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プライマル・フォルツェと名乗った男性は、創造主であるシーアルが知らない顔で、にやりと笑う。
「人工皮膚を使用して、人間とほとんど変わらない顔を持つ機械人も多い。珍しくはないはずだ」
「つまり、あなたの意思で、勝手にカスタマイズしたということなのね。その必要はどこにもなかったと思うけれど」
シーアルは警戒をゆるめない。
「必要はあった」
「ない」
「ある」
シーアルとプライマル・フォルツェは、お互いに一歩も譲らない。
何もない空間から、シーアルは杖を取り出した。転生してから当たり前のように、六十個までなら、シーアルは見えない鞄に物を入れて持ち歩くことができた。
シーアルは杖を持って構える。
三日月に星を添えたデザインの、小さな子供がごっこ遊びで使いそうな、かわいらしい見た目の杖であるが、使用者の魔法攻撃力を強化させる戦闘用の杖である。
「返品を要求するわ!」
シーアルは口調を強めた。
小さな体でプライマル・フォルツェを睨みつけ、いつでも魔法を発動できるように、杖を持つ手に力を込める。
プライマル・フォルツェは少しだけ沈黙した。シーアルの言葉を分析する。
「この顔は気に入らないか?どんな顔が良い?あなたの望む顔にしよう」
「私が設定した顔に戻して!」
「それはできない」
「意味が分からない」
プライマル・フォルツェの機械の手が、シーアルの持つ杖を無造作につかんだ。
自分に向けられている杖に眉ひとつ動かすことなく、プライマル・フォルツェはシーアルをじっくりと見ている。
「シーアルはレベルが下がったな」
遠慮のない言葉。
その通りだが、素直に認めるのも面白くない。シーアルは頬をふくらませ、上目遣いでプライマル・フォルツェに視線を向けた。
「失礼ね!カンストしている誰かさんと違って、私には無限の可能性があるの!」
「そうだろう。私が覚えている、レベルが下がる前のシーアルは、雑談しながら海王クラーケンを沈めていた」
「……その辺りは忘れて」
プライマル・フォルツェは、シーアルの杖をつかんでいる手とは反対の手を伸ばす。杖を持っているシーアルの手に、自分の手をそっと重ねる。
機械とは思えない繊細さで、プライマル・フォルツェはシーアルの手を優しく握った。
「なっ、ななな」
シーアルの瞳が、少しずつ、大きく見開かれる。
言葉が声にならない。
幼女相手に、なにをしてくれるのおおおっ!
「シーアル?どうかしたのか?」
不思議そうなプライマル・フォルツェの声。
手を握ったまま、きょとんとした顔で、プライマル・フォルツェはシーアルを見ている。
「どうかしたのは、おまえだっ!」
混乱した感情を抑えきれずに、シーアルの口調が荒れた。
プライマル・フォルツェの手から逃げようと、シーアルは杖を持つ手を闇雲に動かそうとする。だが、軽く押さえられているだけなのに、手は全く動かない。
「抱きつくのは平気なのに、手をつなぐのは駄目なのか?」
「問題はそこじゃない!」
プライマル・フォルツェは納得できないらしく、表情をわずかに陰らせて、シーアルの顔をのぞき込む。プライマル・フォルツェの顔が近づく。
必要以上に整ったプライマル・フォルツェの顔は、シーアル的に嫌ではない。嫌ではないから問題なのだ。
シーアルだって女の子。
魂の記憶とかいうものを含めて良いのなら、精神だけは大人の女性になる。
それでもなお、免疫の低さはどうにもならない。杖の打撃スキルは最大値でも、恋愛スキルは低いまま。
だというのに。
至近距離で、プライマル・フォルツェに見つめられて、シーアルは血管が切れそうになる。
誰か、この変態に、常識を教えてッ!
場の流れを変えたのは、他の誰でもなく、プライマル・フォルツェ本人だった。
「恋人同士は手をつなぐものだと、過去ログにあった」
シーアルの抵抗が止まる。
プライマル・フォルツェの言葉が脳に染み込むと、シーアルは全力で作り笑いを顔に張り付けた。
どうしても、聞いておきたいことがある。
「誰と誰が恋人同士ですって?」
「私とシーアル」
「初めて聞きました」
「そういえば、初めて言ったな。用意したかのように、ここは教会だ。一緒に式を挙げよう」
「あなたに必要なのは、教会ではなく病院だと思うの」
「反対はしないが早すぎないか?母体が成熟していない段階での出産は危険すぎる」
シーアルの目が座った。
「帰れ。今すぐ、空の彼方に帰ってっ!」
心からの叫び。
シーアルの放った言葉に。
人間とほとんど変わらない顔になってから、初めて、プライマル・フォルツェは傷ついた表情を見せた。シーアルから手を放し、無言で立ち上がる。
ハイライトを宿さない虚ろな瞳。
プライマル・フォルツェは遠くを見て、他人事のようにつぶやいた。
「死のう」
「………………は?」
「シーアルに必要とされないのなら、この世界を滅ぼして私も死のう」
そして。
プライマル・フォルツェは、黒い笑顔をはっきりと浮かべた。
「大丈夫、ただの八つ当たりだと分かっている。私が死んだ後に、私以外の者がシーアルの側にいるのが気に入らないだけだ」
シーアルの背中を嫌な汗が伝わった。
プライマル・フォルツェのレベルなら、冗談と言い切れない。
冗談でも、冗談でなくても、笑えない。
「えっと、まずは話し合いましょうか、プライマル・フォルツェさん」
わざとらしい咳払いをひとつして。
不本意ながら、シーアルは見えない鞄に杖を収納した。