歌い手は吟遊詩人と旅に出る。
不定期すぎてすみません。
森の憩い亭でのお披露目会。
私の歌は、この場所の、この世界に受け入れられた。
歌ったのは『竜の子守唄』と『アヴェマリア』、そして『月のない夜の話』だ。
『月のない夜の話』は、少女が昼に失くした大事なものを、夜になって気づいて探す話だ。
その大事なものは何か……という所を、色々変えて歌う。
おひねりをくれたお客さんの中に、カウンターの席にいた冒険者風の男性が、私に近づき声をかけてきた。
「他の酒場でも歌ったりするのかい?」
「師匠許しがあれば歌います」
「こっから東だ。小さい店が多いかな。大きくて綺麗な商会があるから暗くて見えねぇかも」
「そうですか。またよろしくお願いします」
「お、おう」
にこやかに微笑むと、男性は少し目尻を赤くして私に背を向け、再びカウンターでお酒を飲み始めた。
私の後には師匠が歌い出し、今日のお披露目会は大盛況で終了となった。
「さて。もう少し情報を集めようか?」
「はい。今日だけでも少し得るものがありましたけど」
師匠の歌が終わり、私の部屋で師匠と反省会……と言う名の情報交換を始める。
「そうだね。『月のない夜の話』を選んだのは良かったかな。どうだった?」
「東のアズマ帝国で、子供が多く攫われているみたいです。犯人は貴族。何が目的かは不明みたいです」
歌での問いかけは、月のない夜……つまり悪い心を持つ者が暗躍する場所で、少女の探しているものを「涙」として歌った。「涙」は悪事や犯罪を表す。
まぁ簡単に言うと「最近何か悪い噂とか聞いてない?」と問う歌だった。
そして、おひねりをくれた冒険者の「他の酒場で歌うのか」という問いは、「旅に出るのか」という問いで、私は師匠次第だと答えた。
「ここから東」が「アズマ帝国」
「小さな店」が「子供」
「大きくて綺麗な商会」は「貴族」
そして「暗くて見えない」というのが、誘拐の事だ。
こうやって暗号みたいに情報のやり取りをするのが間者としての仕事の一つだ。それは私が子供でも関係なくて、むしろ子供の頃から仕込まれるらしい。
「まずは合格だね。今回の情報は犯人が分かっているから近々解決するだろう。もう少し情報を集めようか」
「はい」
師匠の合格をもらって、少しホッとする私。それにしても……。
「あの情報屋さん、慣れてなかったのかな?」
「どうしてだい?」
首をこてりと傾げる私に、師匠は優しげに微笑んで聞いてくる。私の出来が良かったからか、師匠の機嫌がすこぶる良い。
「だって、なんか話した後に赤くなってたし、挙動不審だったし」
「……マイコ、その人ってカウンターにいた冒険者っぽい男性かな?」
「はい。その人です」
「……へぇ」
三十年の経験で慣れてない……ねぇ?
師匠の呟きはよく聞こえなかったのは、緊張の糸が切れたせいか眠気に襲われていたからだ。
ゆらゆらしていると、師匠が頭を支えてくれた。
その手の温かさに安心して、そのままふわりと心地良い気持ちになる。
「……みや……く……」
私は少しだけ、甘い匂いを思い出していた。
「これは、危ないかもしれないね。慣れたら一人で行かせようとも思ったけど……渡りの神が心配するはずだ」
独り言ちる天使の欠片は、あどけない顔で眠る弟子を見て、悩ましげなため息を吐いた。
お読みいただき、ありがとうございます。