「こんな風に駄々こねていて、凄く可愛い。」―皇妃、記憶喪失編⑰―
「はわわわ」
マドロールは声にならない声をあげている。
なぜかというと、ヴィツィオから思いっきり抱きしめられた状態だからである。離さないとでもいう風にぎゅっと抱きしめられ、それでいて周りには魔法使いたちの姿がある。
「陛下……皇妃様の状況を確認したいので、皇妃様をこちらへ……って睨まないでください!! 城仕えの魔法使いの中で、有力なものが男性なのはあなた様だって知っていることでしょう!!」
なぜ、こんな状況かと言えば、魔法使いというのは男性が多いことに起因している。
……そもそもの話、魔法を自由自在に使いこなせる魔法使いと呼ばれる者はそれはもう数が少ない。
その中でも女性となるとほぼいない。少なくとも帝国で優秀な魔法使いは、男性だけである。
マドロールが記憶喪失状態なのは、魔法によるものだ。それもあり、魔法使いたちは皇妃の状況を確認したかった。
というのにも関わらず、非常に心が狭い夫であるヴィツィオは可愛い妻に異性を近づけたくないという理由で威嚇していた。
「それはそうだが……」
「なら、ほら、皇妃様を診察させてください。もちろん、陛下の大切な皇妃様に何かする気はありませんから!! って、睨むのはやめてください。陛下の殺気で、周りが怯えてますから」
皇帝を必死に宥めようとしているこの男の名は、グトファーガという。
ヴィツィオと同じ年の、優秀な魔法使いの一人だ。男であるという理由だけでこれまで必要以上にマドロールと関わることはなかった。
グトファーガは困っていた。
この面倒な主……敬愛する皇帝陛下が、皇妃が関わるとポンコツになることは十分知っていた。
皇妃に出会ってから、皇帝はすっかり愛におぼれている。というか、皇妃が関わると突拍子もないことを言い始めてしまうのだ。
――例えば、可愛い妻を見せたくないから貴族たちの目を潰すことを検討したり。
――例えば、皇妃が望むからという理由だけで、おかしな恰好をして仕事をしたり。
――例えば、皇妃が騎士をキラキラした目で見ていれば、対抗して模擬戦に混ざったり。
皇帝は、妻を溺愛しているためその意思を第一に考えているようだ。
「だが、マドロールは可愛い」
「はい。存じております」
何を言い出すのだろうか、と思えるような皇帝の言葉であるが彼は大変真面目に言っている。寧ろ皇帝は冗談などは言わない。
「記憶を失っているマドロールは無防備だ」
「そうですか」
「そんなマドロールと関わって惚れない男など居ないだろう」
「……そう言うほどの可愛さであることは想像できますが、大丈夫です! あなた様の最愛に手を出そうなどとする愚か者は此処におりません!」
マドロールが抱きしめられたままの状況でそんな会話がなされている。本人としては何を言われているのだろう? とそんな気持ちになっていた。
(……ヴィー様、皇帝なんて立場なのにただの男の人みたい。こんな風に駄々こねていて、凄く可愛い。凄くヴィー様らしいし、幾らでも見ていたい。私のことが可愛くて仕方がないと心から思っていて……嬉しい。でもこのままだと他の方に迷惑をかけてしまうわよね)
マドロールはヴィツィオのことを特別に思っていて、こうして愛情を示されると嬉しい。けれどもその影響で周りに何か悪い影響があるのは嫌だと思っていた。
「ヴィー様、私にはヴィー様だけですから、ね?」
マドロールがそう言って声をかけると、じっと腕の中にいるマドロールを見下ろす。上目遣いのマドロールを見て、小さく笑うヴィツィオ。
「私は他にどんなに素敵な方と出会ったとしても、結局ヴィー様が一番かっこいいと感じると思います。ですから、ヴィー様、仮に誰かに惚れられてしまったとしても私はあなたの元へ帰ってきます。だって私の愛している方はヴィー様なんですもの」
真っすぐな目でマドロールがそう告げると、間髪入れずに皇帝が皇妃の唇を奪った。
「も、もう、ヴィー様!! 目の前に魔法使いの方がいらっしゃるんですよ。ふ、二人っきりの時にしてください!!」
恥ずかしそうにそう告げるマドロール。
二人っきりであれば、幾ら口づけされても問題がないらしい。そんな可愛らしいことを口にするマドロールに、ヴィツィオは表情を和らげている。
「皇妃様の言う通りですよ。独り身の私の前でそんな風にイチャイチャしないでいただきたいものです。そういうのは二人の時にしてください。皇妃様もこうおっしゃっているので、診察させていただいても?」
「……分かった」
ようやく皇帝が頷いてくれたので、グトファーガはほっとした様子を見せていた。
そういうわけでようやく皇妃は魔法使いから診察を受けることになった。
「よろしくお願いしますね、グトファーガ」
マドロールがそう言って微笑みかけると、グトファーガは「はい。責任を以って診させていただきます」と笑った。
……ちなみにその様子を見た皇帝は当然のことながら、グトファーガを睨んでいた。




