表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/21

やる気



 朝、起きたら目が真っ赤にはれていた。

 こんな顔、拓巳に見せられない。

 航平は青ざめた。陣はすでに背広に着替えて腕に時計をはめていた。


「五時からだろ。さっさと出て行け」

「鍵をくれよ」

「必要ないだろ」


 航平は唇を噛んだ。今は顔を見られたくない。

 ドアを開けて、部屋を飛び出す。航平は『ブリュレ』まで全力で走った。


「おはようございますっ」


 やけくそに大声を出して、裏口から入ると同年代の男がだるそうに腕を伸ばしていた。


「あ?」


 白衣姿を見て気を引き締める。


「今日からお世話になります。桜井航平です」

「ああ、お前が」


 男は興味を失ったように目を逸らした。


「何をすればいいですか?」

「ああ、掃除。ほら」


 よれよれの雑巾を放り投げられる。慌ててキャッチした。


「それで店の中、掃除して来い。それが終わったら、玄関を掃除しろ」

「分かりましたっ」


 店内へ向かう。


 厨房には従業員が数名いた。一人ひとりに挨拶をして、店の中へ移動した。

 店内の電気をつけようとしたら、大声で怒鳴られた。


「節約っ。開店するまで電気つけんなっ」

「は、はいっ」


 びびった。朝からみんな元気だな。

 カウンターに入り冷蔵庫の中を拭き始めた。

 雑巾がたちまち真っ黒になる。


「げーっ、すっごい汚れている」


 感心するほど汚い店内だ。

 ふと、姉が自分の店のカウンターを拭いている姿を思い出した。

 今年三十歳になる姉は、二号店の店長をしている。

 パチンコをこよなく愛する彼女は、ヤニで汚くなる台を毎朝、せっせと拭いていた。

 姉の働きぶりは見ている人にやる気を出させる。


「よしっ」


 航平は腕まくりをした。

 水を張ったバケツに雑巾を浸しては、何度か繰り返して店内の掃除を進めた。

 埃で黒っぽかった店内が何となく白くなった気がする。

 次は外の掃除だ。ほうきで枯葉を集め、ゴミ袋に詰めた。

 捨てる場所を教えてもらおうと厨房へ戻ると、拓巳が来ていた。


「拓ちゃん、おはよう」


 駆け寄ると、拓巳は顔をしかめて航平の頬をつまんだ。


「お前、その顔なんだ」

「え?」

「それで店番するつもりか? 俺がいじめているみたいじゃないか」

「お、お店が開くまでには何とか戻るよ」

「本当かよ…。それより敬語を使え。拓ちゃんと呼ぶのも禁止、シェフと呼びなさい」

「は、はい…」


 航平に説教をした後、拓巳は手に持っている紙切れを読み上げ始めた。


「今日は予約のお客様が三件入っている。結婚記念日が一件と誕生日が二件だ。後は通常通り。レシピどおりに作れよ」


 はーい、と男たちのやる気のない声が響く。

 航平はわくわくしながらそれを眺めた。


「拓ちゃ…。じゃなかった、シェフかっこいい」

「お前、掃除終わったのか」


 再び拓巳が険しい顔で航平を見た。


「ゴ、ゴミ。どこに棄てるんですか?」

「表に出しとけ」

「いいんですか?」

「いいよ」


 ひらひらと手を振ると、拓巳は事務所に入ってしまった。

 航平はゴミを外へ出すと、朝、指示をくれた男の元へ行った。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ