第16話 富士大起
「その時まだ高校生の俺はクラスのみんな、仲間や友達、生徒会の皆といるのが好きだった」
ざわついていた団員たちの声が少しおさまると、壇上のタイキはついに語り始めた。
彼が語りかけると同時に団員たちもさっと静まり、その話を傾聴する。
「将来は、かっこよくて強いそんな漫画やアニメに出てくるようなヒーローになりたい。なんて小さな子供の頃から馬鹿らしくも描いていたことを、高校生にまでなっても心のどこかで思っていた」
「だけど、ヒーローなんてどこにもいない。俺の過ごしてきた現実は身の回りの小さな世界さえ変えられない。そうだった」
よくある男の子らしい将来の夢の打ち明け話に一転、暗雲が立ち込める。不穏な切り出しに、団員の皆が静かに息を呑む。
「ある日、たしか文化祭の準備中に倒れた俺は……気づいたら花だらけの狭いロッカーの中だった」
「くすぐったくもないし、くしゃみもできなくて。ただただ見覚えのある皆の顔が次々に、現れたり消えたりするだけで、呼びかけても話もろくに聞いてくれないんだ」
タイキは少し明るめな口調で語るが、何人かの団員はもうこの時点で彼の居る場所を察することができた。団員たちは思わず口元を押さえたり、不安そうに目を細める。
「さてはまた突飛な夢でも見ているのかなと思った。でも、俺はこういう時幼い頃何回か自由に抜け出した経験があったからさ、だから動かない全身に力を込めてみたんだ。すると思った通り! その狭い花のロッカーの中から飛び出すように抜け出して、上から全てを俯瞰できたんだ」
「近所のお寺か何かを借りていたのかな? そこはとにかく広い場所で、足元を見下ろすと真っ白な顔をした俺の顔に似たやつがやっぱり、花に囲まれて呑気に寝ていたんだ。足元から前を見てみると、会場の中にはなにやら泣いていた子もいた。でも逆にうっすらと笑みを浮かべていたやつも。そんなに親しくなくて何も思わないやつ。どことなく不安そうな顔をしていた子。とにかくいろんな顔が見えた。──そう、学校の皆が、その日だけは俺のためにずらずらと来てくれていた」
「そんな光景が見えたんだ」
彼はさっぱりと話し語る。とても冷静にも見えたが、何かをまだ押し殺しているようにも見えた。
「その時もちろん俺は、自分がどうなっちゃったか分かった。それと同時に。あー。俺が今までしてきた事って、一体どんな意味があったのかなって考えた」
「考えて考えて…………結局、──死んだら何もなくなる。この派手な葬式のあとは何事もなくなる。皆しだいに元の生活に戻っていく」
「小さな井の中のちょっとしたヒーロー気取りで満たされた気になっていたのは、俺だけなんじゃないかって思ってしまったんだ。同じ制服を着ているだけで、皆、こんな風に付き合わされていただけで」
それは高校生らしくない感想のように聞こえたかもしれない。BBB級の冒険者タイキ・フジの持つ明るく芯の強い人間性とは真反対の事を言っているようにも聞こえた。
「もちろんイジメなんて嫌いだし、誰かが傷ついていたら助けたい。見て見ぬふりをするなんて、とてもかっこ悪い事と思っていた。でもそんな風に思っている自分が好きなだけだったんじゃないかってのも同時に思ってしまった。俺がいなくなったら、そんな一人のヒーロー気取りの物語は終わってしまう……。しかも俺が最後に残せたものって、迷惑にも……皆を巻き込んだ大袈裟な葬式のイベントだけなんだ」
「そう思うともっと何かできたんじゃないかって、悔しかったりやるせなかったり。なんでここで死んだんだ! って思ったりもした。もちろんこんな中途半端な奴のことは笑ってくれても構わないし、そんな俺のために悲しんでくれる子がいるのは逆に申し訳なく思った」
彼の口から出てくる言葉は止まらない。まるでその時のことを追体験させるような、その時抱いた感情を思い起こすような語り振りで、一切を曝け出す。
「だからさ、俺の世界はただの高校生。何にもなれなかった、ただの富士大起。大きな事なんて起こせやしない、ただひっそりと死んだ奴、──結局それで終わっちゃったんだ」
「でもだからこそ、次にチャンスがあるなら同級生の皆に見送られるような存在じゃなくて、絶対誰よりも強くなるって! ……鼓動のない冷たい心臓を握りしめながら、また同じように今度は誓ったんだ!」
最後は魂の叫びに等しい語り様だった。不運でちっぽけな高校生の彼が地球、日本から、異世界ガライヤに来たその理由や覚悟の全てが詰まっていた。
宙を駆け、耳の裏までよく通る若い男の声が聞こえる。
それまで沈み澱んでいた切り株のステージ上の雰囲気が、からっと一気に晴れ渡るような爽快さだった。
一番離れた席で青髪の彼のことを見ていた道化師は、すぐには拍手を送らない。噛み締め考えるように、今赤裸々に語られたタイキ・フジという一人の人間の人生の切れ端を、反芻していく。
(クラスや学校の皆から慕われていた彼。それはまさに素晴らしいリーダーやヒーロー的存在だったんだろう。だが、実際にはそのヒーローの物語は彼が死んだら崩壊する彼一人の存在に依存したその程度のものだった)
道化師は野球帽子からはみ出た三つ編みの尾を指に絡めいじりながら、まだまだ妄想を膨らませていく。
(高校生の彼は子供の頃に描いていたヒーローにはなれずに、おそらく心臓かどこかを痛めた突然の不幸な病で倒れ散った──。だからこそ、今度はより力を付けた本当のヒーローになる。そのためには時にはその手段すら問わないのかもしれない。得体の知れない道化師の手も喜んで借りてしまう。……本当の悪の倒し方を知りたい。ヒーローは死んでもやはり、決して見て見ぬふりをしない。それが強心臓にも思える彼の強さの根源か? 彼は例えどんな強力な敵が立ち塞がるように現れても、その剣を握ることを躊躇わない──)
道化師の中では、今まで不明であった彼の持つアイデンティティーや信念、根底にある強さ、底知れぬ違和感、その全てが合致した。
晴々しい学生時代の制服と、今壇上に吹く風に靡く緑のマント。一度死んでも再び勇ましく蘇ってきた、そんな青き髪の主人公の姿が────。




