外伝① ナイフと形見
彩光都市シロツメ、その東に構えるウッドフットの森。そこで行われた大規模な夜狩りは、朝日が顔を覗かせる静かな夜明けと共に終わりを迎えていった────。
泥のついたブーツを脱ぎ、野球帽子を外す。ゆったりと汗で湿った黒髪をかきあげ、いつもの趣味でない小麦色のスーツをすらりとした体に馴染ませる。
野暮用を済ませギルド・エメラルドクロウに戻った職員のシロイは、上階にある私室のドアを開け階段を降りていく。
さっそく彼は夜狩りの後処理で忙しい受付の現場へと加わり、主にクランに属していない野良の冒険者たちへの対応に当たった。
次々とやって来るお疲れの冒険者たちをベテランの彼は淡々と丁寧に捌いていく。
しばらくそんな風に受付係をこなしていると、シロイは目の前に見慣れた顔を見つけた。
「やぁ。夜狩りに出ていたんだね、君も」
「あぁ……」
シロイが声をかけたのは、いつぞやのナイフを貸した少年、ユウという名の新米の冒険者の姿だった。
もちろんシロイは一度見た冒険者の顔を忘れはしない。このところBB級の冒険者タイキ・フジにすっかりお熱ながらも、自分のナイフを貸したこの少年の事は、あの時の印象的な自己紹介もあってかしっかりと記憶している。
(今の魔力は……ふむ、鳩クラスと言ったところか。雀程度だった子がうまく生き残れたものだ)
それに以前よりもちっぽけだった魔力が研ぎ澄まされ、成長しているのが見て取れる。
シロイは静かに返事をしたユウ少年により、カウンターに置かれた太った皮の袋を開ける。そして慣れたような手つきで、袋の中で輝きを放つ成果であるミラーの欠片を手に取り鑑定していく。
冒険者はいつ命を落としてもおかしくはない。夜狩りで生き残れただけでも幸運であり、持ち帰った成果もミラーエイプのミラーの欠片が多数──逃げ回っていただけではなさそうだ。
シロイが鑑定を続けながら、少年の順調なる成長を内心で喜んでいると──。
「おや、これは?」
袋の中から出てきたのは、羽根のような形をしたミラーの欠片を加工した首飾り。脅威度AAA級のミラーエイプの物とは異なる輝きを宿していた。
『見たことのない魔物のミラーだ。店売りのミラーツールか?』──そう思ったシロイは手の平に乗せ、そのミラーツールの羽根を訝しみ見る。
「あの夜、帰って来なかった親父の形見。──置いていく。俺はまだ、強くならないといけない」
親父の形見を手放してまで彼が望むのは、きっとあの時貸した一本のナイフのことだろう。
「……なるほど。そういうことなら、分かった。これはギルド側が預からせてもらうよ」
ギルド職員のシロイはユウ少年の忍ばせていた、そのおしゃれな交換の提案を一旦飲んだ。
(一点物のナイフなんだけどなぁ……まぁそれなら等価交換か? ──武器を見る目はありと)
やはりその少し思い入れのある一点物のナイフのことは惜しいが、シロイは少年に向かい頷くと、受付カウンターにしゃがみ込みミラーの欠片の保管ケースを取り出した。
羽根の首飾りを丁寧にケースの中へと詰めて、預かったことを目の前の冒険者へと示してみせる。
少年も形見より、今は羽織る外套の裏に忍ばせた銀色のナイフの方が必要なようだ。ケースに保管されたことを確認すると、職員へと吊り目気味のその真っ直ぐな瞳で頷き返した。
彼には〝D級賞金首トランプメン〟に復讐をするという目標がある。それが、勇敢なるシロツメの戦士と慕う親の仇だと確信しているからだ。
もっとも目の前でうっすらと微笑みを浮かべるこの職員の男は、身に覚えがない。勇敢と称される程強い相手ならば、〝彼〟が覚えていないはずはないのだ。
しかしそんなことはどうでもいい。もう少しだけその一点物のナイフを貸し出していてもいいと思える程に、今の少年は、初めてここで会った時とは見違える良い目をしていたのだ。




