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銭湯


 疲れた。結局掃除ばかりで店に立たせてもらえなかった。


「ただいま…」


 ドアが開いていたので勝手に開ける。

 陣があぐらをかいて部屋の真ん中に座っていた。


「陣?」


 陣は航平を見ると息を吐いた。


「遅かったな」

「仕事、十七時までだって」

「ずいぶん働くんだな」

「従業員が辞めて人手が足りないらしいよ」


 暗に意味深な事を言ったつもりだったが、伝わっただろうか。陣は何も言わなかった。


「風呂に行くか。お前、臭いぞ」


「えっ」


 思わず腕を近づけて臭いをかいでしまう。青ざめると陣が優しく笑った。


「行くぞ」

「どうして」

「え?」

「何でそんなに優しくすんだよ」


 赤い顔を上げると、陣は航平の頭をくしゃりと撫でた。


「帰るつもりはないんだろ? 冷たくしても意味がないからな」


 ここに居てもいいのだろうか。

 出かける支度をする陣を追いかけて部屋を飛び出した。


「待ってよ」

「お前の家賃、給料から引かせてもらう」

「も、もちろんいいよ。食費も光熱費も銭湯代だって全部、払ってやるよ」


 胸を張って言うと、陣は苦笑しながら幾らもらえるんだ? と聞いた。

 十二万だと答えると、陣が言葉をなくした。


「陣?」

「全部もらうぞ」

「へ?」

「十二万のうち一万だけは小遣いとして使えばいい」

「な、全部? じゃあ、一万しかないの?」

「払わないなら今すぐ追い出す」

「わ…分かったよぉ」


 航平はがくりと肩を落とした。


「ケチ」

「うるさい、居候」

「何だとっ」


 陣の腰をつねってやった。


「いって…」


 陣が顔をしかめる。

 昔の面影があって航平は思わず笑ってしまった。

 陣もつられたように笑う。

 二人でおしゃべりしながら銭湯へ向かった。

 銭湯代は陣が払ってくれた。航平は財布も持っていなくて、申し訳ない顔をしたら、来月きちんと払ってくれよと額を小突かれた。


「も、もちろんっ」


 強気でガッツポーズをとる。

 ふと、拓巳の借金の事を思い出した。

 万が一、店が潰れてしまったら給料をもらえなくなる。

 ここにいる意味がなくなる。それだけは避けなきゃ。

 航平は明日から店の売り上げを上げるために、がんばろうと決めた。

 拓巳がやらないなら自分がやる。絶対に、あの店を潰したりはしない。

 脱衣所で燃えている航平を陣が変な顔で見ていた。



 お風呂場ではかなり焦った。

 あんな明るいところで陣の裸を見る事になるとは思わなかった。

 ドキドキが止まらない。

 さっさと出てしまおうと思っていると、金がもったいないからもっとあったまってから出ろ、と陣に腕をつかまれて、なかなか風呂から上がれなかった。

 でも、確かに金を払っているのだから元は取らなきゃという気にもさせられる。

 陣の体はそうとう鍛えられていた。

 筋肉のついた太ももに、腕も力強くて目の前に立つ陣に吸い込まれそうになった。

 危ない。理性が飛ぶところだった。

 自分がいかに飢えていたか思い知らされた。

 顔から湯気が出そうなくらい温まり、すっかり日が落ちてしまった道を黙って帰った。

 夕食はまたお弁当だった。

 油で染み込んだねとりとした揚げ茄子を口に含みながら、むしゃむしゃと口を動かしている陣を見た。


「陣、おいしい?」

「ああ」


 本当にそう思っているのだろうか。



「これ、あんまりおいしくないよ」

「贅沢言うな」


 航平はくちゃくちゃと口を動かしながらも箸をおいてしまいたい衝動に駆られる。しかし、陣は文句を言わないで食べているところを見ると、自分だけが我儘言っているようで恥ずかしくなった。

 陣は、毎日、一人でこれを食べていたのだろうか。


 そう思うと、一人より二人の方がおいしい気がした。







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