「……好きだなって気持ちが本当にずっと溢れていく。」―皇妃、記憶喪失編⑫―
(文官達の視線が痛いわ! ヴィー様曰く私が記憶喪失なことは皆さんご存じらしいけれど……!!)
マドロールは緊張した面立ちで、ヴィツィオの隣に腰かけている。
場所は、城内にある一室。会議につかっている部屋である。記憶を失っている皇妃であるが、国政に参加することを望んだ。皇帝は過保護なためこの場は、本人の想像しないほどに準備に時間がかけられている。ヴィツィオは、マドロールが不快な思いをするようなことをする気は全くなかった。
会議に参加している貴族や文官達も、当然弁えている。
『暴君皇帝』と呼ばれているヴィツィオが、どれだけ皇妃を溺愛しているかというのは誰もが知る事実である。それこそ皇妃に対して、不埒な目を向けたり、傷つけるようなことをしてしまったら……それこそ秘密裏に処分されたとしてもおかしくない。そのことを知っているので、向けられる視線も少し控えめだ。ただ記憶喪失中のマドロールからしてみると十分“視線を向けられている”と認識しているようだが。
「陛下、会議を始めてもよろしいでしょうか」
「ああ」
文官の言葉にヴィツィオが頷き、それから会議が始まった。
その会議の内容についていくのにも、いっぱいいっぱいだ。勉強してきた内容で理解出来る面もある。
だけれども、なんとか理解しようとマドロールは必死である。
今回、会議中にマドロールが意見を求められることはなかった。元々から、会議の参加者が皇妃に話しかけることはなかったが、現在のマドロールはそんなことは知らないので自分が至らないから意見を求められないと思ってそうである。
そもそもの話、皇帝は皇妃に誰かが近づくことを大層嫌がる。異性だと余計にである。だからこそ、必要最低限に抑えている。
(記憶を失う前の私はこういった会議にもついていくことが出来たのかしら。前の私は、凄いなぁ)
そんなことをマドロールは思考して、感心していた。
マドロールは記憶を失う前の自分のことを、周りから聞いた限りでしか知らない。それでも想像以上に愛され、大切にされ、それでいて立派な皇妃だったことは分かる。
そんなマドロールのことを、今のマドロールは不思議な気持ちになって仕方がない。
嫌な感情などは一切ない。妬みとか、羨ましいという感情とかそういうものは一切ない。ただ凄いなぁ、そう言う風に自分もなれるかな? とかそんなことを思っているだけである。
(それにしても会議中のヴィー様は、凛としているというか……なんというか、凄くかっこいい。プライベートから、ヴィー様は皇帝で、オーラも凄くて……ただものじゃない雰囲気。そもそもたくっさんの人達に傅かれているところを見ると、なんというか……ヴィー様らしいなってそう思う。でも仕事中のヴィー様はそれはそれでまた違った魅力というか……。横顔からしてかっこよすぎて、ときめきしかない。なんなの?? 目が覚めてからずっと、ヴィー様の素敵さにこんな方が私の夫なんだなって変な声でそう)
会議中、マドロールは内容についていくのも必至なのだが、ちらちらとヴィツィオのことを見つめてしまっていた。
ただヴィツィオは普段通り、皇帝として公務をこなしているだけだ。
それは分かるものの……、記憶喪失中の彼女にとっては新鮮なものだった。
(……好きだなって気持ちが本当にずっと溢れていく。記憶がないのに、記憶を失う前の私に影響されているのかも? だってこんなにも無意識にただただ好意が溢れて仕方がないのだもの)
見つめているだけで、その声を聞いているだけでただ好きだという想いが溢れてい来る。
――地球で生きていた頃から、マドロールはヴィツィオが推しだった。ヴィツィオのグッズを集めて、登場シーンを読んで、一人できゃーきゃーと騒いでいたものだ。
だけれどもこうして現実に存在しているヴィツィオを見ていると……それだけじゃない気持ちが胸の奥から溢れていく。
それはきっと、記憶を失う前のマドロール自身が抱いたヴィツィオへの愛情があふれだしているものなんだろうなと今のマドロールは思っていた。
「マドロール」
会議が終わった後、ヴィツィオは妻へと声をかける。マドロールが「はいっ」と元気よく返事をすると、手招きをされる。
周りにはまだ会議室から退室していない文官や貴族達の姿がある。そんな中で、近づいてもいいのだろうかと思いながらも、ヴィツィオに誘われると拒否など出来なかった。
「あっ」
そのまま、マドロールはヴィツィオに手をひかれて、膝の上へと乗せられる。
「ちょ、ちょっと、ヴィー様? 周りに人が――」
「気にするな」
そう言われてぎゅっと抱きしめられる。それをマドロールは結局されるがままになった。
「ヴィー様、会議中の姿もとってもかっこよかったです」
マドロールがそう口にすると、ヴィツィオは機嫌よさそうに笑った。




