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12:天使の粉末


<エリア:魔王の間>


 勇者が愛刀エクスカリバーの手入れをしている傍らで、魔王カレンと大臣がいつになく神妙な面持ちで書類を眺めている。


「まずいわね……」

「まずいですな……」


 二人は先ほどから頭を抱えている。いったいどうしたというのだろうか?


「昨日ね、魔王国内で天使の粉末(エンジェル・パウダー)が発見されたのよ。それもある村で大量に……」


 『天使の粉末』――文字通り粉末状の薬物だ。依存性が強く、呼吸器を通して摂取することにより、急激な魔力と筋力の上昇による多幸感が得られるという。しかしその力は自身の寿命を燃やして得た力であり、魔王国では厳しく取り締まられている。天界でも名目上は禁止されているが、少しアンダーグラウンドな場所に出向けば容易に入手可能だ。


「天使の粉末は、ある種の植物に特別な魔法を込めて育てることで生成されます。これほどの量を個人で生成するのは、少し無理がありますぞ」

「おそらくは天界側の裏組織――堕天衆が関わっていると見るのが自然ね」

「……武力での魔王国征服が難しいと見るや否や、薬を用いて国力を削ぐ方向で攻めてくるとは。天界め、相も変わらず汚いやり口ですな」


 しかし、それほどの量を一体どうやって魔王国に持ち込んだのか。何らかのルートを用いての密輸だろうか?


「いえ、我が国は貿易の統制は厳しくしておりますし、密輸にしては量が多過ぎます。魔王国領内で栽培されていると見るのが自然ですな」

「……」

 

 魔王が押し黙る。

 魔王は拷問や麻薬など黒いものに対して強い忌避感を持っている。そんなことで魔王業をやっていけるのだろうかとたまに心配になるが、あえて口にはすまい。


「それで魔王軍としては、どう動くつもりなんだ? そもそも栽培されている場所がわからなければ動きようがないぞ」

「今はメフィストが<転移(てんい)>で各地の見回りをしているわ。昨日からお願いしているから、そろそろ帰って来てもおかしくない頃なんだけど……」


 日に連続して何度も<転移>を使えるとは、腐っても魔王軍幹部といったところか。無詠唱化した<転移>すらも習得しており、本当に<転移>だけは立派なやつだ。


 すると突如魔王の間の一部分に空間の乱れが発生する。

 そこに――


「ま、魔王さ……ぜひゅっ、ぜひゅ……ただい……ま、戻りまし――たっ!」


 ――命の灯火が今にも消えてしまいそうなメフィストが現れた。


「ちょっ、大丈夫なのメフィスト!?」

「ふ、ふふ、このメフィストこれしきのこと……で……」


 メフィストはぐらりとバランスを崩し、床に倒れ伏した


「メフィストー!?」





<エリア:魔王城、医務室>


「こ、ここは?」

「気が付いたのね。よかったぁ……」


 あの後、気を失ったメフィストを勇者が背負い、医務室まで運び込んだ。魔王軍の勤務医によると過度な魔力欠乏による失神とのことだ。


「どうしてそんなに無茶したの? 焦らなくても、ゆっくりで大丈夫って言ったのに……」

「……申し訳ありません、魔王様。近頃小憎(こにく)らしい勇者めが、目に見えて手柄を立てているのが悔しくて――悔しくてっ!」


 ほほう。勇者本人を目の間にして、よくもそんな口が叩けたものだ。その図太さは認めてやろう。


「そんなの気にすることないわよ。ウィルにはウィルの良いところがあって、メフィストにはメフィストの良いところがあるんだから!」

「ま、魔王様……まおうさまぁあああああああ!」


 大の大人の雄叫びが医務室に響き渡る。


「おぇっぐ、ぐす……まお、まおうさ、ま、わたしは、私はっ!」


 汚い。なんというか汚い。


「うんうん、よしよし、大丈夫だよ。ちゃんとわかってるから」


 メフィストが咽び泣くこと、数分。


「はっ!? こうしてはおられません、魔王様! 魔王国領内にて、大量の『天使の粉末』の栽培地を発見致しました!」

「でかしたわ、メフィスト! 誰か地図を!」

「地図ならこの私めが持っておりますぞ」


 大臣が机上に地図を広げる。


「そう、ちょうどこの辺りです」


 メフィストが指さしたのは、魔王国と天界の中間地点。そのぎりぎり魔王国領内の場所だ。

 あからさまな場所だ。ほぼ間違いなく天界が一枚噛んでいるだろう。


「私の国で堂々とよくも……許せないわ!」


 魔王は勢いよく立ち上がる。 

 まさか魔王直々に出向くのだろうか。


「当然よ!」

「危険です! その近辺には高い魔力反応がいくつかありました。おそらく天界軍の手の者でしょう。まずは先遣隊を放って様子を見てからも遅くはないはず!」

「ふむ、では先遣隊としまして対多戦闘を得意とするラピス殿、単騎最強の勇者殿……といった具合ですかな?」

「そうね、それが一番――」


「――ちょっと待った!」


 突如医務室の扉が開かれ、そこには仁王立ちしたテオドールがいた。


「話は聞かせてもらったよ!」


 一体いつから扉の外でスタンバっていたのだろうか、テオドールが話に割り込んできた。


「魔王、その仕事ボクも参加するよ!」

「え……」


 医務室内の時が止まる。


「な、なんなのさ、その微妙な反応はっ!?」

「だってテオドール、あなた魔力制御が絶望的に苦手じゃない。それに団体行動、ちゃんとできるの?」

「うっ」

「何より日ごろは全く働いてくれないあなたがどうして急に?」

「そ、それは……」


 魔王からのテオドールの評価は散々だった。大臣とメフィストが何も助け船を出さないところ見るとこれが魔王軍の共通認識なのだろう。

 テオドールが黙り込んでしまう。それほど言いにくい理由なのか。


「あれ以来、ラピスの態度が冷たくて……」


 『あれ以来』……ラピスをじゃんけんの景品に仕立てあげた挙句、全くいいところなく無様に敗れたあれか。


「あぁー……」


 一同から納得したという声が漏れる。

 テオドールと知り合ってまだ日が浅い勇者でもわかる。テオドールはラピスにいいところを見せたいのだ。生暖かい目がテオドールを包む。


「べ、別にいいだろ? 幹部同士仲良くすることは、大事なことじゃないか!」


 魔王は深く溜息をつく。


「……わかったわ。じゃあ先遣隊は、ラピスにテオドール、それとウィルにお願いするわ」

「な、なんでさ。勇者なんか必要ないって!」

「駄々をこねないの! 基本はあなたとラピスが主力、ウィルは万が一に備えてよ。ウィルもそれでいい?」


 勇者はコクリと頷く。

 手柄を立てて、自身の有用性をアピールしたいところではある。しかし、テオドールは一応魔王軍における先輩だ。時には先輩の顔を立てることも必要だということは勇者も理解している。

 テオドールは不承不承といった体で魔王の命令を受け入れた。


「今回の目標は二つよ。一、敵戦力の把握。どれくらいの規模の敵兵がいるのか調べてちょうだい。もし可能ならば制圧してしまっても構わないわ。二、天使の粉末(エンジェル・パウダー)の焼却。メフィストの報告によれば、大量に栽培されているそうだから、可能な限り焼却してきて」

「ふふふ、焼却とはまさにボクにうってつけの仕事だね!」


 テオドールは炎系の魔法を得意とするようだ。勇者の<呪われた炎(カースド・フレイム)>とどちらが上か競ってみたいところだ。


「これは隠密性と奇襲性の高い任務だから、現地から少し離れたところまでメフィストの<転移(てんい)>で飛んでもらうわ。そこから先は徒歩での移動ね」

「えぇー、歩きなの? 馬車も一緒に飛ばさない?」


 テオドールは先ほどの話を聞いていたのだろうか? 隠密性が高い任務で、馬車を使用する馬鹿がどこにいるのか。

 魔王はテオドールの提案を努めて無視する。


「決行は今日の深夜よ! それまではゆっくりと体を休めておいて。ラピスには後で私の方から伝えておくわ」


幕間(まくあい)


幹部テオドール「徒歩かぁ……。歩きかぁ……。まだ時間あるし体力作りしておこうかなぁ……。もう遅いよなぁ……」





<エリア:天使の粉末(エンジェル・パウダー)栽培地への道中>


 メフィストの<転移(てんい)>で目的地から少し離れた場所へ飛んだ勇者たちは、現地に向かって歩みを進める。


「ちょっと、ねぇ、休憩しない? そろそろいっぱい歩いたよ? この辺りで一度休憩しようよ」


 情けないことにテオドールはバテていた。まだ歩き始めてからものの十分も経っていないのだが……。山道という点を考慮しても、あまりにも体力が無さすぎる。


「テオ、あんたさっきもそういって休憩をとったばかりじゃない……。 これは奇襲作戦なの、わかる? あんたのペースで歩いていたら、夜が明けちゃうわ!」


 勇者たちは、既に一度休憩をとっている。歩き始めて三分ほどの地点で、テオドールが休憩を求めたのだ。


「ら、ラピスぅ……」

 

 泣き言を漏らすテオドールを尻目にラピスは坂道をズンズンと登っていく。

どうやら今日のラピスは機嫌がよくないらしい。心なしかテオドールへの当たりも日頃の三割増しできつい。


「全く、せっかく勇者様との二人旅のはずが……」


 今も何やらブツブツと呟きながら、せかせかと歩いている。


「ぜひゅ、ぜひゅ……。げ、限界……」


 やれやれ、仕方ない奴だ。

 困っている同僚を助けるのもまた自身の評価アップに繋がる。勇者はたまたまバッグに入っていた丈夫な縄を片手にテオドールに提案する。


「縄ならあるがどうする?」

「どうするって何を!? それでボクを引きずって行くつもり!? ほんと頭おかしいんじゃないの!?」


 激しく拒否されてしまった。

 せっかくの好意を無下にするとは、なんともけしからん悪魔だ。

 そのまましばらく歩くこと十数分。

 山間(やまあい)にぽっかりと空けた空間が見つかった。そこには広大な畑と簡易式のテントがいくつかも林立している。おそらくここがメフィストの言っていた栽培地だろう。

 テオドールが確認のため、畑に育っている葉を一枚千切る。


「うん、この独特な形状。鼻を刺すようなにおい。間違いない、ここが天使の粉末(エンジェル・パウダー)の栽培地だね」


 しかし、広い魔王国領の中でメフィストはよくここを見つけたものだ。いったいどれほど<転移(てんい)>を繰り返したのだろうか。魔力切れで失神するのも頷ける。


「ふふふ、それじゃあ丸ごと燃やしちゃうよ?」

「ちょっと待ちなさい! まずは敵戦力の把握でしょ!?」


 敵戦力の把握――その必要性はわかる。非常に大事なことだ。しかし、勇者は調査などの細かい作業がお世辞にも上手ではなかった。


「まぁ、少し順番は前後するが別にいいんじゃないか? どのみち天使の粉末は、可能な限り燃やすわけだし」

「ゆ、勇者様がそう(おっしゃ)るなら……」


 テオドールは腕を捲り、肩を二、三度回す。ラピスがいるためか、ずいぶんと気合が入っている。


「勇者は手出し不要だよ。そこでこのボクの大魔法に驚き(おのの)くがいいさ!」


 それほどの大魔法――奥の手をアッサリ見せてくれるとは、なんて考えなし――太っ腹なのだろう。


「はいはい、さっさとやっちゃいなさいよ。時間もそんなにあるわけじゃないんだから」

「見ててよ、ラピス。このボクの雄姿を!」

「はいはい、巻いて巻いて」

 

 テオドールがラピスにサムズアップと共にいい笑顔を向ける。その後ようやく魔法の行使にかかる。深く腰を落とし両手を合わせると、テオドールを中心に膨大な魔力の奔流が巻き起こる。

 勇者をしてその魔力の濃密さには舌を巻く。これほどの魔力ならば、確かに最高位天使セラフィムを打ち破ることも可能だろう。

 絶大な魔力を込められた火属性の魔法が今、放たれ――


 ――ない。


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