32 特別な私
改札まで共に歩き、彼は自分の姿が見えなくなるまで見送ってくれていた。
ミサキは、実はかなりドキドキしていた。
「私、爆弾発言してたよね……」
そう呟くと、溜息を吐いて思い出す。
「昨日、あなたが髪の毛を綺麗に乾かしてくれたから、あまり結びたくなかったんですよね」
「!」
「そうしたら、服もスーツじゃないのがいいなと思って」
「そ、そうか」
いや、もうこれダメだよね。
浮かれすぎた……カイゼリスも返答に困ってたし。
でも、彼の気持ちがあまりにも嬉しかったから。
だから、年甲斐にもなく浮かれてしまったんだ。
ミサキは通勤急行池袋行の列車に乗り、前後左右からぎゅうぎゅうに押されていた。
あの、初めてひらがなで書いてくれた私の名前は宝物だ。
私の名前を特別にしてくれた。
優しい手つきで、丁寧にドライヤーをかけてくれる。そして、毎日してやると言ってくれた。
私のことをとても大切にしてくれるようで、嬉しかった。
何でもひとつひとつ真面目に、大事にしてくれる。
カイゼリスのそんなところが、とてもあたたかかった。
信頼出来た。
だから、今日はカイゼリスが乾かしてくれた髪の毛を可愛くして、それに合う服を着たくなったんだ。
私自身も特別にしたかった。
「でも、やり過ぎた……」
「せんぱーい!」
東京駅に到着し、地下道で自己反省している時、後ろから声を掛けられる。
この声は後輩のえりちゃんだった。
「今日、めっちゃカワイイですね!」
「ありがと」
「デートですか?合コンですか?」
「そんな予定は無いよ」
「ふーん」
何か嫌な予感がする。
本当に、殆どこういう格好をしていないから、弄られる覚悟で出社しなければならないことを忘れていた。
「でも、いつもと全然違いますよね。ホント可愛いです」
「2回も言わないで。照れる」
ミサキは顔を赤くした。
えりちゃんはミサキの隣を陣取り、会社に向かって二人で歩く。
「コンビニどうします?」
「カフェオレ買おうかな」
「了解です!私もなんか買お!」
二人はビル1階のコンビニで買い物をし、出社した。
◇
「お、ミサキ!今日めちゃ気合い入ってんな!合コンか?」
「そんなわけありません」
「へぇ。彼氏出来たのか?」
「違います」
社内で上司に話し掛けられる。
えりちゃんと同じ事を聞かれた。
「ミサキさん、いつもと違いますよね!どうしちゃったんですか?」
「……」
「いつもそんな格好なら、引く手数多だな!」
「……」
後輩、専務、誰からも弄られた。
面倒臭かった。
いちいち相手をするのは骨が折れた。
挙げ句。
「なにこれ!!!」
「どうしたんですか?先輩」
「社内ニュースに私が載ってるんだけど???」
社内のSNSに載せられていた。
▶社内ニュース 5月23日
入社6年目本社勤務。オシャレに目覚める!?
これは彼氏か合コンか?
美しすぎる28歳
目だけ黒いラインが入った、今日のミサキの写真が載っていた。
盗撮じゃん。
「前からこのニュース、社員のプライベート無いなとは思ってたけど……」
いや、気にするだけ無駄だ。
美人過ぎる28歳、良く書かれてるだけプラスに考えよう。
帰ったら、カイゼリスに報告して、ふたりで笑い話にでもしようっと。
ミサキはそう考えることにした。
「先輩!コメント凄いですよ!」
「え?」
「ほら」
えりちゃんに言われ、コメント欄を開く。
『ヤバ、別人』
『こんなに可愛かったか?』
『恋をすると人は変わる』
『どこから持ってきた写真だ?リアルをアップしろ』
『疑うな、ホンモノだ』
『マジか!ウケるww』
『本社行こうかな』
「はあ?なにこれ」
「先輩大人気!」
えりちゃんがニヤニヤし始めた。
『黙れ!彼女は入社当時から美人だ!』
『出た出たww』
「あ……」
「出ましたね、ヤツですよ」
ミサキは溜息を吐いた。
『同期飲み前に彼氏出来たんじゃねーの?』
『同期K乙残念w』
『まだ決まった訳じゃないぞ』
『どうせ合コンだろ』
『そんな人じゃない!!!』
『お前が言うなww』
荒れるコメント欄。
ミサキはそっと閉じた。
こんなプライベートが晒される社内ニュースなんて、裁判ものだよ……と呆れてしまった。




