題から変わってしまったことに気づき、話を戻した。
「怪我人は居るが、命に別状はない」
なんでもないことのようにそう答えられる。
マドロールの顔は青ざめている。この世界が地球よりもずっと危険なことは頭の中では理解しているが、こうして目の当たりにすると恐ろしかった。
今世の記憶を忘れてしまっている状況でも、本質は変わらず、一見するといつも通りに思えるだろう。
しかしやはり記憶がないというのは普段とは異なる、不安定な状態であることは間違いない。
(……簡単に人が死んでしまう可能性があって、皇妃という立場は狙われるもので、そう考えると怖いなぁ)
愛しい夫と、子供達。
大切な家族に囲まれて、マドロールは幸せを感じて、不安などは感じない状況にある。
――それでも普通とは異なる状況であるから、彼女は襲撃の話を聞いて余計に心配になっていた。
「マドロール、大丈夫だ」
「……ヴィー様が、死んじゃったりしたら、私生きて行けないわ。きっと記憶を失う前の私もそうだったと思います。ヴィー様が居ない世界なんて今の私だって考えられないから、前はもっとそうだったはず」
マドロールは間違いなく、そうであろうなと過去の覚えていない自分に思いを馳せて考える。
(ヴィー様が居てくれるから、私はこんなにも穏やかに過ごせているんだもの。ヴィー様が居なかったら、いきなり異世界に居て、私が皇妃だなんて言われても……落ち着かなかったはず)
マドロールはそんなことを考える。
「ああ。そうだろうな」
ヴィツィオはそう言いながら、何処か嬉しそうである。
「もう、ヴィー様、私は真剣なんですよ?」
マドロールが不満そうにそう告げると、ヴィツィオは彼女を引き寄せた。




