第14話 同盟
四島彰人は野球帽子を被り直す。冒険者アキトの姿になり、港湾からまだ明かりの残る街の中へと戻る。
彩光都市シロツメにあるクランハウス、その最上階にある支部長室へと彼は深夜にお邪魔していた。
「提供された情報通りに釣られていたよ。これで食いしん坊な鼠は、粗方駆除できたようだね」
「そうか……。ご苦労だった。これでしばらく奴らには私たちの動向の詳細は、見えづらくなることだろう」
「一時凌ぎにはまぁまぁってところかな」
彼が話していた相手は、執務机の席に腰掛ける水色髪の女性。以前より髪の伸びたサヤ・ミタライ支部長の姿であった。
夜狩りから二日が経ち、缶詰工場で怪しい動きを見せていた工場員を支部長からいただいた情報通りにアキトは始末し、とある開発資料とそのサンプルを奪取することに成功していた。
港湾に脱出のボートまでつけて、やはりシロツメに鼠は潜んでいた。そんな夜狩り後の後始末に、彼は得意とする変装術を用いて精を出していたのであった。
「できれば教えてもらいたいのだが、一体私のギフトに何をした。あれからウィルオウィスプが以前よりまるで、しきりに語りかけてくるようだ」
今自分の部屋へと訪問した男から報告を聞いたミタライ支部長は、話を変えた。
ミタライの手のひらの上で踊る、幻想的な緑の光を放つ火玉【ウィルオウィスプ】──彼女のギフトであるそれは、以前よりも活力に満ちていた。
やはりその原因として考えられるのは、自分を打ちのめした相手、彼の施した力が関係するとミタライは踏んでいた。
「言ったろ。嘘をついたと。その子は主と同じく賢い子のようだから、すぐにその良い嘘の条件を飲み込んでくれたよ」
「嘘……とすると、あの浮かんでいた石はこれと同じように? 何か魂の輪郭を別に用意したとでも言うのか?」
アキトが身を包む黒炎を脱した時に現れた、浮かぶ奇妙な獅子の顔の円石。彼のギフトと呼んでいたソレが関係するのでは──あの時黒炎の制御が上手くいかずにいたミタライの読みは、そうであった。
「用意した魂の輪郭か。なるほど面白い表現だ……。ま、種明かしをするとそれと似たようなことになるね。もっともジブンの場合、これがなんともハズレの個体でね。あまりにもお喋りだったので、少々黙らせてみた次第だ」
彼はあの時話していた。【嘘】であると。
獅子の顔のものを知らないが、そのような口を開けた円石のことをミタライは自分の元いた世界でも見覚えがあった。そこから推測するに、彼は本当に己のギフトと問答をした、そんな可能性がミタライの頭の中では考えられた。
「どうやら……そちらの方がギフトの扱いが何枚も上手だったようだ。必然の敗北だったか」
ミタライは察し悟る。冒険者アキトは紛れもない天才的なギフトの使い手。おそらく己のギフトを疑いながらも研究と問答を重ね、扱いやすく強固なものへと昇華してみせたのだろう。
そして、彼が冒険者アキトの皮を被るように、まだまだその手の内を隠している。ミタライにはそう思えてならなかった。
「必然の勝ちが約束された勝負ごとなどつまらない。──そうでもないだろう。これは君にしかできないことだ。君が何者にも切り捨てられず大切にされていた理由だ。そしてジブンが暗い森の中を駆けずり会いに行った理由でもある」
アキトは回収した缶詰の中身を取り出し、机上に並べて証拠を提示する。
並べられたのは、特殊製菓【GF10-8魂種】の開発資料が数枚。それと葉に包まれた、黒ずんだ欠片であった。
それは、彼がミタライを真っ先に消しに行った理由。そして、彼女がise会の上澄みにいる連中からその能力を気に入られる理由としては十分であった。
「……私を退けて、タイキ・フジを支部長にしなくて良かったのか?」
ミタライは静かに、別の方向へと話の舵を切った。その黒ずんだ欠片、魂種について話すより先に確認しておかなければならないことが彼女にはまだあった。
「それは君も望まないだろう? まだ?」
缶詰の他に持ち込んでいたリボンの結ばれたボトルを、彼女の執務机の隅に置く。アキトは支部長室をふらふらと歩き、何かを探しながらそう言葉を返した。
「……あぁ。私がまだ矢面にいたほうが何かと都合がいいことは自分でも分かっているつもりだ。急にクランの顔が変わると、事態が余計にごたついてしまうのは必然。近い内、他のise会からの呼び出しもあるだろう」
「さすが賢いお方だ。──うん、これでいいか?」
アキトは棚の中に大事そうに保管されていた透明なロックグラスを見つけ、その二つを手に取った。
「……しかしこれからどうするつもりだ。既に先は細い綱渡りだぞ。奴らも馬鹿ではない、黙ってはいない。夜狩りの事件……詳細までは先述したように分からないだろうが、すぐにシロツメで起こった異変に気づく。いや、もう気づいている。使者やスパイを仕留めたとなればなおさらだ」
ミタライ支部長は冷静だ。己の首を見せかけだけ見える所に添え安定を図っても、実際には何も解決していないことに気づいている。
選んで殺した選択肢は、一度千切れた綱のようにもう元の状態では帰って来ないのだ。
「もちろん。取るんだろう、竜の首。その切れない綱を渡りきってね」
「──!」
男は振り返り平然と言って見せた。微笑みを添えて、どっしりとしたロックグラスの底を机上へと『ことり』と音を鳴らし置いた。
ミタライは一瞬、その冷徹な目を見開いた。そしてまた元に直り、呑気に用意したボトルを眺める彼へと告げた。
「簡単に言ってくれる……。しかし私は、両方の姿を知る立場から断言させてもらう。先生は……いや奴、ise会クロキリ支部の〝ツツミ〟という男はお前よりも強大だ──冒険者アキト。魔力もギフトも……そして何より、お前が裏に持つ狡猾なその悪意すらも奴は凌駕する」
嘘偽りのない評価、両者を比較した戦力の分析。ツツミという男を知るミタライは、悠然とした態度を崩さない冒険者アキトへと最後の忠告をするように、真剣な眼差しでそう言った。
「悪意すらか……ふふふ、ジブンは良い性格をしているから、そうだろうね。──だが、困ったことにご機嫌取りで貢げるものはあいにく今は〝これ〟しかない。いい土産があればご提案願いたい」
それでもアキトはその微笑を崩さない。
おもむろに取り出した一本のナイフを上に滑らせ、少し膨らんだボトルの口に上手く当てる。
すると『カン』と鳴った澄んだ音の後に、まるで首を刎ねたように、ボトルの先端の口がコルクを噛んだまま天へと弾け飛んだ。
そして彼は綺麗に開いたそのボトルから出る赤を二つのグラスへと均等に注ぎ、内の一つを彼女の方へとそっと滑らせていく。
「……あぁ。私は死に損ないだ。だが、死に場所なら他にもある。そして奴にくれてやるものなど、もう──この命以外にはない。散っていった魂たちに誓い……もう、一つのギフトすら奴には与えない」
ミタライは決意する。彼女の死に場所は、あの森の湖畔ではない。目の前でグラスを持つ黒髪の男ではない。その後ろに聳えるツツミという醜悪な男から伸びる影を、巨大な姿を、彼女の目は捉えている。
「ふふふ。同盟成立──では、ささやかながら、乾杯っ」
ミタライは気づけば差し出されたグラスを手に取っていた。
それを見た、道化師は笑い手を伸ばす。
血のように赤い二つの小さな水面が静かに揺れる。ペアのグラスが、重ねて鳴った────。




