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秘密基地



 三月の空は透き通るような青さだった。

 草木で作った秘密基地に暖かい日差しが差し込む。

 その中でちゃぶ台を囲んだ少年三人が、数種類のケーキを前に座っている。

 一番年下で小学五年生の桜井さくらい航平こうへいがもぞもぞとお尻を動かすと、敷いたゴザと雑草がこすれて青臭い匂いがした。


「食えよ」


 五歳年上の瀬野せの拓巳たくみが言った。

 航平は手を合わせた。


「いっただっきまーす」


 元気よく言ってから、手を伸ばしてケーキをつかんだ。大きく一口ショートケーキをほおばる。


「おいしいっ」


 生クリームが最高だった。


 ここ数日、毎日のようにケーキを食べている。

 拓巳の実家はケーキ屋さんだ。

 彼は売れ残りのケーキを時々、秘密基地へ持って来た。

 なぜか、春先を前にしてケーキの売り上げが悪いらしい。

 正月に食べ過ぎた女たちは甘い物を押さえているんだ、と拓巳が言っていた。


 苺のショートケーキは売れ筋なので滅多に食べられないが、チョコレートも大好きだ。


「あーん」


 残りを一気に詰め込む。

 手と唇が生クリームで汚れても咎める人はいない。


「欲張るなよ」


 三人の中で一番大人ぶっていて、鋭い顔つきの江藤えとうじんが呆れたように言った。


 航平はドキリとしながら、へんと鼻を擦った。


「いいだろ、こんなにたくさんあるんだもん」

「太るぜ」


 拓巳がうんざりした顔で言った。

 航平がもう一個手を伸ばしながら、


「太ってもいいの」


 とチーズケーキを口に放り込んだ。


「よく食うよ、毎日毎日」


 拓巳が肩をすくめた。

 じんと巧巳は今年で中学を卒業する。

 来年からは高校生だから、二人はもうすぐこの島を出る。


 瀬戸内海に浮かぶ小さな島には小学校と中学校はあっても高校がない。そこで、船に乗って一時間ほど揺れると、県の指定校がいくつかあり、島の子供たちはそこに通うのが常だった。


「拓巳は太ってもかわいいぜ。たぶん」


 陣がにやりと笑って言った。


 陣はいつもそうだ。拓巳ばかりひいきする。


「かわいいなんて言うな」


 熟れたような赤い唇を尖らせる。

 母ちゃんたちがいたら、キャーとか言いそうだ。

 どうせ俺は色黒で唇もかさかさで、ついでに髪の毛もくしゃくしゃでかわいくないよ。


 航平はふんと鼻を鳴らすと、もうひとつ手を伸ばした。

 その手を陣がぎゅっと握った。

 どきっとして心臓が飛び出そうになった。


「な、何だよっ」

「もうやめとけよ。拓巳が食べていない」

「いいだろ、拓ちゃんは家に帰れば食べられるんだから」

「いらねえよ。航平が食っていいよ」

「やったあ」


 航平は陣の腕を振り払い、最後のプリンを取る。


「ねえ、スプーンは?」

「ああ」


 陣が箱の底に隠れてあったスプーンを渡してくれた。指が重なる。


「サンキュ」


 赤くなった頬を見られないように航平はうつむいた。

 がっつくようにプリンに突き立てる。


「焦るなよ。サル」


 拓巳がからかった。


「サルじゃない」


 航平は意識し始めると、ますます体が熱くなり始めた。


「少し休もうぜ」


 陣がふいと顔を背けて外を眺めた。


 基地からは海が見えた。

 空の青よりももっと深い青。


 陣が手足を投げ出してごろりと横になる。その時、航平の足に人の手が触れた。

 びくっと震えた航平はさりげなく足を動かした。


「俺も」


 拓巳が陣の横に寝転がると、二人は顔を合わせて笑った。


 ムッとする。自分だけ仲間はずれにされたみたいだった。

 陣がちらりと航平を見た。


「サルは寝るなよ。牛になるから」

「うるせっ」


 もぐもぐと口を動かしながら、プリンを食べて拓巳の隣に寝転んだ。

 陣の横だと緊張して眠れない。


「拓巳…? 眠ったのか?」


 陣の声がした。え? と思って隣を見ると、陣が体を起して拓巳の顔を覗き込んでいる。


「おい」


 揺さぶっても拓巳は起きなかった。


「寝たの?」


 航平が訊ねると陣は仕方なさそうに息をついた。


「風邪引くよな」


 季節は三月下旬で、春先とはいえ肌寒い。

 三人共、基地に着くなりコートは脱いでしまっていた。

 陣が優しく体にかけてやる。


「優しいね」


 航平がぽつりと言うと、陣は黙って拓巳の顔を見ていた。


 ちぇ、と航平は一人で呟く。

 自分も再びごろりと横になると、陣が拓巳の体に覆いかぶさった。


「あ……」


 一瞬の出来事だった。


「知ってるんだろ」


 陣は拓巳の唇にキスをすると、平然と航平の顔を見た。

 航平は心臓が壊れそうなほど動揺していた。


 嘘…。今、拓巳にキスした。

 何で? 俺がそばにいるのに。


 不意に涙が零れた。


「へ、変態。ホモっ」

「黙れ」


 手のひらが唇を覆った。


「お前、邪魔なんだよ」


 目を見開いた航平の顔を見て、陣の手が離れた。


「じ、じゃあ、誰と遊ぶんだよ。島には陣と拓巳以外って言えば、女子と幼稚園児しかいねえじゃねえかっ」


 精一杯の虚勢だった。

 ちっ、と陣が舌打ちした。


 陣に言われた事がショックだった。

 まさか嫌われていたなんて。

 二人の邪魔をしていたつもりは確かにあったけど、はっきり言われるとは思っていなかった。


「来いっ」


 突然、陣が腕を引っ張った。


「な、何っ?」


 びくびくしながらついて行く。

 陣は外へ出るとため息をついた。


「悪かったな。イライラしていたんだ」


 ぽつりと呟いた。

 航平はますます泣き出しそうになって、掌を握り締めた。

 すると、突然、陣が体を投げ出すようにして、草の上に仰向けに寝転んだ。


「気持ち悪いよな」


 空を仰いだまま、陣がやるせなさそうに言った。


「俺は、拓巳の体に触りたいんだ。キスしたいし他の部分とか触ってみたい。でも、普通は気持ち悪いって思うよな」


 衝撃の告白に胸が痛んだ。

 俺だって…!

 もう少しで、自分の気持ちを暴露しそうになって、喉の奥で押し止めた。

 黙っていると、陣は話して落ち着いたのか。

 大きく息をついて起き上がった。


「戻るか」

「あ……」


 思わず、航平は陣の袖を引っ張った。


「なんだよ」

「へ、平気だよ」

「何が」

「俺、気持ち悪いなんて思わないから」


 遠まわしの告白のつもりだった。

 陣の体に触りたいって前から思っていた。

 キスシーンを見ても気持ち悪いなんて思わなかった。


 それよりショックだったのは、それが自分じゃなかったからだ。


 陣は、一瞬言葉をなくしてから、航平の手を振り払うと、


「バーカ」


 と軽く笑って歩き出した。


 基地へ入る瞬間、航平は陣の手を握りしめた。


「俺は平気だから。男どうしてもいいからっ」


 そう言って陣の手をぱっと手を離すと、入り口に放り投げてあった自分のコートを取って逃げた。


 恥ずかしさと恐ろしさでいっぱいだった。

 陣に嫌われたらどうしよう、なんて考えもしなかった。




 二日後、陣は航平の家に遊びに来た。

 彼は一人だった。




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