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第14話 常霧地帯クロキリ

「はぁはぁ……くそ、七度も失敗したが、ようやく尻尾を掴めたぞ怪人めっ! ……ギルド職員シロイ、いや冒険者アキト。貴様の持つその醜い醜い面相の裏の悪の姿をな!!」


 幾度も見つかり阻まれ、幾度もめくり遡った時の記憶。またあの夜、あの暗い裏路地へと彼は戻ってきた。

 媒介にした拾った最後の水晶の欠片が今朽ちたように自壊し、手の平から粉のような光がさらさらと散る。

 もう運良く手に入れた水晶の欠片を使って、過去の記憶を覗くことはできない。しかし、最後のチャンスであの男の核心に迫る情報を知ることができた。


「そしてこのカレンダーマンがいる限り、貴様ら小悪党の腹積もりなど全てお見通しだ! 待っていてください先生っ!」


 黒と赤の混じり合う二色のヒーロースーツを身に纏い、闇の中からぽつり唐突に現れたそれは一体何者なのか。

 彩光都市シロツメでの目的を達成したカレンダーマンは、立ち止まらない。青く萎れた花を片手に、訪れた過去の日付から次の日を走り目指した。


 元いた正しき時の扉を目指して、手がかりにしていた青い花は色褪せ枯れていく。

 はためく黒と赤のマントの端から、飛沫を上げるように流れる数字の書かれた幾多の紙が、一枚一枚剥がされては燃えていく。

 スピードを上げ走る風と共に、過去から未来をただひたすらにカレンダーマンは突き進んで行った────。











 バークローズ王国北部、常霧(じょうむ)地帯クロキリにて。


 霧がかった黒き森の中、二つの川がちょうど合流する川辺に立つウェアハウスがある。


 このウェアハウスの貸し出し主である男は、栓をし密閉していた大きな酒樽をこじ開ける。すると、滝のように溢れて来た熟成されたウイスキーに、待ちきれず透明なグラスごと突っ込んだ。


 男は贅沢にも汲み取った酒の味を確かめ頷いた。そして、透き通る琥珀が流れ出る様をじっと眺めながら静かに口を開いた。


「シロツメにお使いを頼んでいたイトウが死んだ。元より蒔いていたその他の工作員である(くさ)もおそらく刈られた、土産も連絡も来ない。……愛着のついた飼い犬に手を噛まれるのは、いつも辛いもんやなぁ」


 男の名はツツミ。部下から先生と慕われるその男は、ここクロキリの地一帯を支配する〝クランise会本部〟の代表の一人だ。


「BBB級のイトウが!? もしや……シロツメのあの能面女め! 裏切り行為だと許せないっ! 今すぐ俺が首を取って来よう、先生!」


 森の中のウェアハウスへと呼ばれて駆けつけたのはカレン・アズマ。ise会クロキリ本部の戦闘員であり、ツツミが最も信頼を置く部下の一人でもある。


 ツツミから発された聞き捨てならないその情報に、カレンは怒りを露わにした。彼の脳裏には、シロツメ支部の支部長の女の澄ました顔が鮮明に浮かんだ。そのツラが以前から気に食わなかったのだ。


「おい待て待て、そう事を急ぐなカレン・アズマ。サヤ・ミタライという女は計算高く賢い。奴のことならいずれどこかで翻り、こう歯向かって来るのは分かっていたさ。……やはり人間っちゅうのは足の裏で頭を押さえつければつけるほど、ために溜めてどっかで反発する。見かけはいくら従順に振る舞おうが、一度買った恨みはこうして見えない(はら)ん中で深ァく熟成されていくわけや」


 ツツミは、動き出そうとしたカレンをやわく制止した。そして、また流れ続ける琥珀色へと手とグラスを突っ込みウイスキーを汲む。


「分かっていたのならば、なおさら良からぬカビが繁殖する前に焼き払い打ち壊すべきでは!?」


 しかしカレンの怒りはまだおさまらない。上司であるツツミに向かいそう手厳しく言った。


「なんだ知らんのかカレン? 壊すのは簡単、ちょうどよく可愛がるんは難しい。良い女はどいつもこいつもちと目ェ離した隙に、すぅーって、この手からすり抜け離れてふらつきよる。──あぁ。カビても裏切らないのはこの酒だけや。どれ、カレンお前も飲め。今年もなかなか上出来だぞ。霧の森と澄んだ川をもっとるこの地、クロキリにしか作れん風味や」


「これから打って出る私は! ウイスキーなど呑気に飲めません! 今はご遠慮願いたいっ!」


 満杯まで注がれたグラスを向けたツツミ。カレンはその酒の誘いをきっぱりと言い断った。


「ははは、その威勢やよろしい。だが心配するなカレン。言われなくても──もう一度跪かせてやる。あの時のようにな。一度組み伏せた女の反抗なんてかわいい・も・ん・や」


 片手で握り、差し出していたグラスが唐突に割れた。ツツミは笑う、きっと怒りながら。その様を見ていたカレンは、先生の身から雷電のように漏れ出る赤い魔力とオーラに息を呑んだ。


「といきたいところだが……ミタライ支部長のギフトは魂をあやつれるとーっても希少なもんや。仮に運良く完全にそのギフトをごっそりまるまる奪えたとて、ギフトっちゅうもんはその本人が努力と研究を重ねた成熟度までは引き継がん。他のもんへの引き継ぎにもその選定と成長に膨大な時間を要するやろ。それは一言で言えばコスパが悪い、愚行や。だからまだまだあの才女には、俺の気に入ったこの地で作るウイスキーぐらいの価値がある。上に立つもんは、有能な部下の少々の失態は……ぷはぁ……呑んで許してやるもんなんや。なぁ」


 ツツミはそう言い終えると、グラスのウイスキーを一気に仰ぎ飲む。魂に干渉できるミタライの特異なギフトを評価しているツツミは直情的には動かない。


 ツツミが発した冷徹な見通しと、焦燥を感じさせない悠然とした態度に、カレンは畏まるようにお辞儀をした。


「先生の懐と思慮の深さにはこのカレン・アズマ感服いたします! しかし、だからとて……一度歯向かったミタライ支部長を何も無しに甘やかすのは」


「あぁ、そう言うと思ったわ。だがミタライのことはそのギフトに至るまでよぉ知っとる。正直後でもいい……。そこで、お前にはこれからお前にしかできないであろう大役を与える。それと時間も好きなだけやる」


 頭を下げつつもまだ納得がいっていない。そんな部下の性格までツツミにはお見通しだった。


「……! それはいかなる……っ?」


 突然それまでしていた話を切り替え、カレンの目を睨みツツミは告げた。


(ひと)の女を誑かしたコイツのことを、その過去・現在・耳の穴すべてに至るまで丸裸に洗い出して来いッ。カレン、お前のその悪をのぞく神の目に相当するギフトでな」


 ツツミは唐突に枯れた一輪の花を胸のポケットから取り出し、それを部下のカレンへと授けた。それと同時に手渡した、手鏡ほどの大きさの記録用のミラーツールに閉じ込め映る〝帽子の男の姿〟。その男のことを徹底的に調べるように命令を下した。


「その役目っ……しかと承った先生!」


 生物として凄みのあるその竜の如き眼光。そして耳を貫いた威厳と渋みのある雄の声に、カレンの心は震え、昂り、突き動かされる。


「ise会クロキリ本部のカレン・アズマ、いやっ! この世にはびこる悪は、この〝カレンダーマン〟が必ずや駆除し尽くしてやる!」


 熱き全身の魔力を上げ身に纏うのは、赤と黒のツートンカラーのスーツ。Sと額に書かれたマスクを今被り、過去と未来それぞれを見通す四つの神眼をぎろりと見開く。

 颯爽と変身し現れたカレン・アズマ改めカレンダーマンは、ツツミ先生より授かった大役をつつしんで引き受けた。


 ヒーローがマントを威勢よく翻すと、数字の書かれた紙片が周囲に渦巻くように散っていく。


 やがて僅かに色付いた一輪の花を片手に、変身したカレンダーマンは風のようにどこかへと消えていった。


 魔力を孕んだ冷たい風が、ウェアハウス内を吹き抜けた──。


 ヒーローが去り際に起こした特別な風と共に、すっかり冷え切ったグラスをツツミは手に取った。そして、中の凍りついたウイスキーを、太い指先から軽く伝う赤い電流が一瞬で溶かした。


「あぁ、おおいに期待しとる……。失敗作のシロツメ支部、その愉快な出来栄えもな。ドラははははは……ドラははははははは──!!」


 天を仰ぎ、再び豪快に飲み干したウイスキー。酒の滴る口元を今味わうように拭い、牙を覗かせ男は嗤う。


 今宵、竜は息を潜めない。浴びるように酒を呑み、天を喰らうほどの大口を開きいつまでも高く笑い上げ続けた。


 決して逃れる事のできない大きな大きな支配の影が、既に霧中の森の奥で動き始めていた。

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