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第36話 怪魚

 戦米丸のデッキから青い剣士が掲げる剣。その勇姿に呼応して、赤竜船からリリスは拳を大きくあげた。


「しゃーーっ! さっすがタイキね! と言いたいけど、ちょっと危なかしかったんだから? ほんとにもう! あはは!」


 海丁レモラを得意の雷と思わぬ機転で倒したタイキ。隙のない完勝とまではいかないが、徐々にエンジンを上げていき最後に相手を追い越した──そんな内容のある戦い模様であった。


「あの酔い止めの答え、いつ教えられたのですか。隙は無かったように見えますが」


 リアクション激しく喜ぶリリスをよそに、ミタライはそっとアキトへと近づきそう呟いた。


 待機部屋での雑談中にあった、あの和亀羅から貰ったという酔い止めのやり取り。それがまさに先ほどの勝利と大きく関係していると、彼女は読んでいた。


 アキト本人から船上での対策、その答えを既に教えてもらっていたのか、それとも──。ミタライはその事が気になり問いかけていた。


「ふふ……いや、違うよ。あれはELF(エルフ)だ」


「エルフ?」


 「エルフ」──彼の口から出てきたのは、ファンタジー小説などで聞き覚えはあるが突拍子もない言葉だ。


 アキトのした妙な受け答えにミタライは静かに首を傾げた。


「【elemental link field】略して【ELF】。とある高名な騎士がある日、城内に潜む鼠を捕まえるように上官から言われてね。周囲の微細な動きを探知出来るように体系化した魔力を用いた技術の一つさ。ただし耳を澄ませるよりも高度で深い集中力を要するためか、耳カスの詰まった連中にはあまり浸透はしなかったけどね。フフ」


 彼はやけに詳しく説明する。ELFとはただの略称であるが、その技の説明はミタライが戦米丸のデッキ上に薄く広がり感じていた違和感と合致する部分があった。


「微細な動きの探知……。それがELF……なるほど、タイキ・フジはそれを応用してみせた訳ですね」


 微細な動きをリアルタイムで探知できれば、あの海の戦い方を熟知したレモラの動きにもついていき、経験の差を埋める事ができる。──と、ミタライは理解し頷いた。


「そう、だが敷かれたレールじゃない。彼はそれにたった今、自力で行き着いたのさ」


 最後にアキトは言葉を正した。【ELF】その技術を自分が彼に教えたわけではないことを。あくまでレモラとの戦いの中で、彼はその攻略法を自力で見出していたのだ。


(いやはや驚いたね。せっかく取っておいたジブンの熟したイチゴまでもう掠め取るなんて、お行儀が悪いじゃないか……タイキくん、フフフ)


 アキトが内心で驚いたのは、職員のシロイとして働くギルドにも張り出されていたCC級の賞金首、その海賊を討った事ではない。


 予想を凌駕した青髪の剣士の成長曲線に、高名な騎士が過去に築いた埃をかぶった栄光が、一瞬──交わったのだ。


 アキトは口角を静かに吊り上げる。それは嫉妬か、恐れか、喜びか、感嘆から来るものか。道化師の心は誰にも分からない。


 ただ、誇らしげに橋を渡る青い髪の男の姿を、彼はじっと瞬きもせずに見つめていた。







 今橋を渡り切り、無事、食材を持って帰ってきたタイキ。さっそく彼は赤竜船で待っていたリリスらへとその食材を預けた。


「リリスっ、これってもしかして野菜炒めになったりするかなぁ!」


「なったら苦労はしないわよー! って今度は魚肉とエビ……まぁ、もう慣れたんだけど……」


 野菜炒め製作への道はどうやらまだ遠いようだ。

 オレンジ色の魚肉のブロックを受け取り抱え、エビの入ったバケツを覗きながら、リリスはもはや諦めの境地にいた。


 荷物を預け終えたタイキは笑い、やがてアキトの元へと近寄った。


「アキトさん。アレの答え、これで! ……どうですか?」


「あぁ、いいんじゃないかな。はは」


 和亀羅から貰った酔い止めに隠された意味。それは、波に揺れ続ける船上での戦いが陸地と同じようにはいかないという事。

 七曜血選に初めて挑むタイキ・フジに対して、その事を気遣い暗喩していたのだろう。


 そして、「アレの答え」──つまりは船上での適した身のこなしと戦い方。

 タイキが船上で海賊のレモラと戦いながら導き出した一つの答え。それはアキトをして笑い認めざるを得ないほどに、事前の予想を大きく飛び越えた極上の回答だった。


 結局、タイキは甲板上に微弱に敷いた雷の魔力・【ELF】を用いて、海賊レモラの一挙一動を必死に分析し、海での動き戦い方までを盗み取り教わったのだ。


 しかし、赤竜船から二人の戦いを見届けていたアキトの目にはその答えとは別にもう一つ。海賊レモラが仕込んでいた大掛かりな裏の仕掛け、それが透けて見えていた。


「だけどキミは気づいたかな」


「え?」


「まだあの船にからくりが残っていることに」


 少々意地悪だが、これは是非とも答えてもらわなければならない。あの神がかった波、不自然な波の正体を。


 アキトはタイキに新たな謎を提示し問うた。


「! ……あの、もしかして──」


 何か思い当たる感覚があったのか、タイキがアキトに耳打ちする。ごにょごにょと伝達するその二人の様はまるで安っぽいクイズ番組のようだ。


 手にした食材であるレンコンの穴から答えを聞き、アキトは笑いつつ何度か頷いた。


「ははは、船の精霊たちの声が聞こえた? ははは、──ある意味正解!」


「ええ!? 精霊……なんているの? あの平べったい船に?」


 男二人の奇妙なやり取りの最中、寄って来たリリスが不思議そうに尋ねる。


 正解の判定に喜ぶタイキは肯定するようにリリスに向けて頷くが、そうではない。

 もちろん精霊などという、幻想的で可愛い響きの存在はいやしない事をアキトは知っている。


「それはね──!」


 アキトが海に向けて指を弾くと──突然、魚が一匹浮かび上がってきた。するとまた次々と、海面に灰色の魚が腹を見せながら現れていく。


「な、なんでぇ!? いきなり周りに魚が死んだように??」


 リリスが驚いた面を披露する間にも、灰色の小さなシルエットが海にどんどん増えていく。


「これがタイキ・フジの聞いたと言う精霊の正体ですか。なるほど……ふふ」

「言わないでくださいよミタライさん、はは……ひょっとして精霊の息継ぎかな?」

「なわけないでしょ!」


 ちゃぷちゃぷと静かな水音を立て、どれも痺れたか死んだように腹を見せる。戦米丸の周りに浮かび上がって来たこの魚の正体とは──。







 一方、戦米丸の船内にある大浴場では、甲板上の戦いの余波が響いていた──。


「なんだ大波小波に荒れ始めたと思えば、今度は電気風呂か? ブハハなかなか気持ちいいな」


 コンガ・リー・ダンは呑気にも湯船に浸かりながらそう言った。肌に痺れる電流が、巨漢の男の腹肉を丁度良く揉み解していた。


「ん? 何かいます! そこっ!」


 同じく、そんな痺れ始めた湯船で長風呂をしていた美楚羅は何かの気配に気づいたようだ。ギフトで黒髪を素早く操り、湯の底をぼんやりと泳いでいた魚影を捉えた。


「魚だ、食えるか」


「馬鹿食うな、ただの魚じゃねぇよ。平らなデコのついたそいつはヘソザメじゃないか」


 髪で結び釣り上げた魚を見て、アトラは条件反射のように食えるかどうかと呟くが、コンガがすぐに愚かなその言葉を制した。


「「ヘソザメ?」」


 聞いたことのない魚の名前だ。アトラと美楚羅は同じように疑問の言葉を吐く。


「ああ、その大きなでこは吸盤の役割をする。船や鯨の底に群がってはそれで引っ付き、ただ乗りをするらしい。伝説では大量になると一隻の船をも止めるとも言われている。船乗りからは忌み嫌われている怪魚だな」


「おまけに肉質は怠け者のブヨブヨ。臭みもあって食えたもんじゃねぇ。ケッ、そいつを料理するのだけはおすすめしないぜ。フライでも誰も食べねぇよ。……まったくありゃ、思い出したくもねぇ食感と臭さだったぜ。三日間は腐った口臭しかでなかったな」


 ペネロとコンガ、料理人たちが今捕らえた魚【ヘソザメ】についての詳しい見解を述べた。


 大浴場に紛れ込んだ小判状のおでこが付いた変わった魚。その評判は船乗りにも料理人からも散々のようだ。


 食べられないと分かるとアトラはすっかり興味を無くしたのか湯を上がり、美楚羅も髪に引っ付く前にその灰色の魚を放した。

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