「……な、なんて表情をしているの!!」
ヴィダディの花嫁探し編の後の話
(なんて、素敵なのかしら)
ランジネットは、皇帝であるヴィダディの皇妃になった。つい先日、結婚式を迎えたばかりだ。
その視線の先には、夫となったヴィダディの姿が見られる。
美しい黒髪に、美しい赤色の瞳。
その姿を見つめる度に「本当にこんなに素敵な方と結婚したのか」と夢見心地な気持ちになっている。それだけ、彼女にとってはヴィダディに見初められてからの日々が信じられないものだったのだ。
「皇妃様、どうなさいましたか?」
皇妃付きの侍女からそう問いかけられて、ランジネットははっとする。
「陛下が今日も素敵だなと見惚れてしまったの……」
「そうなのですね」
侍女はそう言って、平然としている。
ちなみにこの侍女、先代皇妃であるマドロールにも仕えたことがあるため、この程度では動じない。マドロールの惚気は凄まじいものだったから。というより、夫が好きすぎて様子がおかしくなることが度々あったのが先代皇妃だった。そんなマドロールの不思議行動にすっかり慣れ切っている皇族付きの侍女達は寧ろ可愛らしいな程度にしか彼女のことを思っていない。
(……結婚した後に、様々な一面が見えてくると聞いたことがある。思っていたのと違うと幻滅することだってあるって。でもヴィダディは寧ろ……知れば知るほど好ましく思ってしまっている。これはあれかしら、私とヴィダディの性格の相性がいいということかしら。そうじゃなかったら、幾ら望まれて婚姻したとしてももっと問題が起こったかもしれない)
そんなことを考えながらランジネットがヴィダディを見つめていると目が合う。すると、ヴィダディの表情ががらりと変わった。無表情気味の、冷徹にさえ見える顔が柔らかくなった。
(うわぁ……)
その表情の変化にドキリッとするのは当然だった。そんな風にがらりと変わるのも、柔らかく微笑まれるのも“自分だけである”というのをすっかり実感してしまっているから。
「ランジネット、来ていたのかい? 話しかけてくれたらよかったのに」
ヴィダディはランジネットに近づき、小さく笑っている。
「先ほどこちらに来たばかりですわ。……お仕事をしているあなたがかっこよくて、つい話しかけるのを忘れてしまいましたの」
なるべくランジネットは自分の気持ちは素直に伝えるようにしている。義理の母親となったマドロールからも、「ヴィダディをよろしくね」という言葉と夫婦仲が良くなる秘訣を教えてもらっていた。そしてそれを実践しているのである。
……先代皇妃であるマドロールの助言は大分偏っていたり、主観も入っているだろうが。
「本当に君は可愛い」
「……っ」
真っすぐに見つめて、そんなことを言われてランジネットは思わず視線をそらしてしまった。
「どうして顔をそらすの?」
「……は、恥ずかしいからですわ。それに陛下に見つめられるとドキドキしますもの」
二人っきりの時はランジネットは皇帝のことを呼び捨てにしているものの、周りに他の者達も居るのでなんとか皇妃としての威厳を保とうとしていた。
ヴィダディはランジネットの言葉に、目を細める。そしてにやりと笑った。
「ランジネット」
名前を呼んだかと思えば、ランジネットの頬に手をやり、自分の方を向かせる。
無理やりというわけではなく、優しくである。ランジネットはヴィダディとまた視線を交わすことになる。
(……な、なんて表情をしているの!! そんな目で見られたらますます落ち着かない……!! そういうのは二人っきりの時だけにしてほしい……)
自身を見つめる表情が、あまりにも優しく愛おし気だったから……ランジネットの内心は慌てふためいていた。
皇妃になって間もない彼女は、自分に仕えてくれている者達に失望されたくないと思っていた。
だからこそ、彼女は何とかその視線から逃れようとする。
「陛下、何でしょうか」
なんとか平常通りの様子を保ちながらそう言い切る。
――頬に添えられた手をどけて、「これ以上、誘惑しないでほしい」とでもその愛らしい瞳は訴えている。
「口づけ――」
「おいっ、人前で何を破廉恥なことをしようとしてやがる。目のやり場に困るからそういうのは二人っきりの時にしろ」
ヴィダディが何か言いかけた言葉は、そんな文句と共に遮られた。挙句の果て、その声の主であるジャダッドは、皇帝であるヴィダディの頭を書類で軽くひっぱたいていた。
ランジネットが困っていることを察してだろう。もちろん、本人が「親友がいちゃついているところを見るのも気まずい」と思っているのもあるだろうが。
「……ジャダッド」
「そんな目で見ても駄目だぞ? ほら、ランジネット様も嫌がってんだろう。がっつきすぎる男は嫌われるぞー?」
ジャダッドは揶揄うようにそう告げる。
「……嫌われるのは困るな」
ヴィダディの言葉を聞いて、ランジネットは慌てて口を開いた。
「え、いえ、陛下を嫌いになることなどないわ。ただ、お、お手やわらかにしてもらえると……。そ、それに二人っきりの時にしてもらえた方が、嬉しいから」
途中から自分で何を言っているんだという気持ちになっているランジネットだった。
彼女の言葉を聞いたヴィダディは、笑っていた。
そんな二人の様子を見てジャダッドは「……そのうち人前でもいちゃつきそう」などとそんなことを考え遠い目になっているのであった。




