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第37話 コックと道化師

 一介のコックが青竜船から眺めたその景色は鮮烈だった。


「なんだありゃ……化物を飼っていたのはアッチかよ。盛大に料理されちまってんじゃねぇか……あーあ、可哀想だから祈ってやるか」


 戦米丸のマジックポールへと鋭く降った青き雷。

 寄せ集めの料理人仲間、レモラを討ったその馬鹿げたパワーにペコロ・ココットは目を細める。


 気になりその勝負の末までを見届けたが、どうやら彼は損をしてしまったようだ。網膜に焼きついた青い雷の威力は、出鱈目。逆に身代わりになってくれたクズのために、簡易な祈りを捧げてやる始末だった。


『ミーのお肉はまだなのかーーっ!』


 相変わらず船内からは、わがままなあの客の声が聞こえる。どれだけ待っても、こうも負け続きでは目当ての肉は届かないのは当然だ。


 遠くに映る青い雷光も見飽きたのか、ペコロは目を擦る。そして木の板にもたれながら、一つ、大きな欠伸をした。


 彼が盛大に怠けていたその時、飴色髪の横顔に目掛けて一枚の紙が張り付いた。


 また気まぐれな海風に乗せて、次のリストが届いたのだ。


 さっそく此度の食材リストを、期待せずざっと確認したペコロは──。


「おっ……! チッ……これは出るしかねぇな!」


 急に、彼は尻をつけていたその場を飛び跳ねるように立ち上がった。

 やがて風に乱れていたその髪を整えたペコロ・ココットは、まだ支柱から煙を上げつづけているその大きな船に向かい歩き出した。






 一方、第三回目の食材選択の時間に勝利したシロツメ支部のメンバーが乗る赤竜船では──。


「さて、そろそろジブンも働くとするか」


「えっ!? 行くの?」


 前向きな台詞と共にアキトが一歩、眺めていた海に向かい甲板の上を歩き出した。


 今になってようやく、重い腰を上げるように動き始めた男の様子に、リリスが思わず声をかける。


「あぁ。行くさ。そうそう、今度はキミのお望みのものを取って来てあげよう。イチゴちゃん?」


「え……ほんとなのそれ? まぁ、あんまり期待はしてないけど。散々肩透かしくらった後だし……」


 笑顔で振り向くアキトに対して、やや辛辣な言葉を皮肉にも投げかけたリリス。望みのものはもちろん豊富な野菜、一度までではなく三度も被せて持って来た肉ではないのだ。


「あはは。それは結構! 肩透かしじゃないと──いいがね」


 アキトは振り向かず、見送る仲間たちに陽気に片手を振る。そして今、遠くに映る飴色髪のターゲットをその目に見据えながら、戦いの舞台へとつづく橋に足をかけた。





 赤竜船、青竜船からそれぞれの橋を渡り戦米丸のデッキへと出揃った両者。しかし、すぐには闘志を燃やすことはなかった。


 一つ前の戦いでレモラがタイキにそうしたように、とても穏やかな笑顔を浮かべ、相手に握手を求めるアキト。


「やぁよろしく頼むよ。そろそろ皆、似たような争いにも飽きた頃だ。ジブンも腹が空いてきたよ」


「あぁよろしくな。安心しろ、自分で言うのもなんだが、俺はあんな奴らよりよっぽど性格が良い方だぜ? 終わったらなんか作ってやるよ」


 お気楽なアキトの言葉に、ペコロも軽く握手を交わしつつその考えに同調した。


 ここまで行った三回の食材選択の時間はどれも、両陣営で争い合う結果になってしまった。


 これ以上の争いごとはもう結構、腹一杯。アキトとペコロは男同士、協調的な姿勢を見せていく。


 すると、そんな男たちの交わした形だけの握手を見届けたカタリナ船長は、二人から受け取った食材のリストをさっそく見比べ確認していく。


「──見たところ被りはない。よし、これより食材を下ろす。持っていけ」

 

 争いを嫌い避けたか、それとも裏で何か取引をしていたのか。カタリナが確認したリストに被りの食材は、無かった。


 さっそく食材をロープで括りデッキ上へと下ろすように、カタリナは見張り台で作業をする部下たちに命じた。


「ふぅ、恩にきるぜ。──おーい、早く降ろせ。そうそうこっちこっち! 一流コックのいる所だ、分かるか?」


 軽く手を挙げ礼を言ったペコロは上機嫌にも、この船の部下たちに荷を下ろす場所の指図をする。


 飴色髪のコックが天を見上げ、手で合図を送る。そんなお相手の姿を一瞥したアキトは、ふと今、思い出したように呟いた。


「あ。そうだ忘れていた? せっかくだから、この余ったチェンジカードとやらを使うよ。もちろん──ゼンブ」


 彼がその懐から取り出したのは、チェンジカード。

 これまで三回行われた食材選択の時間。勝者側の陣営に配られた三枚の交換札を、アキトは余るともったいないと言い、カタリナ船長へと投げ渡した。


 そして、アキトの手元から今帆柱に突き刺さった三枚のカード。そこに書かれていた文字をざっと確認したカタリナは、下ろしていた片手を挙げ、部下たちに待ったをかけた。


「フッ……分かった受け入れよう。被りの食材は三つだ。おいそこのコック、私の許可なしにこの船の物資に触るな! 失格にするぞ」


 勝手にロープで吊り下げた食材に触れようとした早とちりのコックに、カタリナは剣を向けた。


 鋭い女船長の眼光と威厳のある低い声が、食材に夢中であったペコロの手を一瞬止めさせる。


 ペコロがその圧に目を離した時にはもう、ロープに吊された食材は、彼の手の届かぬ所に巻き上げられてしまった。


「そうだそうカモンベイビー、カモンオニオ……ナッ!? んだと!? てめぇ、おい何考えてやがる!! 血迷ったか! 被りなんて一つも無かっただろうが!」


 ペコロは遠のく食材を追うように手で空を掴んだ。そしてその握りしめた拳のまま、黒髪の男のことを睨みつけ叫んだ。


「もちろん、メニューの変更だ。キミを目の前にしたら、なぁーんだか少し気が変わってね。こっちのメニューの方が、切り甲斐がありそうだ?」


 だがそんなコックの怒りも意に介さず。

 メニューの変更を告げたアキトは、腰元からレイピアをゆっくりと抜き出し、細い切先をそのターゲットへと向けた。


「ハァ……そうか。ならお前にくれてやるのは……こっちの裏メニューだ! 微塵切りにされたきゃ来やがれ、薄笑い野郎!」


 飴色髪の料理人は俯きながら、溜息を一つ吐いた。

 そして、突然回転を始め高々と舞った一本の鋭いナイフを、彼は素早く宙で掴み取った。


 一度でも刃を抜き出し向け合えば、和平とはいとも容易く砕け散っていく。


 冒険者アキトと料理人ペコロ・ココット。

 互いに譲れぬ三つの食材を賭けた勝負。第四回目の食材選択の時間が、怪しげな海鳴りと共に、闘志と魔力を温め始まろうとしていた。






 それは彼が戦いに入るためのルーティンと意思表示か。コックは逆手にナイフを握った。


「料理人にも客を選ぶ権利がある、お前みたいな趣味の悪い薄笑い野郎の珍客はッ、どんぐりでも食ってろ!」


「ジブンも相手は選ぶさ。ワンサイドゲームは好きじゃない、背ェ比べと行こうか!」


「お断りだ会話のできない馬鹿野郎!」


 明確な開始の合図はない。アキトのレイピアが鋭く仕掛け、ペコロのナイフの刃がそれを受け止め応えた。


「ってアイツ何やってんのよ! なんで戦っている訳ぇ!?」

「おそらくあそこにある玉ねぎが欲しくなったのでしょう。野菜炒めですから」

「そそそんなことで……! 今更すぎるんだけど、野菜炒め……」

「アキトさんも戦いたかったんだな、はは」

「これ、料理対決なんだけど……──だよね??」


 突如メニューを変更し勃発した食材の奪い合い。リリス、ミタライ、タイキはその戦いの模様を赤竜船から観戦する。


 依然、甲板上で切り結ぶナイフとレイピア、料理人と冒険者。異なる刃を扱う彼らの腕前は拮抗しているのか、幾合の刃を重ねながら長く激しい攻防が続いていた。


 しかし突如スピードを上げたレイピアによる連続突きにテンポを崩され、ペコロはなんとか受け止めたナイフごと後方に弾き飛ばされてしまった。


 まるで弾丸のような威力の刺突にやられ、受け止めきれなかったペコロの身は甲板上を激しく転がりながら滑っていく。


「あぁ。つい突ついてしまった、フフフ」


 アキトは余裕げに笑いながら、足元に転がって来た玉ねぎを一つ拾い上げた。


「てめぇ、その汚い手で俺のベイビーに触るんじゃねぇ!」


 その時、ペコロはぶつかった樽の山から立ち上がり、またナイフを構えた。自分の扱う食材に勝手に手をつけた──その事に対して料理人は異様な執念を放ち、相手を睨みつけた。


「なら、お返ししよう」


 アキトは突然手にしていた玉ねぎを放り投げた。


「──うぐっ!?」


 放物線を描くその玉の軌道に気を取られたのか、ペコロは眼前に急速に迫ったレイピアへの対応を迫られた。


 だがコックは引きやしない。

 ナイフの平で落ちて来た玉ねぎを掬い上げ、それをぽんと天へと飛ばした。


 同時に迫って来た剣士のことも相手取る。鋭く突くレイピアの注文(きどう)を読みながら、受け流していく。


 刃を重ねる音をまた響かせながら、一つの玉ねぎがあっちこっちに宙を舞い続ける。


「遊びたいのかい、フフフ」


「ッ──。安心しろ、てめぇとの遊びは……終わりだ!」


 底の知れない剣を操るこの男といつまでも戯れるつもりはない。

 二人の間に落ちて来た玉ねぎを、ペコロはナイフで切り刻んだ。


 目の前の鬱陶しい黒髪の男が一瞬目を閉じて怯んだ、その隙を逃さない。


「【踊り串:スウィートフィッシュ】!!」


 コック服から取り出し投げた一本の鉄の串。それを蹴り出した靴底で力の限り打ち込んだ。


 鉄串を用いた活きの良いペコロの一蹴が、薄笑いを浮かべつづけていた迷惑な客を、樽の山へと叩き込み返した。


「俺は玉ねぎ丁ペコロ・ココット。食えないクズと迷惑客は、さっさとご退店だ!」


 盛大に名乗りあげた、彼は玉ねぎ丁ペコロ・ココット。

 そこらの寄せ集めの料理人たちとは一味違う、自称一流のコック。彼の手にかかれば、たとえ人であれ魔物であれ怪物であれ、料理できないモノはない。

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