「娘たちがとても愛らしいわ……!」―皇妃、記憶喪失編⑨―
「この庭園は、お母様がよくティータイムを過ごしている場所だわ。お母様が好きな花が沢山植えられているの。黄色の花が多いのは、お父様の目の色が好きだからというのよ」
「お母様はお父様の目と瞳の色がとても好きだわ。だからドレスの色も黒と黄色が多いの。日常では他の色のドレスを着ることもあるけれどパーティーではいつもお父様色らしいわ」
娘たちの言葉を聞きながら、マドロールは庭園内を見渡した。真っ白なテーブルクロスの引かれた机が置かれている。
美しい花々に囲まれた中で、お茶会を楽しむなんて想像しただけでも優雅である。
「これだけ素敵な花々が咲いているなんて見ているだけで幸せな気持ちになるわ」
「お母様はお花も好きよね。お母様が嫁がれる前は、この庭園も適当に管理されていたのだと聞いたわ」
「昔の庭園の様子を聞いたことがあるけれど、全然違うのよ。産まれる前のことだから実際のところはわからないけれど……」
子供達と話していると、マドロールは益々自分はヴィツィオに愛されているのだなと実感して落ち着かない気持ちになった。
「そうなのね」
「庭師の方々もお母様に喜んでもらうために頑張ろうとしているのよ。お母様は気さくな方だから、城内で働いている者達とも仲良しなの」
「あ、でも今のお母様は距離感が分かっていないから近づいたら駄目よ。お母様が下手な態度をすると大変なことになるんだから」
「え、ええ」
勢いよく言われた言葉に大きく頷くマドロール。
(確かに皇妃という立場だからこそ、行動を間違えたら大変かもしれない。だって、皇妃の立場について私はよく分かっていないけれどとても権力があるもの。だからこそ利用しようとする人とかも増えていくのかも……。そんなことになってもヴィー様も子供達も私のことを守ってくれようとしてくれるだろう。それでも……そんな出来事は起こらない方がずっといい)
マドロールは、これまでのヴィツィオの態度を思うときっと何があっても自分は許されるのだろうなとそう感じていた。
家族は、マドロールに甘い。
少しの失敗ぐらいはきっと目を瞑るし、次に失敗しなければいいとそう言うかもしれない。ただしマドロール本人は、そんな問題が起こることは避けたかった。
今の自分は、“王族としての教育を受けた記憶”が存在しない。大国の皇妃として生きて行くだけの作法を彼女は持たない。なら、これから身に着けるしかないとマドロールは思って仕方がない。
「ロルナール、ミドロール。私、まだまだ至らないところがあるけれど一生懸命頑張るわ。記憶が戻るのが一番いいけれど、戻らなかったら……その時はその時であなたたちにとって誇らしいと思ってもらいたいもの」
マドロールが決意するように言えば、娘二人はくすくすと楽し気に微笑んだ。
「もう、お母様は記憶を失っていてもお母様よね。私もお母様に記憶を思い出してもらいたいと思うけれど、もし思い出さなくても必要なことは私がちゃんとお母様に教えるからね!」
「お母様は本当に可愛いわ! お母様が一生懸命だと、私だって頑張ろうってそう思うの」
マドロールの言葉を聞いて、彼女たちは心の底から嬉しそうである。
(娘たちがとても愛らしいわ……! 私とヴィー様の子供なのよね。それにしてもミドロールはヴィー様に似ていて、将来美人さんに育ちそうだわ。ヴィー様が女装したらこんな感じかしら)
妄想をしてマドロールは悶えていた。もちろん、顔には出ていない。
「お母様、別のところも案内しようか? それとも一旦、ティータイムはさむ? いつもね、お母様は此処でゆっくりしているからもしかしたら思い出すかも」
なんてそんなことをロルナールは言う。
ロルナールからしてみるとどちらでも構わないのだろう。
マドロールを連れまわして、様々な場所を案内するのはそれはそれで楽しい! それでいて一緒にティータイムをするのならばそれも楽しい! といったそんな心境であることはうかがえた。
ミドロールも同じような感覚で居るらしかった。小さく微笑みながら、マドロールのことを見ている。
「えっと、どうしようかしら」
マドロールは悩む素振りを見せた。
(このまま優雅にティータイムも捨てがたいわ。だってきっと楽しい時間になることは間違いないもの。でもそれで皇妃として学ぶことを疎かにするのはどうなのかしら? ここで誘惑に負け続ければ私はずっと……ゆっくりと過ごしてしまいそう)
マドロールの頭の中では「少しぐらいいいのでは?」と誘惑する声と、「このまま誘惑に負ければずるずるしてしまう」という危機感で溢れている。
結果としてマドロールは誘惑に打ち勝った。
「――いえ、今回は案内してもらいたいわ。早く、城内のことを覚えたいもの」
マドロールがそう答えると、ロルナールは「お母様がそう言うなら」といって笑った。
(……なんだろう、どちらにしても娘たちも受け入れてくれそう。ヴィー様だけじゃなく、娘たちも私に甘すぎない? もっと厳しくしてくれてもいいのに)
穏やかな笑みを浮かべる二人を見て、マドロールはそう思ってならなかった。
その後も、様々な場所へと案内してもらったがその間ずっと娘たちはマドロールに非常に優しくしているのだった。




