「それでなぜ私が靡くと思っているのだろうか?」―頑張る、エルマルア編⑮―
「エルマルア、君の家族と元婚約者たちが会いたいと言っているようだよ」
「はい?」
エルマルアがその想定外の言葉を言われたのは、いつものように皇太子であるヴィダディの下で働いていた時のことだった。
それはロルナールと帝都散策をしてしばらくが経ったある日のこと。あの日以降も、彼にとっては有難いことに順調にロルナールとは交流を進めている。エルマルアにとってそれは幸せな日々だ。
だからこそ、元々の血縁者のことも元婚約者のことも頭にはなかった。もう既に彼にとっては過去のことだったのである。
「……なぜ、今更?」
「君が私の下で頭角を現してきたからだろう。あとは君の元婚約者は結婚相手を見つけられなかったようだからね」
「……なるほど」
エルマルアはヴィダディの言葉を聞いて、嫌そうな顔をした。
エルマルアは魅了の魔法にかけられたことで、家族や元婚約者たちには見限られた。その結果、ロルナールに拾われる形になった。それはあくまで皇女の気まぐれでしかないと元家族や元婚約者たちは思っていたのだろう。
――エルマルア程度は、拾われた所でそこで終わりだと。
魅了の魔法にかけられるような存在が、帝国で名を挙げることなどありえないと。いってしまえばエルマルアのことなど侮っていたのであろう。
エルマルアの故郷は、帝国の属国。だからこそ帝国の情報は少なからず入ってくる。とはいえ、距離は離れており――その属国からすると帝国は遥か高みにいる遠い世界の話ともいえる。
エルマルアの元家族と元婚約者たちはただ彼を切り捨てただけである。
魅了の魔法にかかったような存在など不必要だと。特に罰せられる要因もないので、彼らはそのままにされていた。ロルナールにとっては彼らを気に留めてもいなかったというのが正しい。
「私は家族や元婚約者たちと会うつもりはございません」
エルマルアには未練など一欠けらもなかった。
自分が魅了の魔法にかかってしまったことは確かに問題であったと反省はしている。そしてその状況で手を差し伸べてくれたのは家族や元婚約者ではなく、ロルナールだった。
エルマルアは今の生活が充実しているので、彼らと会おうなどとは思ってもいないのだ。
「そうか。なら、いい。家族の情に訴えかけて君に会わせてほしいと言っているのだが、どうする?」
「……帝国に迷惑をかけてしまっていてすみません。諦める気がなさそうということでしょうか?」
「そうだね。私が報告を聞いた限りだと使者の一人を篭絡したみたいだよ。どうしてもエルマルアに会いたいのだと涙ながらに語られて絆されたみたいだ。それで君の元婚約者は会えさえすれば君をどうにでも出来ると思っているらしい」
エルマルアはそれを聞いて何とも言えない気持ちになった。
正直言ってエルマルアと元婚約者の関係は政略的なものでしかなかった。向こうからしてみると魅了の魔法にかかっていたとはいえ学園でやらかしたエルマルアとの婚約解消は望んでいたことのはずだった。それなのに、エルマルアがこうして帝国の次期皇帝の直属になったからといって近づいてくることが本当によく分からなかった。
(……ヴィダディ殿下の下についた私と縁を結べれば、良い思いを出来ると思っているんだろうが、本当に浅はかだ。それでなぜ私が靡くと思っているのだろうか?)
エルマルアは家族や元婚約者に呆れてしまう。
こうして帝国で頭角を現し、婚約を結び直しても構わないと思ったのかもしれないが……それで靡く者などほとんどいないだろう。
「それに面白いことに、君がロルナールを好いていることは知っているみたいだ」
「……そうなんですか? それならどうしてでしょうか」
エルマルアからしてみるとヴィダディの言葉を聞いて、心底疑問に思ってならなかった。
なぜならロルナールの立場もその性格も――何を持ってしても元婚約者を取る要因はないと、酷い話だがエルマルアは本気で思っていた。
エルマルアの心がロルナールに傾いていることを知っているのならば、婚約を結び直すことなど難しいと分かるのではないかと。
「ははっ。本心からいっているのが面白いな。驚くべきことに、君の元婚約者はロルナールに勝つ気でいるようだよ」
「はい?」
「それに帝国の第一皇女であるロルナールが君を相手にするはずがないと高をくくっているらしい。相手にされていない君なら、どうにか出来るとね」
「……凄い思い込みですね」
「本当にそう。ロルナールが君と親しくしているのは噂では聞いているようだが、本気じゃないと思っているようだ。……私の可愛い妹が、遊びで他人の恋心を弄ぶと思われているのは不愉快でね」
そう口にしながら目が笑っていないヴィダディ。
「……私もロルナール様がそういう風に思われるのは嫌だと思っています。このまま放っておいてもそのまま諦めそうですが、一度会って完全に諦めてもらおうと思います。もし口頭で告げても諦めない場合は力をお借りしてもいいでしょうか」
エルマルアがそう言えば、ヴィダディは頷くのだった。




