第22話 天才vs恐怖
「え、今、髪で……剣と?」
隣の円形舞台から美楚羅とアキト、二人の戦いの模様を観戦していたリリスは確かに目撃した。束ねた黒髪が宙を泳ぎ、鋭いレイピアと渡り合っているところを。
「魔力で硬化させた髪、どうやら毛先の一本まで束ね操るそれが、あの道着の方のギフトのようですね」
「髪が武器!? そっ、そんなギフト……あるんだ?」
支部長ミタライの分析に、リリスは自分の赤髪を手で掴んでみる。しかし、ぱっと解けて散らばり元に戻るだけである。
「強い…… 」
「あぁっ……!」
聞こえた短い声に髪をいじる意味のない実験をやめたリリスが横を振り向くと、タイキとアトラが向こうの舞台上で踊る二人から、じっと目を離さずにいた。
果たして、彼らは今どちらのことを言ったのか。リリスは杖を握りしめ、冒険者アキトがレイピアを操り華麗に舞う、その戦いへと視界を戻した。
髪の鎌と細身の剣が、空を刈り、空を突き、確かめ合う。もう何合打ち合ったか、きっとそんなことは両者は数えていない。なおも二人は、石の舞台の上で異なる呼吸音を重ねて踊り続けている。
しかし、そんな繰り広げる華麗な剣舞の最中──先に裏切ったのは美楚羅だった。
汗ばむうなじを忍び伝い、道着の右の袖下から不意に伸びた隠し髪が、アキトを捕らえた。
「捕らえました! 腹筋にご覚悟を!」
捕らえたのは、なんと帽子から流れたアキトの長い三つ編みの尾であった。髪を隠し、髪を操り、髪を捕らえる。まさに美楚羅の特異なギフトと、毛先まで繊細な動きを可能にする気操術による泥臭くも美しい奇襲であった。
そしてすかさず、美楚羅はやっと痺れから回復した右の拳を握り構える。このままその三つ編みの尾ごと強靭な己の黒髪で引き寄せて、腹に一発打ち込むつもりだ。
「おや奇遇だね? 〝捉えた〟のは、こちらもだ」
「!?」
窮地と思われた中でも鋭く睨む黒い眼光が、美楚羅の赤い双眸に灯る熱を、またも打ち砕く。
美楚羅はその一瞬で何を悟ったのか、三つ編みときつく結ばれ繋がっていた己の髪を解いて、後ろへと離脱する。
(髪に既に充足な魔力を……束ねていた……くっ、誘われた! なんて人だ、次々と自分の持つ実力を引き出されてしまう……まるで将棋の駒を取り合う、いや一方的に取らされるような……こんな底知れぬ戦い方をする人は初めてだ!)
まるで毛を逆立て威嚇する獣のように、アキトの魔力に干渉してしまった美楚羅の髪が、落ち着きを取り戻せない。
楽に自由を得た三つ編みの尾を指に絡め遊ばせながら、目の前の敵は微笑っている。
美楚羅は額に流れ出る汗を袖で拭い、息を呑む。まるで打つ手を全て、彼に見透かされているように思えてならなかった。隙をつく、知恵を絞る、初撃で貰った痺れの回復まで耐える──そういう次元ではない。その微笑の甘いマスクの裏に隠された、彼の実力は──。
美楚羅はまた、解けかけていた赤い帯をぎゅっと締め直した。
「師範……!!!」
美楚羅がアキトから目を逸らさず、突然大声を張り上げる。
「分かった……ただし──仕留めろ。貫けッ」
すると、美楚羅の背後の別の円形舞台にいた同門の集団。その中でも一等背の高い師範と呼ばれた大男が、今何かを天へと向かい一斉にばら撒くように放り投げた。
「御意!」
高々と投げられたその七つの煌めきを、枝分かれするように伸びた黒い艶髪が、束ねた毛先で器用に受け取っていく。
「『世界は広い。いくら磨き鍛えようとも、一握りのこの拳だけでは、決して貫き視えぬほどに……』──師範が常々おっしゃっていた言葉の真意が、今になってようやく分かりました」
鋭い煌めきを毛先に履いた黒髪が一つ、二つ、三つ、まるで多頭の蛇が首をもたげるように、次々と宙、美楚羅の頭上に並ぶ。
「修行と苦痛そして成長の日々、道場の門をくぐり、弱々しかったこの体は確かに鍛えられ強くなりました。しかしそこで多くの技を学び、習い、強くなるにつれて、僕は日々組み手をする相手にも自分以上の強さをもどかしくも求めてしまっていた……。そんな心に鎮座していた僕の慢心と怠惰のくすみを、師範の慧眼は既に見抜かれていたのです……」
語る弱音とは対照的に黒髪の蛇は生命を得たように、鋭く尖った銀の頭を向け、赤青緑に──宝飾された眼を光らせる。
「でも、現剣流の道場を背負う者の一人として、僕はここでっ!! ……あなたという恐怖に打ち勝たねばなりません! この【血粧髪飾り】を──使わせてもらいます!」
美楚羅は両腕に巻かれた包帯を解いていく。すると、七つの首の蛇は一斉に彼の腕肉へと集り、突き刺した銀の髪飾りの口に赤く滴る印を、それぞれつけた。
「フッフ、あいにくジブンにはもう視えたよ。この後の道場破りは、──酷くつまらなそうだ。強さと恐怖を履き違えて教えた、脆弱でお馬鹿な連中の相手はね?」
冒険者アキトは、七頭の蛇が細身の美を啄むそんな凄惨な儀式を見ても、動じない。
説法や明かす回想話などに興味はない。左手に握る銀の刃を、そっと美楚羅の背後の彼らへと向けた。
「ッその言葉、訂正させてみせるッ──行きます!!!」
その行為を現剣流道場への挑発と受け取った美楚羅は、もう一切の容赦と甘えを捨てた。
血に飢えた七首の黒蛇と、赤い眼に極限の闘志を焚べる一人の男が、今、恐るべき道化師へと一斉に牙を剥き襲い掛かった。
⬜︎
【血粧髪飾り】:
それは術者の血と内在魔力の限り、従順に動き続ける魔武器。
髪に神をも下ろすこともできると言われるこの特別な髪飾りは、あしらわれた美しい宝飾とは裏腹に、実はとても危険な代物である。
ミラーズウェポンレポート社により集められた太古の戦争資料によると、敵地に忍ばせた女スパイなどにこの髪飾りと似た物が与えられていたと記録されている。国の要人の暗殺に用いられていたとも推察されている。
しかし、使用上の性能に問題があったためか量産には至らなかったようだ。髪飾りの製造者である名工も、謎の変死を遂げたとされている。
⬜︎
「剣のように硬く鋭く……師範に倣いそのつもりで鍛えた拳も通用しないのならば、やがて髪で岩をも持ち上げるまでになったこの気操術とギフト、そしてさらなる力を求めた末に手にした、この、血粧髪飾り! ──全てをもって命の限りお相手します!」
襲いかかる七首の黒蛇は、ぐんぐんと首をのばすように髪を伸ばし、宙を走り泳いだ。
変幻自在、縦横無尽の本気になった美楚羅のギフトによる攻撃が、円形舞台上で踊るアキトを追いかけ続ける。
執拗に首を伸ばし喰らいつく。赤く汚れた銀の顎が、美楚羅の赤い眼が睨むアキト一人に狙いを定め殺到する。
それはまるで妖怪との戦いだ。際限なく長く伸びた黒髪の蛇が、逃げ回るアキトに息をつく暇を与えない。
これだけのギフトと禍々しい武器を一身で操る美楚羅も決して無事ではない。道着の裏の細身から苦しく息が上がる──されど、美楚羅はその赤い目を敵へと凝らす。
辛い時ほど、未曾有の恐怖の中にいるほどに不思議と集中できていた。
そして、怒涛の連撃を喰らいつくように繰り返した末に、ついに舞台の端へと追い詰めた冒険者アキトへと、美楚羅は攻撃の手を緩めずに一気呵成に仕掛けた。
渦巻きうねる七首の黒い蛇が、細い銀のレイピアを構えた背水の戦士へと四方八方から襲いかかる。
血に飢えた獰猛な黒蛇の猛攻は──鮮やかに流れる銀の星に断ち切られた。
冒険者アキト、彼の剣術は七首の邪蛇をもってしても止めることはできない。
彼が左手に操る銀のレイピアの前に、食い掛かった銀の顎は届かない。
獲物を襲い伸び続けていた黒い髪が、冷たい石の舞台上へと散っていく。
「──ッ!? ……たとえ見切られようともっ!」
髪は一度切られても美楚羅のギフトにより急成長する。ならば、このままもう一度仕掛ければいい。美楚羅は敵の披露したレイピアの美技に酔わず、即座に思考を切り替える。
底知れぬ実力を持つ冒険者アキトが、自分の攻撃をまた華麗にいなすことなど、美楚羅の頭には織り込み済みであった。
まだ負けた訳ではない。このまま髪を伸ばし、四肢ごと上手く拘束すれば勝機はある。むしろ、美楚羅の目に見えていたのは、格上の強者であるアキトの生んだ僅かな隙でもあった。
「まだ付き合ってもらいますッ【髪縛り】!! ──なっ!?」
髪を断ち切られても終わりではない。己のギフトの真価をよく知る美楚羅は、鮮やかな剣舞の後にすぐさま攻撃に転じた。
だが、彼の髪はそれ以上伸びなかった。先ほど切られた毛先で、伝達していた魔力がまるで堰き止められたように詰まった。
「花……札!?」
よく見ると七首の蛇の頭を宿していた美楚羅の黒髪には、蝶の柄の奇妙な花札がいつの間にか括られていた。
「【蝶舞水無月】──」
七首の蛇を断ち切った鮮やかな剣舞の名。ただ断ち切るだけではない、その際にアキトは攻防一体の武器である美楚羅の髪へと細工を施していたようだ。
いきなり現れた花札が、髪を成長させる魔力を阻害していたのだ。
相手を拘束する技、【髪縛り】の発動を思わぬ手で封じられてしまう。しかし、まだ手はある──美楚羅は焦燥の中も、四方の地に散っていた首を切られた髪蛇がまだ魔力を有していることに気づいている。
何手も先の戦闘プランを、瞬時に用意せねばこの男には勝てない。美楚羅はあえて、死んだふりで寝かせていた黒蛇たちを、遠隔からの気操術を駆使して解き放った。
息を吹き返した髪蛇が、銀の顎を煌めかせ地から飛び跳ね、アキトを不意打ちで襲う。
しかし勝負慣れしたレイピア使いは、首をもがれても襲いくる黒蛇たちの突撃を躱しながら、前へと一気に詰め寄った。
突然ぐわりと、迫力を増し駆けた冒険者の男。目の前に迫るそのあまりの速さに、美楚羅は対応が遅れてしまう。
それでも迎え撃つ美楚羅が突き出した鋭い拳は、アキトが用意した黒い縄に捕らえられていた。
それは、なんとアキトの髪であった。魔力を込めた三つ編みの尾は、美楚羅のギフトと艶髪にも劣らない強固な縄と化した。
それは美楚羅にとって、まさかの攻撃手段であった。不意打ちを仕掛けたつもりが、意趣返しされてしまう。
美楚羅の右の手首を髪の縄で縛ったアキトはそのまま──。
「【巨猪文月】──!」
三つ編みの縄に引き寄せられ、宙に返った美楚羅の体は、また地へと激しく叩き落とされた。
猪と七月の花札が、叩きつけた地から水飛沫のように散っていく。
「──がはっ!?」
激しく地に叩きつけられながらも美楚羅は、三つ編みの縄の隙間に己の髪を差し込むように絡め、異なる魔力で対抗しそのきつい縛りを解いた。
なんとか拘束から逃れた美楚羅は、一旦距離を取り立て直す。
髪に括られた魔力をジャマーする厄介な蝶の花札を取り除く。密かに袖内に回収した【血粧髪飾り】を髪に装着し直し、諦めない美楚羅は再攻撃を図った。
しかし──
「【十剣・鹿】」
銀の切先のその先────真っ直ぐに伸びる炎の魔力の刃が貫いたのは、彼の右耳たぶ、薄皮一枚。
冒険者アキトの仮初のギフト、そのモチーフは、世間を賑わせるトランプに対する【花札】。
刃渡りの先にまで伸びた魔剣が、鋭く、熱く、立ち止まる美楚羅の右頬を撫でている。
美楚羅は息を荒げたまま、遠目に映るその男のことを睨んだまま離さない
それは降参を促した審判の刃に歯向かう、彼の最後の意地だったのかもしれない。
「……僕は、少しでも……訂正できたでしょうか」
全身全霊で、道場を背負って戦った。
あの挑発が嘘であれ、本当であれそれはどうでもよかったが、美楚羅はそう見つめる一人の冒険者へと問うていた。
「あぁ、とても素晴らしい師をお持ちだ。右手が折れていれば危うかったよ? フフ──これからの成長を期待している」
冒険者アキトを演じた道化師は、右手を握り、また開く。そうしておどけて笑ってみせた。
「はは、あなたというひとは……完敗……で……ぅ────」
現剣流道場八番弟子、既に限界を迎えていた美楚羅は今ゆっくりと前へと倒れ、地に伏した。
道化師は刃を収める。一期一会、一夜限りの戦士との勝負はもう、これ以上血を流す必要はない。
月光に照らされ満足げに寝静まる、黒い艶髪の彼を見て、冒険者アキトは微笑んだ。
半月七つを賭けた一対一、石の舞台上の戦いは、ise会シロツメ支部に属するアキトの勝利で幕を閉じた。




