「本当に、記憶を無くしてもマドロールはマドロールだ」―皇妃、記憶喪失編④―
「わわわわ、私がヴィー様の妻ぁああああ!? しかも子だくさん!? ヴィ、ヴィー様が私を愛してるって、うそっ、あの漫画の中のヴィー様は……」
「俺はマドロールを愛している」
「ひゃああああああ」
ベッドの上でヴィツィオから聞いた話に大きな声をあげるマドロール。……さて、彼女がこのような状況なのは理由がある。
「ほほほほ、本当に!? わ、私、全然記憶ないのに!? もしかしてヴィー様の大事な奥さんのことを乗っ取ったりしてしまったんじゃ……!!」
「大丈夫だ。そんなことはない。俺はマドロールから前世の記憶があることは聞いている」
「ええええ?? 記憶を失う前の私は、そんなことまでヴィー様に!? というか、その……わ、私のこと、ヴィー様は幻滅したりしないんですか? 話に聞く限り、記憶を失う前の私ってお姫様だったんですよね。信じられないですけれど……。それなのにこ、こんなはしたない姿を見せまくっては、恥ずかしい!!」
そう、マドロールは現在今世の記憶を失っている状況だった。要するに前世の記憶だけ残っている。
目が覚めたら気づけば推しがおり、その推しと結婚して子供までいて、「愛している」などと言われた彼女は大変戸惑っている。
自分はその「マドロール」ではなく、別の存在なのではないか。
本当に自分が『暴君皇帝』から愛されている妻だったのだろうか。
そう混乱してたまらないマドロールは、掛布団の中に隠れてしまう。
(はっ、あまりの恥ずかしさに隠れてしまったけれどヴィー様の機嫌を損ねてしまったかもしれない。だって漫画の中のヴィー様は、気に食わない相手のことは簡単に殺してしまうような非情さを持ち合わせていたもの。ヴィ、ヴィー様に嫌がられてしまったら、嫌だなぁ)
布団の中にすっぽりと隠れ、どうしたらいいか分からない様子のマドロール。
そんな彼女に皇帝は声をかける。
「マドロール」
優しい声だった。
そのあまりにも、愛おし気に名前を呼ぶ声にマドロールはドキリッとする。
「記憶が無くて混乱しているのは分かる。……俺はお前がもう目を覚まさないのではないかと不安だった。だから顔を見せろ」
そして聞こえてくるのはそんな言葉である。
「………っ」
声にならない声を思わずマドロールがあげてしまったのはときめいたからだ。
(ヴィ、ヴィー様にこんな言葉を向けられるなんてっ!! もう何が何でもこの命に代えても顔を見せないとっ。き、記憶を失う前の私はこんな色気全開のかっこよすぎる夫にどうやって耐えていたの!?)
マドロールは恐る恐る顔を出す。マドロールの顔を見つめるそのまなざしはとても柔らかい。
「顔色は悪くなさそうで安心した。記憶がないのは心配だが、俺はお前が無事でほっとした」
「くぅうう」
ヴィツィオの言葉に思わずと言ったようにマドロールはまた隠れた。
(む、無理無理無理!! なに、あの視線!! あの声色!! わ、私のことが大好きでたまらないみたいな感じで私を見つめて……!! ヴィ、ヴィー様ってあんな顔、出来るの!? 漫画でもあんなの見たことない……っ。むりぃい、かっこよすぎるぅううう!!)
皇妃はどうしようもないほど悶えていた。
……今のマドロールは、今世の、ヴィツィオに愛されてからの記憶も当然ないのである。これまではこんな風に向けられる視線や表情に少しは慣れていただろう。しかし此処にいるマドロールは、その記憶がないので耐性がなかった。
「どうした?」
「ヴィ、ヴィー様がかっこよすぎるんです!」
布団にこもったままのマドロールの声に、ヴィツィオが吹き出した。
「それで?」
「……ヴィー様が目の前で生きて動いているだけでも奇跡なのに。私のことを妻だって言って、あ、あんなにまるで愛しい人を見るようなあ、甘ったるい目で見られて……!! 落ち着けるはずがないんです!!」
一人恥ずかしそうに布団の中でバタバタしているマドロール。
皇帝は布団をめくり、その顔を見る。
顔を赤くして悶えているマドロールの姿は愛らしい。ヴィツィオが少しでも見つめると、恥ずかし気に視線を逸らす。少し手を伸ばそうものなら、恐れ多いとばかりに引こうとする。
「本当に、記憶を無くしてもマドロールはマドロールだ」
「……へ?」
「出会ったばかりの頃を思いだした」
「それって、どういう……?」
「お前は変わらないということだ」
ヴィツィオはそれだけ口にすると、ベルを鳴らして医者と魔法使いを呼んだ。
マドロールの目覚めに誰もが喜んだ。ただしヴィツィオから記憶喪失だという話を聞いて、悲しんでいた。
マドロールの傍に居る者達には、彼女が所謂「前世の記憶」がある状況だというのは渋々ヴィツィオは共有していた。……ちなみに普段から暴走気味のマドロールにそう言った記憶があると聞いても「そうですか」と簡単に侍女たちは受けいれていた。
記憶喪失中のマドロールは不安定だった。今は推しであるヴィツィオを前にして興奮状態だが、落ち着けば様々な不安事を抱えるだろう。
そのことはヴィツィオも分かっているので、皇帝は妻の傍をそれから離れないようにすることにした。
マドロールは今世の記憶を失っている状況です。




