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第83話 光の彼方

 渦巻くそよ風の示す、秘されし臍を雷槍が勢いよく貫いた。深い集中で研ぎ澄ませたタイキの魔力が、鉄壁の竜鱗をついに穿つ。

 迸る青い雷光、見抜かれたミエナイ急所に槍を盛大に突き刺され、絶叫を上げる巨大竜。

 槍に外付けされた白い光輪が回転し唸り、一つまた一つと青く染め上がり、一本の槍に込められるタイキの魔力量を補助し限界突破させていく。


「ぅおぉおお……!」


 このままありったけをぶつける。たとえこの両手が焼き切れようとも決してこの手を離さない。尋常でない覚悟の乗ったタイキの雄叫びとともに高まる魔力は膨大、極大、熱く熱くフラッシュする。


「ぐ、がらぁあああははは……ははははは!」

「!」


 だが、ターゲットの巨躯を呑み込むほど迸る青の中、断末魔と思われた絶叫に紛れ聞こえてきた不遜な竜の唸り声。天に顎を向けのけぞっていた竜が、じろりと臍にこびりついた青髪の男を見下ろす。その笑う口元から、滾る雷の飛沫を吐き出しながら。


「風のいたずらでも聞こえたか? ドラははは……さて、青々しいお前の全力と赤々と熟成した俺の魔力、樽(はら)ん中で合わされば──どうな・る・か?」


 タイキは分からない。ただ槍を握りしめたまま、まだ死なぬ竜の余裕げな囁きが天から流れていく。

 そう、ツツミは己の魔力をキャパシティ以上に高めるためにあえて誘い、同じ雷のギフトを持つタイキの攻撃を受けていたのだった。巨体にチャージそ貯蔵した膨大な電力・魔力が爆ぜずに腹の中へと収められる。若き青と熟成の赤が混じり合った時、ツツミのストックしていたギフトは一体と化し真価を発揮する。


「充電器としてはなかなかやったぞ。褒めてやる、コイツでなっ!」


 竜は不吉に放電するその顎を大きく開けた。腹の中で混ざり合った極大の魔力が、漏出する一本の長々しい塊となり竜の右手に抜き取られていく。

 そうして体の中、広げた大口から吐き切ったのは一本の武器。竜が右手に握りしめると、途端にけたたましい雷鳴を上げ三叉に裂かれ咲いた。


「三位一体……【激昂の戟(レーザートライデント)】!」


 青く赤く鮮やかに帯電した一本の白き巨大な戟。雷の魔力のみで形成された未曾有の魔の武器が、竜の口から今吐き出された。

 そして今掲げた白き戟は、臍にぶら下がる青髪の小者へと向け突き下ろされた。


「──!? あんたっ、そこを離れなさいっ!」


 全身の毛と耳を逆立たせ、尋常でない魔力の波動とかつてない危機を察したリンクスの叫びが、放電し近づく豪雷の唸りに飲み込まれていく。

 視界全面を焼き切るように染め上げる眩き白光が、呆然と天を見上げるタイキを襲う。

 青い髪の戦士はそのちっぽけな槍を握りしめたまま、そこを動こうとはしなかった。いや、全身全霊の魔力を込め痺れ灼けた彼の両手は、握り込んだ柄から離れず動けなかった。


 皆のギフトのバトンをつなぎ、タイキ・フジは勝利を疑わず竜の臍へと飛び込んだ。悪戯な風に導かれ、信じて突き通したその最高の槍がすでに折れていることも知らずに──。




 天を焼き照らす白い閃光の中に、時が凍りついたように止まっていた青い影。今、疲れ果てた一人の冒険者の佇むそこへと、横合いから迫り踊る素速い影が重なった。


「【脱兎(だっと)】!」


 轟音の中でもはっきりと耳元で、力強い女の人の叫びが聞こえた。

 その後気づくと、タイキは力を込め、ずっと張り付くように握っていた大事な槍を手放していた。そしてその身は一瞬何かに触れては押し出され、高く舞う宙を横に滑るように放り出されていた。


「え……?」


 激しく横に流れつづける。

 強い力に突き飛ばされて空を漂うタイキの視界には、何故か先輩冒険者であるチエミの姿があった。

 自分がいるべき槍の刺さった竜の臍に何故彼女が代わりにいるのか。一瞬何が起こったのか、風を背に受け呆然と宙を流れていたタイキには分からなかった。


 ゆっくりと竜の臍から遠のいていく、タイキの目にはただただ映る。

 枯葉が樹上から落ちるようにふらふらと、力なく宙を垂れた。そんな風に見えたチエミの華奢な体を、今風のように駆けつけたハヤトががっしりと背負い上げた。


「ハヤト? あれ……なんで?」

「いっしょにって、言ったろ!」


 思えば、保険で所持していたあの黒い製菓をせーので齧った時から、二人はずっといっしょだった。そのことを思い出したチエミは、乗っかるハヤトの広い背の上で「ふっ」と笑った。

 約束通り抜け駆けはなし。二人の運命はとっくに一つだった。


「チエミ……さっ……早くこっちに……」


 頼りになる二人の姿を見て浮かべていた安堵の表情が、また白く曇っていく。タイキはその瞬間(とき)、何故だか、胸の鼓動をかき乱す不安が押し寄せて仕方がなかった。

 乾いた喉で叫び呼ぶ。いつもの快足を飛ばして早くこっちに来ればいいのに、そんなタイキの焦る思いとは裏腹に──今こちらを振り向いた二人は、まるで時が止まったようにそこを動こうとしなかった。


 チエミとハヤトは、ただタイキの漂い流れていく方をじっと瞬きもせずに見つめたまま、柔らかに口角を上げた。


『ばいばいタイキ!』

『勝てよ、タイキ!』


 最後の短い言葉さえ言い切れずに──二人は天を圧し潰す激しい白光の中へと呑み込まれていく。冒険者の先輩たちが、二人してとびきりの笑みを遠いそこに並べたまま、視界を焼き覆い尽くす雷の奔流の中へと────。


「チエミさん、ハヤトさん……! っあ!? あぁ────」


 降る鮮烈な雷の戟が、煌々と、届かぬ手を伸ばすタイキの見つめる世界を引き裂いた。

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