プロローグ
「弓を――持て――」
鋭い声が響き渡る。
「構え――放て!」
その号令と共に、後方の弓兵達の矢が一斉に放たれた。
弓なりに弧を描き、何百という矢が敵陣に飛んでいく。
それを確認し、彼は次の号令を放つ。
「槍を構え――」
彼の周囲に陣形を描く兵士達は、盾を前に掲げ、一斉に槍を構えた。
矢が敵陣に辿り着いた瞬間、
「進め!」
放たれた号令と共に、兵士達は大きな咆哮をあげながら敵陣へと突っ込んで行った。
◇
「一網打尽だったな」
副官のダリウスが大笑いをしながらカイゼリスの背中を叩いた。
彼は頷くと、周囲を見渡す。
屍となった魔物の残骸が散らばり、兵士達がそれを片付けていた。
「さすが司令官です。今回の作戦は負傷者が最小限で済みました」
「ああ」
「最初の弓部隊の矢がかなり仕留めてたからな」
ダリウスが再び彼の背中を叩こうと手を出したが、それを躱して兵士の肩に手を置く。
「それでも怪我をした者がいる。手当をしなければならん」
「は、はい。確認して参ります」
兵士はそう言い、慌てて戦場へ戻っていく。
カイゼリスはダリウスに目配せをし、彼にも戻るように促した。
「わかった。わかったよ、司令官殿。俺も負傷者が居ないか確認してくるとするか」
ダリウスはそう言うと、兵士とは反対の方へ歩いて行った。
◇
カイゼリス
彼はレーマン王国軍の司令官だ。
あまたの戦でレーマン軍を勝利へと導き、民から英雄と呼ばれていた。
彼が指揮をとった戦は負け知らずで、負傷者も以前よりかなり少なくなった。
それでも失った命は多く、カイゼリスは彼らの墓に花を手向けていた。
そんな司令官を慕う兵士は多く、副官のダリウスも長い付き合いだった。
魔物の残骸を焼き、負傷者達の手当てが終わると、兵士達は意気揚々とレーマンへ帰還した。
凱旋式さながらの行進で、民たちも湧き上がって彼らを称えた。
その夜、王城の広間では王の計らいで勝利の宴が開かれ、もちろんカイゼリスも参加した。
しかし彼は、こういう席が苦手だった。
王が席を外した後は、兵士達は飲めや歌えやの大騒ぎとなり、兵士の一人が彼の活躍を大げさに語り始めた。
カイゼリスは、楽しそうに語る兵士達を見て笑みを零す。
この時間、嫌いではない。
彼はそう思っていた。
そのうち艶めかしい女性らが現れ、兵士達の間に座って酌を始める。
兵士達は先ほどより声をあげて盛り上がり、酒もどんどん進んでいく。
彼の横にも、女性が一人座り酒を注いだ。
「すまない」
しかしカイゼリスはそう言うと、立ち上がる。
「もしかして、帰るつもりじゃないだろうな」
ダリウスが言った。
「帰るつもりだ」
彼がそう言うと、ダリウスは笑った。
「いつもながらに、お前はつれないな」
「すまん」
カイゼリスが素直に謝罪すると、ダリウスは彼に酌をした女性を指さした。
「一人くらい持ち帰れよ」
彼はチラリと女性を見たが、首を横に振る。
そして広間を出るために歩き出した。
ダリウスは肩を竦め、溜息を吐いた。
親友が女を連れ帰ったところは、一度も見たことが無かった。
「司令官、お帰りですか?」
「これからですよ!」
「主役がいらっしゃらなくなったら、盛り上がりませんよ!」
若い兵士達が次々と声を掛けてくる。
しかし彼は、頷くだけで歩みを止めない。
「戦が終わったらさっさと帰るなんて、本当に戦いにしか興味が無い司令官だな!」
ダリウスの声が広間に響く。
「ま、そのお陰で俺たちは勝利してこうやって楽しめる訳だ!」
それに同調した兵士達の笑い声が聞こえる。
カイゼリスはそれを聞きながらも、そのまま広間を後にした。
庭に差し掛かったところで、彼は足を止めた。
「戦にしか興味が無い?……いや。」
静かに首を振る。
「戦になど、興味はない」
迷いのない瞳で呟く。
「平和だ。平和というものを、俺は見たい——」
広間からは兵士達の笑い声が響いている。
勝利の宴は、夜明けまで続くだろう。
夜風が鎧の裾を揺らした。
英雄はその願いを胸に、夜の街へと歩き出した。




