番 成立
明日が最終話です。
始業式の後、二年生は実力テスト、三年生は進路相談と報告、という予定だった。
耿良はテストが配布され始めたときに、ぐらりと世界が回ったような感覚になった。
(え?)
気づいた時には顔が教室の床についていて、身体は熱く震え自分の意志では動かせない状態だった。
(は、つじょ‥?)
テスト用紙を配布していた教員が、慌てて耿良の傍に近づいてくるのが見えた。もう、目を開けていられない。
(‥きら)
心の中で、和煌を呼んだ。
ガチャン!と乱暴に教室の引き戸が開けられた音がして、すぐに耿良の身体を、爽やかな柑橘の匂いが包み込んだ。
「あき、ごめんね、遅くなったね」
和煌はそういうと耿良の身体を抱き上げ、そのまま教室から出ていった。
二回目の発情なので、まだ和煌の方にも余裕があった。朝の耿良の香りが、少しだけいつもより強いような気がして、意識を三階に向けていたのだ。だから耿良が発情したことはすぐにわかった。
才治が、「‥来るの、はっっや」と呆れたように呟いていたが、和煌の耳には入っていなかった。
一度耿良と繋がった後の和煌は今までの自分から別の自分へと、いうなれば脱皮したような気持ちになっていた。あんなに、「産ませる性」であることに抵抗があったのに、自分の『運命』が男オメガであることに忌避感があったのに、それらは今やかき消えてしまい影も形も残っていない。
むしろ、早くこのオメガを自分のものにしたい、自分のテリトリーの中に囲い込んでしまいたい、という気持ちが日に日に膨らんでいくのがわかった。
だから、初めて繋がったとき以降和煌はずっと耿良の体調に気をつけ、注意深く監視していた。そういう意味では、同じ家に住めるようになったことは都合がよかった。
新しく用意した家は、そこまでの広さはないが、アルファとオメガというカップルを想定したつくりになっていて、それぞれのセキュリティがかなり堅牢なものになっている。
その分、負担すべき家賃や管理費は安くはなかったが、それだけの価値はある、と思って和煌はそこに決めた。その場所を耿良の父に告げたときに、その眉がひくっと上がったところから見てもいい場所を選んだといえる。
どうにも、耿良の父とは相容れられるような気はしなかったが、ことオメガの保護に関してはおそらく価値観は同じだといえるだろう。
とにかく、そうして囲い込んで、日々観察していたおかげで今日の耿良の発情にいち早く気づくことができた。強めの抑制剤も打っている。家に帰るまでは持つだろう。あらかじめ調べておいたオメガ用のタクシーを呼び、家に帰った。
そして、とろとろに蕩けた耿良の身体を大事に大事に抱いて、その項に強く咬み跡をつけた。
項を咬んだときには、これまで生きてきて味わったこともなかった多幸感に包まれた。
もうこのオメガは自分のもの、自分だけのオメガだ。
その気持ちが心に溢れて幸せと快楽が和煌の全身を包んだ。和煌は心から満足していた。自分を捨てた家族なんて、家族ではなかった。このオメガと、このオメガがこれから産む子どもだけが自分の家族なのだ、と強く思えたのだ。
耿良は耿良で、夢の中を揺蕩うような交合の中で項を咬まれたとき、全身がそそけ立つような恐ろしいほどの快楽に包まれた。
和煌が与えてくれる全てが心地よかった。このアルファこそが自分のアルファで、自分はこの人から離れて生きることなどできないのだと、身体の感覚でわかった。
自分の足りない何かを満たしてくれるのは和煌しかいないのだ、ということが咬まれたときにわかったのだ。
二人はお互いが溶け合えばいいのに、と思いながら強く固く抱きしめ合った。そして幸せな発情期の七日間を過ごした。
発情期があけたとき、和煌はもう登校する必要はなかったが耿良はまだまだ登校しなければならない。お互いにぶつぶつ文句を言いながらその朝を迎えた。
「もう、ここに閉じ込めたい‥」
そう切なそうに呟く和煌の頭を、耿良は優しくぽんぽんと撫でた。
「もう委員会活動もねえし、部活にも入ってねえから終わったらすぐ帰ってくるよ。な?」
「うん‥アルファの傍に寄らないでね」
「う~~ん、いないと思ってたけど今となっては才治がアルファってわかっちゃってるからな~‥」
才治の名前を聞いた瞬間、和煌の顔が厳しく鋭いものになった。ぐっと耿良の肩を掴んで顔を覗き込む。
「土屋とは話さないで。絶対触らせないで。そして近くに寄らないで」
「‥‥え~と、うん、努力はする」
しどろもどろに答える耿良の顔を、和煌はぱっと掴んでその唇を奪った。
ぬちゅっという音とともに舌先を侵入させて耿良の咥内をずろっと舐め上げる。
「ん!んんっ」
ぷちゅ、という艶めかしい音を立ててようやく耿良の顔から手を離した和煌の胸を、耿良は拳で軽く打った。
「きら!」
「土屋だけはマジでだめだからね。あいつのフェロモンつけて帰ってきたら‥三学期学校に行かせない」
目が、マジだ‥‥
和煌の少し血走った眼を見ながら、耿良はうんうんと言葉もなく頷くしかなかった。
登校すると、クラスメイトが大騒ぎで待ち構えていた。次の発情期が来たら番になる、ということをあらかじめ和煌が宣言していたので、クラス中が知っていたのだ。クラッカーが鳴りバケツがたたかれ、ホワイトボードには「祝!番成立」というメッセージが書かれ、まるでお祭り騒ぎだった。
「うわ、びっくりした!」
驚いて立ちすくんでいる耿良のもとに才治が寄ってきて言った。
「このクラスは今までオメガがいなかったからね~なんかこんな感じになったみたい」
「‥そう、なんだ‥」
と答えながら、そっと距離を開ける耿良を見て、才治はにやりと不敵に笑った。
「何~佐藤氏、俺に近づくなって先輩から厳命受けたの?」
「‥‥何で、わかんの?」
才治がゲラゲラと笑いながら答えた。
「だって、フェロモン不感知症の俺でもうっすらわかるくらい、佐藤氏の身体にべったべた先輩のフェロモンついてるよ、威嚇気味のやつ」
今朝の濃厚すぎる朝のキスを思い出し、耿良は顔を赤くした。
「‥うん、まあ、その‥そういう、ことだからあんまり近寄らない、でくれると、嬉しいかな‥」
ぼそぼそとそう言う耿良に、また才治は大笑いをしながら涙を拭って言った。
「まあ、しばらくは佐藤氏に近づかないでいてあげるよ。俺が佐藤氏を好きなことには変わりはないけどね~」
けらけら笑いながら席に戻る才治に、耿良はやれやれとため息をついた。
お読みくださってありがとうございます。
才治は、あきらめの悪い男ですが、才治のストーリーは今回は入れないことにしてます‥。もう番っちゃったしね‥。




