「皇帝と皇妃という立場だと忙しいけれど、子供達のことを蔑ろにしたくないもの」―皇妃、記憶喪失編②―
マドロールとヴィツィオが食堂へと顔を出せば、子供達がすぐさま挨拶をする。両親のことを大切に思っている皇子と皇女達は彼等の姿を見た途端、顔をほころばせている。
「父上、これ、美味しいです」
ヴィダディがそう口にすれば、「私も食べる!」「美味しそう」と弟妹達もその料理へと手を付ける。
マドロールはそんな子供達のことをにこにこしながら見ていた。ヴィツィオも穏やかな表情を浮かべている。
ただただ幸せな皇帝一家の朝食。
傍に控えている侍女達は、顔をほころばせないようにすることに必死である。
「お母様とお父様は今日は何をなさるの?」
そう問いかけたのは、まだ六歳になったばかりのミドロールである。
子供ながらに何処か大人びた様子のミドロールは、背伸びをするお年頃である。敢えて、大人びた口調や態度を心がけている節があった。
「私はいつも通り、お茶会をしたり、お仕事をする予定よ。あとはそうね、パーティーの準備をすすめもするわ」
にこにこしながら、マドロールは答える。
まだ幼いミドロールでもわかりやすいように伝えている。
「……そうなんですね」
そう言ってじっとマドロールのことを見つめるミドロール。娘が何を考えているのかというのをすぐ様察したらしい皇妃はにっこりと微笑んだ。
「ふふっ、ミドロール。一緒に過ごす時間も作りましょう?」
「ほんとう?」
皇妃がにっこりと微笑むと、ミドロールの表情が年相応に緩む。
ミドロールはなかなか素直に自分の気持ちを口に出来ない方のタイプだ。というより、忙しい両親に気を遣ってしまって遠慮することも多かった。
「ええ」
マドロールにとってもそんな娘は可愛くて仕方がないようで、嬉しそうにしている。
ちなみにマドロールは基本的に子供達のことを差異無く可愛がるように気を付けている。兄妹格差があればそれだけややこしい事態になることを分かっているからである。
朝食を終えた後、マドロールは皇妃としての書類仕事を片付けることにした。愛しい夫と共に居れば、公務がなかなか進まなかったりする。
それだけ皇妃は夫のことを大切で仕方がない。だからこそ、意識は常にヴィツィオの方に向いてしまう。
そうしていればどうなるかと言えば、ヴィツィオに夢中過ぎてサボってしまうのである。
彼女がそう言う風になったところで、夫は何も言わないだろう。寧ろ皇妃としての仕事をしないマドロールでも、ただただ甘やかして終わりである。
マドロールは甘やかされるままというのを望んでいない。
幾らでも堕落しようと思えばできる環境にあるが、そんなことはしたくないのである。
「ふぅ……」
マドロールは、皇妃としての書類確認をする仕事はそこまで得意じゃない。皇妃だからこそ、時折大変な出来事に目を通さなければならなかったりするので、その対応に頭を悩ませることも当然ある。
ヴィツィオは、そういう時には悩まない。
自分の心の思うままに、さっと決断してしまう。その決断力もヴィツィオの魅力だと、そうマドロールは思っている。
(嫁いできたばかりの頃よりはずっと……私も皇妃としての仕事をスムーズにこなせるようにはなったけれど、まだまだね。もっとヴィー様の妻として相応しくなりたいものだわ)
あまり得意ではないことを、マドロールが一生懸命やるのは愛しい夫のため以外の理由はない。
皇妃であるマドロールが成果を出せればそれだけで、皇帝や帝国の評価も上がっていく。逆にマドロールがやらかせば、それだけで悪評は簡単に広まるだろう。
(まぁ、私がやらかしたところでヴィー様がすぐに噂を鎮火はしてくれそう。とはいえ、幾らそうだったとしても問題を起こさないのが一番よね)
マドロールはそんなことを思考しながら、一生懸命である。
(これが終わったらミドロールの所へ行きましょう。思いっきりミドロールのことを可愛がって、それでからヴィー様と子供達の話でもしようかなぁ。皇帝と皇妃という立場だと忙しいけれど、子供達のことを蔑ろにしたくないもの)
マドロールは正直言って忙しい。
社交界でトップに立つ皇妃。皇帝に溺愛される唯一の女性。帝国を背負う高貴なる女性。
マドロールはそういう立場にある。彼女に関わろうとする者達は幾らでも居る。そんな彼らへの対応なども含めてやることは幾らでもある。
それでも……どんなに忙しくても子供達とはきちんと関わって、育てていきたい。
マドロールがそう望んでいるからこそ、ヴィツィオもそれにならっている。もし皇妃がマドロールでなければ、皇帝は子供達と関わることがなかっただろう。
(私と、ヴィー様で一緒に悩みながら子育てをするのって本当に幸せなことよね。はぁ……ヴィー様の子供をこんなに産むことが出来るなんて今でも夢のようだわ……!!)
皇妃は、愛しい夫と可愛い子供達のことを考えると、頬が自然と緩んでしまう。
――そしてその後、マドロールはミドロールと楽しく過ごした。
その時には、その後に起こりうることなど想像もしていなかったのである。
「ヴィー様、危ない!!」
ミドロールと過ごした後、娘の手をひいてヴィツィオの元へと向かったマドロールはヴィツィオに向かってくる魔法に気づいて間に飛び込んだ。




