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ブリュレ


 仁のアパートと和志のパティスリー『ブリュレ』は、駅を使わずに歩けば十分ほどのところにあった。

 地理を頭に入れながら駅に向かい、駅を通り越して店が連なる商店街の方へ向かった。

 碧斗は、ふと子供の頃の話を思い出した。


 最初に言い出したのは和志だった。


「仁、二人でケーキ屋をやろうぜ。俺がパティシエで、お前はオーナーな」


 それを聞いている仁が嬉しそうに笑っている。碧斗は仲間に入れてもらおうと必死だった。


「俺もっ、俺も一緒にやる。俺はかっちゃんと同じそのなんとかになるっ」

「いいぜ」


 和志は喜んでくれた。

 仁がどんな顔をしていたのかは覚えていない。

 夢を叶えたのは、和志だけ。

 仁は銀行員になった。



 『ブリュレ』に着くと、店の入り口から入った。

 店内にお客は入っていない。

 正直言って、初めて『ブリュレ』を見た時、がっくりした。店内はお世辞にも綺麗とはいえなかった。


「遅い」


 店番をしていたのは和志だった。


「ごめん」


 碧斗は謝ってカウンターの傍に寄る。

 残念なことにケーキの種類が少ししかなくて物足りない。


「ねえ、ケーキの数少なすぎない?」

「あん?」


 和志は不機嫌に碧斗を睨んだ。

 綺麗な顔をしている分、迫力が増す。碧斗は肩をすくめた。


「おい、誰かここに立っとけ」


 和志は厨房にいる男性に声をかけてから、碧斗を促した。


「来い」


 顎でしゃくり事務所に向かう。

 和志ってこんなに偉そうな奴だったかな、と思う。


「仁には会えたのか?」

「うん」


 和志はイスに踏ん反り返ると、立っている碧斗を横でちらりと見た。


「座れよ」

「うん」


 碧斗は言われた通り、椅子に座って和志を見た。

 青白い顔。全体にほっそりしてひ弱に見える。でも、顔の雰囲気は綺麗さが増して色気があった。


「明日は朝の五時には来い。指示は誰かに聞け。給料は十五万。それだけあれば足りるだろ」

「うん」


 碧斗は頷いた。

 時給はいくらなの? と聞き出せる雰囲気ではなかった。


 碧斗は、強引にここへ押しかけた。

 たまたま従業員が一人辞めたから店番でもやるか? と声をかけてもらったのだが、その声はあんまり明るい声ではなかった。


「碧斗さ、本当は何が目的なわけ?」


 突然、和志が冷ややかな口調で聞いた。


「え?」

「仁の事なんて一言も書いてなかったよな。それがこっちに出てきて、いきなり仁に会いたいなんて言い出して。何の用事があったんだよ」

「あ……」


 碧斗が視線を泳がせると和志は吐き出すように言った。


「仁の事が好きなのか」


 思わず肩が震えた。返事が出来ない。


「やっぱりな。俺に内緒で、二人でこそこそしてたもんな。気がつかないとでも思った?」

「し、知ってたの?」

「はあ?」

「何でもない……」


 仁は何も言っていないかもしれない。

 あれは二人だけの秘密だから。


 すると、和志がふんっと鼻で笑った。


「ああ、仁から聞いて知ってるよ」

「え……?」

「仁が言ってたよ。お前に黙って島を出るのがちょっと可哀そうに思ったから、部屋に行ってやったって。別に碧斗のことが好きだったからじゃない。仁は優しいから同情のつもりだったんだよ」


 和志の言葉が突き刺さる。碧斗は奥歯を噛みしめた。


「俺が……東京に出てきたのは、もう一度、仁に会いたかったから」

「それで? 会えたんだろ。どこに住んでいるかも分かった。それでいいじゃないか」

「そばにいたいんだ……」


 和志は、仁に大事に想われているから、こんな気持ち知らないかもしれない。けれど、顔を見られるだけでもいいから、そばにいたかった。


 和志は、ふうっと大きく息を吐きだした。


「言っておくが、仁は俺と付き合っている。寝取ったりしたら、お前を許さないからな。今日はもういいから、帰れ」


 和志はそう言うと部屋を出て行った。

 碧斗は怖くて身動きひとつ取れなかった。


 和志と仁が付き合っている。


 それなりの覚悟をして出てきたつもりだった。自分は邪魔をしにきたわけじゃない。


 碧斗はそう言い聞かせながら、それは無理やり自分を納得させている気がした。

 『ブリュレ』を出て歩き始めると、まるで両足に足かせでもつけて歩いている気がした。のろのろと歩いているせいで、仁の家にたどりつかない。


 仁のことが好きだと、伝えない方がいいだろうか。


 歩けなくなって立ち止まると、ケーキ屋さんの前に立っていた。ガラスドアの向こうには、ずらりとケーキが並んでいる。

 ピカピカに磨かれたショーケース。透明なガラスの向こうで芸術品のようにショートケーキやモンブランがキラキラ輝いてみえた。

 碧斗は吸い寄せられるように店の中に入って行った。


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