二人
日が落ちても陣は帰って来なかった。
しかたがないので、弁当を食べた。駅で買った弁当を一人で食べてもおいしくなかった。
空の弁当を洗ってプラゴミに分けておく。
待っている間、部屋の掃除をした。
畳を拭いてゴミを分別して、蒲団を干したかったが、あいにく干す場所がないため、畳んでおいた。
臭いの染み付いた部屋を掃除していると、あっと言う間に時間が過ぎた。
お風呂はどうしているのだろう。
玄関の間口に洗面器が放りだしてあった。
まだ湿っているタオルを触って、近くに銭湯があるのだろうと検討をつける。
陣が帰ったら強引についていこう。
自分の荷物をカバンに入れたまま、航平はひたすら待った。
何度もドアの方を見たが、足音ひとつ聞こえない。
このアパートには誰も住んでいないのだろうか。
航平は台所に立って、両開きになっている水屋の下を開いた。
埃まみれのカセットコンロに、年季の入った鍋や鉄のフライパンがあった。油の染みた新聞紙や急須ややかんなど皿の類もそろっている。
これらを使えば、煮込み料理くらいは簡単に作られる。
何とかなる。航平はそう思ってほっとした。
陣はいつまでここで暮らすつもりなんだろう。
ちゃんと働いているのに、部屋の隅に置いてあるクローゼットの中は仕立てのよい生地のスーツがいくつかかかってあった。
汚い部屋に不似合いなほど立派なものだが、臭いが染み付きそうでもったいない気がした。
これも全部、拓巳のためなのだろうか。
やめよう。
航平は首を振った。
よけいな想像は自分を傷つけるだけ。
八年間、よけいな事は考えまいと努めてきた。
立ち上がって再び部屋の真中に座る。
目につくところは綺麗にした。
これから毎日掃除すれば臭いも消えて人間らしい部屋になるだろう。
航平はごろりと横になった。
「早く帰ってきてよ……」
航平は目を閉じた。
すぐに体の力が抜けて、いつの間にか寝入ってしまっていた。
「どけ」
足を蹴られて目が覚める。
「陣……」
慌てて体を起す。
「あ、ごめん。寝てた」
寝起きでぼうっとする。
陣は相変わらず怒っていた。
「蒲団敷くからどけよ」
「あ、うん」
あたふたと体を動かして場所を空ける。
陣は蒲団を放り投げると無造作に敷いた。
「ダメだよ、陣」
航平は蒲団を丁寧に敷きなおした。
「せっかく綺麗にしたんだから」
陣は天井から伸びている蛍光灯の紐を引いた。部屋が真っ暗になる。
「わっ」
急に暗くなる。目が慣れると陣はすでに横になっていた。
「陣」
手を伸ばすと彼の髪があった。
どきりとして手を引っ込める。いつのまにお風呂に入ったのだろう。
髪が少し湿っていて彼はパジャマを着ていた。
「お風呂に入ったの?」
陣は答えずに背を向けた。
航平はムッとしながら、カバンを引き寄せてパジャマに着替えると陣の横に滑り込んだ。
「おい……っ」
陣が脅すように言ったが構うものか。
航平は背中をぴたりとくっつけて無理やり目を閉じた。
すると、急にドキドキしてきた。手も肩も腰も全身が緊張と興奮で震えていた。
その時、陣の背中が離れた。
「あ」
顔を上げると目の前に陣の顔があった。