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第21話 舞踏円月

 飽きるほど平坦な夜の海を、船頭ラカンの操舵する小舟は進み続けた。サイカンの港を出て、どれくらいの航海時間だったろうか。ちょうどリリスが紅茶を二杯飲み終え、タイキが三度目の剣の素振りをしていたそんな時だった。


 暗い水平線の向こうから、突然現れたマングローブのような水上に浮かぶ森の中へと、小舟がするりと木々の間をすり抜け侵入していった。


 この入り組んだ狭路を抜けるための小船だったのかもしれない。シロツメ支部の一行がそんな風に思っていると──。


 しばらく森の中を船を漕ぎ抜けた先、開けた視界に見えて来たのは──なんとも未知石色の光景だった。


「なっ、なにこれ?」

「浮かぶ……石の地?」

「ただの古い祭壇や遺跡ではなさそうだね」

「同じような丸い石の舞台が等間隔に……」


 まさかここで始まるというのか。タイキたち五人が訝しみ見ていると。

 自分たちの他にも森を抜けた小舟が、続々と姿を現し辿り着いていく。整然と並ぶそれぞれの石の舞台の上へと、まるで決められたテーブルに着くように。


「さっさと上がれ」


 船頭のラカンは、止まった船内にいつまでも居座る五人を、一番角に位置する石の舞台の一つへと即刻上がるように促す。


 五人は相変わらず高圧的な声を放つラカンの言う通りに、石の舞台の上へとそれぞれ飛び乗った。


 そして今全員が舞台の上へと上がったことを確認したラカンは、制帽のツバを正し、真っ直ぐに立つ小舟の船首から両腕を組み宣った。


「これより葬魔七曜血選、月曜第一の神技──【舞踏円月(ぶとうえんげつ)】を開始する。壇上に立ついかなる者も水面へ蹴落としても構わない。とにかく倒し方は問わない。そしてこれを受け取れ!」


 ラカンは右のブーツから取り出した小さな石を一粒、いきなり、小船から青髪の青年へと目掛けて投げた。


 タイキはそれを片手でキャッチした。手を開いて覗いてみると、それは綺麗に二つに割れた半月のような形の石だった。


「それを壇上の窪みに当て嵌めることで、東西南北に隣り合う石の円形舞台のいずれかに石の橋をかけることができる。同じくこの神技に挑む相手チームの持っている半月を奪うことで、それはもう一度橋を作動させる魔力をチャージすることができるようになっている。説明は以上だ! 以降、愚鈍の質問は一切受け付けない」


 神技の説明を最後に、ラカンが制帽の頭に一瞬添えた左手の敬礼。小舟が壇上に五人を残したまま静かに去っていく。


「なるほど……つまり……! これはっ……どういうことなんだろ!」


 何も分からずにいるタイキの声だけ大きくした発言に、リリスが思わずずっこける。


「っ!? タイキあんたね……! はぁ……つまりは……だからアレ、どういう……ぅえ!?」


「習うより慣れろ──こういうことだろうね、フフフ」


 北、西、二つの方向から角に位置する円形舞台に戦士たちが橋を渡し、同時に乗り込んできた。


『狙い目だ、そこの雑魚を潰せーーっ!』

『角を取るのは定石っ、先ずはあそこに居座るうすのろ共を纏めてぶっ殺せーー!』


 血気盛んな他のチームたちが、動きを見せずに呑気に喋っていたタイキたち五人へと橋を駆けて襲いかかる。


「角に籠っていても始まりません。寄る敵は直ちに迎え撃ちますっ、──【ウィルオウィスプ】!」


 天の月は満ちた。森に囲まれた海の中、整然と並び浮かぶ石の盤上で、葬魔七曜血選はもう既に始まっている。


 四人は武器を構え、ミタライはギフトを解放する。緑の怪火が、夜の水面と石の壇上に鮮やかな光を放った。









 冷たい鉄のレイピアが服を華麗に引き裂き戦意を削ぐ、唸る雷剣の魔力と膂力がリング外の水面へと敵を三人まとめて弾き飛ばす。不意に現れては消える緑の怪火が猫騙しで敵を撹乱し、向こう側の円形舞台へと古杖の指示で放たれた【ヒノタマ】の魔法が炸裂し一気に敵を蹴散らした。


 手元にある敵パーティーから奪った半月も嵩張ってきたところで、リリスがそれらの石の欠片をまとめた首飾りにし、タイキの首へとかけた


 すると、その青髪の剣士がじゃらりとかけた首飾りを目にした敵パーティーは、隣り合う円形舞台から別の方角へと一目散に逃げるように去っていった。


「効果覿面のようだね」


「はは、追ってまでは戦いたくないかな」


「逃げてくれる分にはいいのだけど……ど、どうなのこれ? 見せびらかしの首飾りのせいで楽に稼げなくなっちゃわない?」


 アキトとタイキは逃げていく敵の隊の背を眺め笑う。しかしリリスは言われて作った首飾りの効果を疑問に思ったようだ。


「生存を優先し強い者から逃げるのもまた作戦の一つでしょう。しかしこちらは今は狩る側。この調子で雑兵を相手にちまちま消耗していくのも手ですが、もっと効率よく半月を集めるにはどうすればいいか……。おそらくそろそろ他の参加者も気づいている所でしょう。この【舞踏円月】の真意に──」


 ミタライは現状を整理する。開始同時に襲って来た二つのパーティーを壊滅させ、その後も順調に舞台を移動しながら半月をかき集めた今、自分たちシロツメ支部と同じような成果を重ねた他のパーティーもいるはずだと読んだ。


 これ以上次々と脱落していく雑兵チームを狩るのにも限界があり、考えなしに消耗をするのも考えものだ。ならば、そろそろ狩り方と標的を変えた次のステップへと移行する段階である。


「真意……?」


 強面のラカンにより説明されたルールは、円形の舞台上ではいかなる手を用いて敵を散らしても構わない無法という、大雑把なものであった。


 そんな月曜第一の神技、舞踏円月の真意に気づくとは一体どういう意味なのか。ミタライの冷静に説く言葉の意味を魔術師のリリスはまだ測りかねていた。


「おや?」

「……」


 アキトとアトラが寄って来た気配にいち早く気づき、その方向へと顔を向ける。


 西の橋を今独りゆっくりと渡り、堂々と中央に立ち、五人がいる隣の円形舞台へとやって来た道着姿の若者が一人、こちらを覗いていた。


「僕はクラン現剣(げんけん)流道場の八番弟子、美楚羅(ミソラ)。御一行を相応の実力者とお見受けし、提案したい。どなたかこの舞台で、この髪飾りにした半月七つを賭けた、僕と一対一の勝負を願いたい!」


 白い道着に、少し長めの黒い髪。中性的な顔立ちに似合わない、熱意の宿った赤い瞳。そんな容貌の若い戦士が五人へと腹から出したはっきりとした声で叫び、いきなり挑戦状を叩きつけてきた。


「狩りにきたのか、それとも狩られにきたのか……フフ、面白い提案だね?」


 突然の提案に、アキトは思わず微笑し顎をさすった。彼の目に映るおしゃれな髪飾りにした半月の石は【嘘】ではない、紛う事なき〝本物〟だ。


「一対一か……ここでそんな事を言う人珍しいな……よしっ! 分かったミソラーーっ! その勝負、僕も今行く! ──あれっ」


 タイキも同様の仕草でほんの数秒考えた末に、より大きな声量で、美楚羅へと快い返事を叫び返した。


 しかしタイキが向こうに橋を掛けようと、首飾りの石を一つ外し、端の窪みに合わせようとしたその時──。


 一瞬、屈んでいた青髪の頭上を追い越す素速い影が一つ。軽やかに飛翔し先に向こう側に渡ったのは、黒い帽子に三つ編みの尾、冒険者アキトの姿だった。


「二人で盛り上がっているところすまないねタイキ。この勝負、ジブンに譲ってはもらえないだろうか?」


「……アキトさん? ──はい!」


 風に乱れた帽子のツバを正し、横顔を覗かせ、タイキの方を振り返り見るアキト。


 突然告げられたアキトの気まぐれと我儘にも、屈んでいた姿勢から立ち上がったタイキは、頷き返事をした。──剣の柄から大人しく手を離す。


「って、なに勝手にやってんのよーっ! また相談もなしに、わっ、罠かもしれないのに!」


 その男の好き勝手も気まぐれも見逃さない。リリスがアキトの耳へと届く声を張り上げる。


「フフフそれはないよイチゴちゃん。ただ少し……お相手のキャラ被りが見過ごせなくてね」


 狡猾な罠の心配はない。舞台の中央に凛と立ち据えられた、情熱的な赤い双眸にアキトは確信している。


「ってどこも被ってないでしょーに! 今なら間に合うから一回戻ってきなさい、戻って!」


「黒髪」

「黒髪ですね」

「あ、黒髪か!」


「髪の色だけが理由!?」


 ise会シロツメ支部では黒い髪の者などそれほど珍しくはない。そんな薄い共通点を理由に戦うのか。リリスは思わずツッコまずにはいられなかった。


 騒ぎ続く五人のやり取りに、それまで黙って見ていた美楚羅は口を開いた。


「僕としては、あちらの青髪の男の方と戦いたかったのですが……あなたをどんな風に倒せば彼は出て来てくれるでしょうか?」


 横から割り込み気味にやって来た冒険者アキトを目の前に、美楚羅は本音を打ち明ける。


 今放ったそれは慢心それとも余裕か。美楚羅はタイキと戦いたかった事を隠さない。そして、目の前の男を挑発しているとも取れる言葉を堂々と言い放っている。


「フフ。それはすまない。お詫びと言ってはなんだが、──〝全力で潰しに来て構わない〟」


 余裕げに嗤うその赤い双眸の熱を打ち砕いたのは、黒髪に翳り秘められた黒い冷徹な眼差し。


「……いえ、こちらこそあなたのことを、勝手に自分が作り上げた小さな幻想の中で見誤っていたようです」


 美楚羅はぎゅっと赤い帯を締め直す。そして握ったまま、包帯に巻かれた両手を前へと構えた。


「でも……あなたも僕のことを〝みくびっている〟! はぁぁッッ、行きます!」


「フッフ、どうぞ」


 向かって来た拳を真っ向から手のひらで受け止める。


 月の満ちる特別な夜、石のテーブルを並べた秘密の宴。道化師の今日のダンス相手は彼に決まったようだ。








 冒険者アキトの放った言葉に嘘偽りはない。強がりでもない。それを証明するかのように、今、男は真っ向から迫る拳を受け止めた。


 しかし目の前に張り付いたその道化師の余裕げな表情、それごとを裏返すように、美楚羅はぐっと前へと強引に己の拳を捩じ込んだ。


 細身の道着姿の戦士から繰り出された予想外の膂力が、アキトを微笑ごと吹き飛ばす。


 なんとか石のリングの端に己の両足を残したアキトは、おどけたように後ろの水面に向けて反っていた背を、直立へと正した。


「っとっとと……人は見かけによらぬもの。なかなか痺れるパンチじゃないか。フフフ──あれ?」


 良いパンチを受け止めた右手を、左手で味わうように揉んでいると──何やら感触がおかしい。

 アキトがふと右手を覗くと、そこには変な方向に曲がった手首があった。目をこすり、もう一度左手を使いきっちりと直しても、右手は萎れたように垂れ下がっていく。


「あぶなー……って!? 手が?」


 水面に落っこちそうになっていたアキトの様を、ひやりと見ていたリリスが、もう一度驚きの表情を上塗り重ねた。


「フフフ……これはこれは少し、はしゃぎすぎたようだ?」


 アキトは右手をぷらぷらと揺らしながら笑うが、リリスにはどう考えても笑っている場合には見えない。


「なんか、アキトさんらしいというか……ははっ!」


「ってえええええ!? ちょちょっと! タイキも笑っちゃってどうすんのよ……! いくらアイツでも始まって早々片手がイッちゃってるのに!?」


 そう、そんな場合ではない。これは美楚羅が提案した一対一の勝負の約束。そのタイマン形式の戦いで、初っ端から右手がダメになっては、いくらアキトの実力を後ろで見てきたリリスも心配の方が勝る。


「少し迂闊ではありますが……いえ、相手もあまり無事ではないようです」


 ミタライもリリスの心配事の一部には同意するも、彼女が目を凝らし観察していたのはアキトの手の状態ではなかった。


 突き出されたままでいる美楚羅の右の拳が、揺らいでいる──。そして右手から遅れて、青い魔力が痺れるように伝い、一瞬、彼の体を蝕んだように見えた。


 残心中の美楚羅の顔が、僅かに歪む。


 アキトはただ挑発し打たれた訳ではなく、何かトラップのカードをその手のひらに刹那、忍ばせていたのだろう。


「まぁ片手でも操れるか。では──!」


 右手の状態を確認し諦めたアキトは、左手にレイピアを取り、素速く前へと仕掛けた。


 不用意にも右手は失ったが、相手にもカウンターの魔力が打ち込まれている。冒険者アキトは老練な兵士のように、生じたその隙を見逃さない。


 銀のレイピアが、動きの鈍った美楚羅の首筋へと容赦なく襲い掛かる。


 しかし空を裂いた致命の一閃は、白い喉元へと届く前に、【髪】で受け止められた。


「なるほど……っ! 髪飾りがよく似合うわけだ」


 喉を裂かんとしたレイピアの刃は、黒く艶めき重なり阻む、髪のカーテンに通らない。


「本当に受け止めるなんて……それに、この魔力……なんとも恐い方だ……。ならこちらも、出し惜しみとは言っていられないようです! あなたには……!」


 黒髪のカーテンは、ひとりでに妖しくうねり出す。そしてアキトの喉元を目掛けて、まるで意趣返しをするように、黒い針となりと襲い掛かった。


「フフもちろん、時には激しいダンスもいいものさ。さぁ、次のステップへ共に進もうか!」


 アキトは未知の反撃を皮一枚で悠々と躱し、合わせる刃で、執拗に襲う硬化した黒髪を弾き返した。


(ダンス)の練習は道場でもあまり得意ではないので! これから僕はあなたを……ッ、真剣に挫きます! 僕のギフトとこの現剣流の気操術(きそうじゅつ)で、徹底的に! なのであなたがッ……その調子でいてくれると助かります!」


 月光に照らされた艶髪が三日月の鎌を形成する。

 武器とするのは己の美髪。美楚羅は髪に己の魔力を馴染ませ、自在に操る凶器をその身その頭に宿した。


「ならばそれも徹底的に受けて立とう。フフフ!」


 されど道化師は微笑(わら)いつづける。今宵、一期一会のこの勝負の行末を愉しむ、彼のそのスタンスは崩れない。


 月夜に煌めく銀のレイピアが、今静かにかつ堂々と、離れて立つ美髪の戦士のことを遠く射抜いた。


 二人の戦いは、ギフトを解放した次のステップへと踏み込んだ──。切先を向き合わせた銀の刃と、黒い鎌が、洗練された魔力の弾けぶつかり合う美しい音を立てた。

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