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BLACK STONE  作者: 智 聖亜
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甘い煙

甘い煙

僕は【龍見たつみ 一城かずき】、大学を卒業後大手スポーツメーカーに就職することができた。入社後は人事課に配属され、1度も移動することなく今年で入社4年目になる。

最初の1年目は何をするにも新鮮で失敗をしても先輩や上司に怒られてヘコむことはあってもやる気が漲っていた。2年目は自分が主担当の業務も任されるようになり、後輩もできたことで自分自身に改めて責任感がもてるようになった。

そして4年目の今年、毎月の業務がルーティン化され、内心つまらないと思うことが増えた。後輩は後輩で報連相が抜けることが多く、それが原因で後になって大変な事になり、そのフォローに僕が奔走することが続いた。

ある日、自分の業務でもミスが出た。ミスがあればもちろん先輩、上司から注意される。そんな日々が続き自分の中から業務に対する新鮮さも、やる気も薄れていった。

そんな日々でも自分が息抜きできる時があった。それは昼休みに喫茶店【ひまわり】でタバコを一服することだ。そこの喫茶店は会社から結構離れた場所にあり、会社の人と鉢合わせることはない。数か月前の会社の昼休みに、なんとなく会社から離れたくて外を適当にうろうろしていたら、たまたま見つけたのが【喫茶店 ひまわり】だった。店内は結構広いが、カウンター席が4席、2人掛けのテーブル席が3つと席数は少ない。マスターが言うにはこの席数が自分がお客さんの状況を把握できる範囲で、お客さんもゆったりできる空間なのだとのこと。そう言われてみると確かに席と席の間が広いので窮屈感がなく、かといって無駄な広さも感じず、ゆったりと過ごせるそんな雰囲気の店だ。しかも禁煙が進んだこの世の中で落ち着いてタバコが吸える、憩いの場所だ。そしてそんな憩いの場所で僕が吸い続けている銘柄は【BLACK STONE】だ。この銘柄はドライシガーですごく甘いチェリーの香りがする。周りの友達からはかなり不評だ。しかし意外と女の人の受けは良い。それは人気少女漫画のキャラクターが同じタバコを吸っているらしく、たまに女の人から『女ウケ狙ってそれ吸ってるんですか?』と言われることがある。それを言われると内心すごくイラッとして『タバコ屋のおばちゃんに甘い匂いのするタバコないか聞いたらコレ進められて、それからずっと吸っているだけだ』といつも同じ説明をする。それでも僕自身かなり気にいっていて3年以上この銘柄だけを吸い続けている。

僕はいつものようにさっさと昼ご飯を済ませ、喫茶店に向かった。喫茶店に入ると

カウンター席には50代と30代ぐらいのサラリーマン2人組が何やら楽しそうに話をしている。残りの2席には60代の女性がコーヒーを飲みながらタバコを吸っていて、もう1人は70代の男性がマスターと話し込んでいた。

残りの3つのテーブル席の内2つは埋まっていた。1つのテーブルには30代ぐらいの女性2人が海外旅行のパンフレットをいくつも広げながら楽しそうに話をしていた。もう1つのテーブルには60代後半の夫婦が和やかな雰囲気でサンドウィッチとコーヒーを食べていた。その夫婦を見て僕は自分が定年退職をした後は奥さんとあんな風に過ごしてみたいと思った。まぁ結婚どころか彼女すらいないが。

そんなことを思っていると1つだけ空いていた2人掛けのテーブル席に通された。僕は店員さんにアイスコーヒーを注文し、シガレットケースからタバコを取り出した。このシガレットケースはブラックストーンを吸い始めた時、ブラックストーンの箱自体がソフトケースですごく箱が脆く、すぐに箱がダメになってしまうと友達に言っていたら、その友達が誕生日にこのシガレットケースをプレゼントしてくれた。しかもそのシガレットケースには【BlackStone Cherry】と文字が彫ってあり、友達が『お前専用のシガレットケースだ』と笑いながら言って渡してくれた。それからはずっとこのシガレットケースを続けている。

タバコ火を点け一吸いした。この一吸い目がたまらない。体中に染み渡る感じ、すごく落ち着く。少しすると注文したコーヒーがきたのでタバコの火を軽く消しコーヒー飲むことにした、このコーヒーは酸味が少なくて飲みやすく、僕のお気に入りだ。この喫茶店に来てから同じコーヒーしか頼んだことがない。そんなアイスコーヒーを堪能しながら2本目のタバコに火を点けた時に店員さんから声をかけられた。

「あの~すいません。他のお客さんが1名来られて、申し訳ないんですが相席でもよろしいですか?」

そう言われて正直一瞬迷った。相席自体片手で数える程度しかしたことなく、この喫茶店では初めてだ。それでも自分はタバコを吸ってコーヒーを飲むだけで、コーヒーを飲み終えたらすぐ喫茶店を出るつもりなので相席を了解することにした。

「いいですよ」

そう答えると店員さんは【ありがとうございます】と言って去っていた。するとすぐにさっきの店員さんがお客さんを案内しながら戻ってきた。

「こちらのお席になります。」

その声で店員さんの方に目をやると店員さんの後ろに20代後半ぐらいの女性が立っていた。その女性は肌が白く、鼻筋が通っていて目は二重でぱっちりとしている。髪は肩ぐらいまであるセミロングで黒色、おっとりした柔らかい雰囲気で恰好はゆったりとした白いブラウスにブラウンのロングスカートでフェミニン系というのか詳しくは分からないがとにかくすごく似合っていた。

僕はてっきりサラリーマンのおっさんが来ると思っていたのでかなりびっくりした。

女性が一言『すいません』と言いながらぺこっと頭を下げて席に座り、店員さんにアイスティーを注文した。店員さんが『かしこまりました~』と言って席から離れていき、初対面で同年代女性と2人掛けのテーブル席で向かい合いながら座る、なんとも気まずい雰囲気だ。僕がそんなことを思いながら自分の目の前にある灰皿に目をやると火が点いたままのタバコがある事に気づいた。

「すいません」

そう言って僕は急いでタバコの火を消そうとした。

正直、相手がおっさんなら気にせずタバコを吸い続けるが、相手が同年代でしかも女性ということで僕は焦った。

「あっ」

タバコの火を消そうとした瞬間、女性の口から声が漏れた。僕はその声を聞いてタバコを持った手が止まった。

「あの、なにか?」

僕がそういうと女性は一瞬しまったという顔をしたが、すぐにほほ笑んだ表情になった。

「タバコ消さなくていいですよ。私が途中から割り込んだみたいなものですし、店員さんにも確認された上で私は相席にしてもらったんです。それに私その【BLACK STONE】の香りが好きなんです」

「いいんですか?」

僕はそれ以上何て答えていいかわからず、ぶっきらぼうに答えた。

「はい。私も【BLACK STONE】の香りを楽しませてもらいます。」

彼女はそう言って笑んだ。彼女がそう言い終えたタイミングで店員が彼女の注文したアイスティーをテーブルに置いて【ごゆっくり】と一言添え、静かに去っていき、彼女はその冷たく冷えたアイスティーにガムシロップを入れ、ストローをゆっくりと刺し、ストローにそっと口を付け美味しそうに飲んだ。

僕は彼女の言葉を頭の中で再認識しながら疑問に思ったことを思わず口にしていた。

「よくコレがBLACK STONEって分かりましたね。」

そう言うと彼女はさっきの笑顔のまま答えた。

「私の友達がマンガ好きで、その友達が特に好きなマンガがあってそのマンガに出てくるキャラクター達がそのタバコをよく吸っていて、そのマンガに影響されて、そのタバコを吸い始めてから10年以上ずっとBLACK STONEを吸っているんです。だから私はタバコとか吸わないんですけど、その煙の臭い覚えちゃって。独特じゃないですか、BLACK STONEの香りって」

そう言われて僕は心の中で「あぁ」と納得し、初対面の女性に向かっていちいち言わなくてもいいことと分かっていながら、いや分かっていると思いつつ、そういう風に思われたくないと思っている自分がいて、気づいたら声に出していた。

「僕は別にそのマンガやキャラクターが好きでコレを吸っているんじゃなくて、ただこの香りと味が好きなだけで」

そう答えると彼女は僕の微妙な反応に気づいたのか、少し申し訳なさそうな顔をしながら言った。

「もしかしてそれ吸ってると、女性からマンガのこと言われます?」

「えぇ、まぁ・・・」

「そうなんですね。でも確かにそのマンガ私たちが中学生とか高校生のとき爆発的に女子の中で流行りましたからね。もうそのマンガ読んでないと話についていけないみたいな。私も結構読みましたし、熱狂的なファンの方ほどじゃないですけど。ちなみにさっき話した友達とはそのマンガがきっかけで仲良くなったんです。」

「へぇ~、そうなんですか。」

僕は適当にそう答えながら自分の腕時計をチラッとみると思った以上に時間が経過していた。今から店を出ると走らないといけないほどじゃないが、気持ち早歩きで会社に戻らないといけない。僕は少し急いで残りのアイスコーヒーを飲み干した。

「すいません。僕そろそろ出るのでお先に失礼します。」

そう彼女に言うと、彼女もアイスティー残りのアイスティーを一気に飲み干した。

「せっかくなので一緒に出ましょう。」

そういって彼女と一緒に席を立った。2人でレジに向かいお互いの会計を済ませようとした時彼女は小さな手提げカバンをごそごそし始めた。

「あれ、財布入れたはずなのに・・・。」

そういいながら彼女はかなり焦っていた。僕はもしやと思って彼女に聞いた。

「もしかして財布忘れたんですか?」

「そうみたいです・・・。」

彼女はそう答えながら相変わらず焦ったままだった。そんな彼女の姿を見て、また僕自身が早く会社に戻らないといけない、でもこのまま無視するわけにもいかず、僕が2人分出してさっさと店を出るという結論を勝手に自分の中で出した。

「じゃ、ここは僕が出します。」

そういうと彼女はしっかりとした口調で答えた。

「初対面の方にそういうわけにはいきません。」

彼女は本当に申し訳なさそうな顔をしていたが、僕自身早く会社に戻らないといけないという少しの焦りと正直、このやり取りが面倒というのがあった。

「いや、あなたと少し話ができて気分転換になったのでそのお礼です。それに今お金持ってないでしょ。」

そういうと彼女はすごく申し訳ない顔をしたまま【すいません】といって頭を下げた。

最初の言葉はもちろん社交辞令、そして次の言葉はこのやり取りを終わらせる決定打だ。最後の言葉の言い方が少しキツくなってしまったかもしてないが、急いでいたため仕方がない。そうして僕はさっさと会計を済ませ2人で外へ出た。

外へ出ると彼女がすぐに話しかけてきた。

「本当に申し訳ありません。初対面の方にお金を払わせてしまって。明日必ずお金はお返しします。」

「いや、さっきも言いましたけど今回のはお礼で、しかも僕明日もここに来れるかは分からないのでお金はいいです。」

「では次回この喫茶店でお会い出来たらその時にお金をお返しします。なのでその時は必ずお金を受け取ってください。じゃないと私が気になったままになってしまいます。」

彼女のその言葉には強い意志といえば大げさだが、そういったものを感じたので僕は諦めてその提案を了解することにした。

「分かりました。では急いで会社に戻らないといけないので、これで失礼します。」

僕がそう言うと彼女は最初に見せた笑顔で【はい】と答え、お互い別れた。

そして僕は彼女とのやり取りのおかげで明日は喫茶店に行くべきか、あまり関わりを持たないためにしばらく喫茶店へ行くのを避けるべきか考えながら早歩きどころか結局走って嫌な嫌な会社へ戻る羽目になった。



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