「お父様ってば、お母様を誰にも見せたくないって部屋にしまい込んでいたものね」―皇妃、記憶喪失編⑦―
「お母様と一緒にお勉強出来るの嬉しい!」
「お母様、これ、一緒に読もう?」
そう言って意気揚々と話しかけてくるのは、長女であるロルナールと次女であるミドロールである。
彼女たちは、皇女としての教育を受けている。それこそ、誰に嫁ぎたいと思ったとしても困らないように……。
皇帝夫妻たちは子供達の幸せを望んでいる。なので、普段から子供達には最上級の教育を与えている。
「貴方達が一緒にいてくれるのなら、私も嬉しいわ」
「ふふっ、お母様が笑っていると私も嬉しいの」
「ねぇ、お母様、虐められたら言って! お父様にすぐに言いに行くから」
マドロールの言葉を聞いて、ロルナールとミドロールはにこにこしながらそう言った。
ちなみにだが、この場には皇帝の姿はない。本人は過保護なためマドロールの傍に居たがったが娘たちから「お父様はお仕事行ってくださいませ!」「お母様のことは私達に任せて」と言われて渋々仕事に向かった。暴君は、娘にも大変弱かった。
「それは心強いわ。私は今、何も知らない状況だから、助けてもらえるのは助かるの」
「もちろん! いつもお母様が私達のことを守ってくれているもん。だからね、私達がお母様のことを沢山守るんだから」
「そうだよ。お母様はね、私達に守られていたらいいの!」
マドロールの素直な物言いに、嬉しそうにそう言った。
普段は頼りになる母親がこうして自分たちを頼ってくれている様子に「お母様を守る」とやる気に満ちているようだ。
「ありがとう」
マドロールはそう口にしながら、自然と笑顔になる。
なぜなら何処までも自分の娘たちが可愛いから。記憶がなくてもこれだけ自分を慕ってくれている可愛い子供達に愛おしさを感じないはずがなかった。
言語や文字を読むことに関しては幸いにも問題はなかったが、マドロールはそれ以外の知識が現在ない。
だからこそ勉強をする中で知らないことがいっぱいだった。当然、漫画の知識はあるが……それだけではこの世界で皇妃として生きて行くことは出来ないのである。
(……私が皇妃として相応しくないと周りに思われてしまったらどうなるんだろうか。ヴィー様は私に思い出さなくてもいいと、何もしなくてもいいとおっしゃっていたけれども本当に?)
皇妃として生きて行くには、今の彼女は足りないものしかない。
寧ろ皇女である娘たちに教わることばかりで、情けない気持ちになった。こんな姿を見せて子供達に呆れられたりしていないかと不安に思うものの、娘たちはにこにこしている。
「わぁ、私がお母様に何かを教えられる日が来るなんてっ! お母様、何かあっても私達がどうにかするからね」
「お母様、一緒に頑張ろうね!」
キラキラした目で逆に彼女たちは笑っている。
それに家庭教師の女性もマドロールの事情を聞いているからか、当たり前のように受け入れていた。
(ああ、でもそうか。これだけ優しい人たちに囲まれているのだから、もし私が至らなくて駄目だったとしても……それはそれだって受け入れたらいいんだわ。だって今が幸せなんだから、この状況を思う存分楽しんだ方がきっといいはず。ヴィー様も子供達も、私が笑っている方が嬉しいってそう言ってくれているのだもの)
記憶を無くしていても、マドロールはマドロールというか、大分前向きな思考をしていた。
不安は当然あるものの、周りの様子を見ていると大丈夫なのでは? と思っているらしかった。
「ねぇ、二人はまだ時間がある? 私ね、あまり城内のことを知らないから案内してもらえるかしら?」
マドロールは授業が終わった後に、娘たちにそう問いかけた。
「もちろん! お父様ってば、お母様を誰にも見せたくないって部屋にしまい込んでいたものね」
「お父様ってば! 真っ先に案内すべきなのに、お母様と二人っきりで過ごすことが楽しすぎたのね」
目が覚めてからのマドロールは城内の必要最低限のエリアしか行き来していなかった。それもあってもっと他の場所についても知りたかったらしい。
ヴィツィオはマドロールと思う存分過ごせるのに満足していたのか、そういうことはしていなかった。
寧ろ彼としてみれば、愛しい妻が他の者と関わらず自分の目の届く範囲にずっといることが幸福だったのだろう。
「お母様、迷子にならないようにね?」
「お母様、手を繋ぎましょう」
ロルナールとミドロールはそう言って、マドロールに手を伸ばす。
「ええ」
頷いたマドロールは、二人の娘の手に自分の手を重ねた。
それから娘たちに手をひかれながら、マドロールは歩く。周りの人々から微かに視線を感じるのは、マドロールが魔法を受けてからあまり人前に姿を現していなかったからだろう。
こんな風に注目されることに今のマドロールは慣れていない。
なので少し緊張したが、娘たち二人が笑っているのでほっとした様子を見せていた。




