13:緊急依頼
いったいどうしたのか。テオドールは腰を落とし両手を合わせたままピクリとも動かず、「ぬぬぬぬぬ……」と唸り声をあげている。
「あ、勇者様はテオの魔法を見るのは初めてでしたね。まだ数分はかかりますよ?」
「数分? 一つの魔法に?」
「テオは魔力制御が驚くほどに下手で、魔法の発動に異常な時間がかかるんですよ。昔なんて発動する方向すら無茶苦茶で本当に大変だったんですから」
たった一つの魔法の使用に数分かかるとは、いったいどれほどの大魔法なのだろうか。
「そのうえ魔力を隠して魔法を使えないものですから……ほら」
『なんだこの異常な魔力は!』
『いたぞ! あそこの茂みだ!』
『総員、戦闘準備!』
テオドールの絶大な魔力に気付いた敵兵たちが簡易式のテントからぞろぞろと出てくる。
「このように敵に一瞬で位置がバレて、袋叩きに合います」
勇者とラピスが呑気に話しをしている間にもテオドールに敵兵が殺到する。装備から見ても間違いなく天界の手のものだ。
「ちょ、ラピス早く助けて! なんかいっぱい出て来た! やばいよこれ、ボクピンチだよ!? 勇者でも何でもいいから早く助けてぇ!」
「もう! 世話が焼けるわねっ!」
ラピスが<創造>で生成した剣を<超能力>で操る得意の戦法で敵兵を次々と打ち破っていく。
流石は魔王軍随一の戦闘力を誇ると言われるラピス。たった一人で百人近い敵兵を圧倒している。それもテオドールを守りながら。
このまま平穏無事に任務達成となるかに思われた。しかし、今までの雑兵とは違う邪悪な空気を放つ三人組が奥の立派なテントから現れる。
おそらく奴等が敵の首級であろう。それぞれが漆黒の衣を纏っているうえ、深夜ということもあり、顔ははっきりとは見えない。
「ふ、幹部二人に勇者とはな……」
「なんとも贅沢なものだ」
「我々は堕天衆幹部の――」
「きたきたきたー! ラピス退いててよ!」
テオドールが両手を強く打ち鳴らす。
「<火球>っ!」
極大の火の玉が天使の粉末の栽培地へ炸裂する。その破壊力たるや畑の大地を抉り取り、周囲の木々を燃やし尽くしている。
およそ初級魔法とは思えない絶大な規模と威力だ。しかし、初級魔法の発動に数分かかるとは……。
敵兵は衝撃波で気を失っているもの、あまりの火力に口を開けて呆然としているもの、焼け焦げているものと様々だ。
もはや戦闘継続の意思はあるまい。全員拘束して捕虜としよう。名乗りの途中であったが、堕天衆の幹部らしきものがいたような気がする。
なんとしても情報を吐かせねばなるまい。彼らは腐った天界の人間ではあるが、同じ人間である。熱い『スポーツ』で互いに語り合えば心を開いてくれるはずだ。
「ふ、ふふ。どうだいボクの大魔法は? 惚れ直したかい?」
「このっ、馬鹿テオ! ちょっとは加減をしなさいっ! あと、そもそも惚れてないから」
突如テオドールがぐらりと膝から崩れ落ちるように倒れる。
「テオ、どうしたの!?」
「あ、ごめん、ラピス。ちょっと魔力切れで、体が動かないや……。魔王城まで運んでくれると助かるんだけど……」
「また!?」
たった一発の魔法で魔力切れとは……。まさに一発芸人。芸人魂ここに極まる。
しかし、勇者はそういった生き方は嫌いではない。むしろ好きだ。ひそかにテオドールに対する好感度ゲージが上昇する。
勇者の友人たちはみな尖った感性を持っていた。天界を追放されたものも多く、全員が全員行方不明だ。しかし、彼ら彼女らがおいそれと死ぬわけもない。どこぞで楽しくやっているのだろう。時間が出来れば探してみるのも悪くない。
「そんなことより、これどーすんのよ、これ!」
ラピスの指さした先は、煌々と燃え上がる山。今この瞬間もどんどん火の手は拡がっている。
――綺麗だ。
「『綺麗だ』じゃないですよ、勇者様! 何か手はないのですか!?」
そう慌てることはないとラピスを宥める。
勇者は腐っても『勇者』である、様々な苦難苦境を乗り越えた伝説の勇者である。
この程度の山火事、一人で鎮火出来ずして何が勇者か。
「<呪われた水>!」
勇者の放った闇属性の魔法により、火はみるみるうちに鎮火されていく。連続して<呪水>を放とうとすると横合いからラピスが縋り付いてきた。
「勇者様いけません! 山が呪われています!」
――なんということだ。
勇者は火を消すことで頭がいっぱいとなってしまっていた。<呪水>で汚染された土地には、草木はおろか苔も生えない。しかもこれほどの広範囲が呪われたとあっては、解呪の手間も馬鹿にならない。
勇者はそれほど解呪が得意ではない。今から始めたとしても二、三日はかかる。
ここは一度魔王城へ帰還し、魔王の指示を仰ぐべきだろう。
とりあえず敵兵――特に堕天衆の幹部らしきものたちを捕縛せねば、勇者が彼らの方を向くと。
「<転移>!」
堕天衆らしき三人組は、<転移>で彼方へと消えてしまった。
「まさか<転移>使いがいたとは……」
いまだ火の手が広がり続ける山。呪われた土地。取り逃がした堕天衆幹部らしきものたち。
――失態だ。
勇者はたまたまバッグに入っていた丈夫な縄をテオドールに括り付ける。
「え? ちょっと、これ何? うそ、冗談だよね?」
そのまま縄でテオドールを引きずり、足取り重く魔王城へと引き換えした。
幕間
幹部テオドール「い、いた、痛い痛い痛いっ! せめて顔は……顔は上に向けさせてっ!」ヒキズラレー
傷心中勇者ウィル「はぁ……やってしまった……」キイテナイー
■
<エリア:天界首都ヴァーラ、ジャッカル自室>
ジャッカルの腹心の一人が魔王軍の奇襲攻撃について報告する。
「天使の粉末最大の生産地が魔王軍の奇襲により、壊滅いたしました!」
「なに!? あそこには、堕天衆の幹部が詰めていたはずだ! いったい誰にやられた!?」
「幹部テオドールの極大の<火球>を受けたとのことです」
ジャッカルは苛立ちのあまり机に拳を打ち付ける。
「テオドール一人にしてやられたというのかっ!?」
「いえ、同行者として幹部ラピス、勇者の姿が確認されております!」
「勇者にラピスにテオドール……だと? 魔王国軍のほぼ全戦力ではないか……」
ジャッカルは頭を抱え、今後の戦局について思案する。
「それで幹部共はどうしている? 生きているのか?」
「瀕死の状態で天界の外れにて発見され、現在は集中治療を受けております。各員相当なダメージを負っており、現状戦線復帰は絶望的かと……」
「そうか……。その他の堕天衆の幹部共は?」
「天界領の小規模な天使の粉末の栽培地にて警備にあたっています」
しばしの間、沈黙が降りる。
そして意を決したようにジャッカルが命令を下す。
「天使の粉末は一時的に破棄する。堕天衆全員を儀式の間に召集しろ。幹部、下っ端の区別なく全員だ」
「か、かしこまりました!」
■
<エリア:魔王城、魔王の間>
魔王国に到着した勇者は、ラピスと砂まみれのテオドールと共に魔王に天使の粉末の一件について報告する。
「山が全焼した!?」
「ご、ごめんね……。ちょっと張り切り過ぎちゃって……」
「その上呪われた!?」
「すまない……」
「幹部に逃げられた!?」
「し、仕方ないじゃない!」
勇者は成功したこと失敗したこと、包み隠さずに全て話した。
その後に続くであろう叱責に備え、心を強く持つ。
「――うん、お疲れ様。みんなよく頑張ってくれたわね」
しかし、怒鳴られるどころか、労いの言葉をかけられてしまった。
「<転移>使いがいたなら、堕天衆の幹部を取り逃したのは仕方ないしね」
「しかし、山を少々――いや、ほぼ丸ごとやってしまったのだが……」
「それは確かに痛手ね。でも目的は無事に達成したし、何よりあなたたちが怪我なく帰ってきてくれたんだから、それが一番よ」
天使がここにいる。魔王は悪魔で天使だった。
「それに燃えてしまった山だって皆で協力すれば、また元通りになるわ。少し時間はかかるけれどね。とにかくウィルもテオドールもラピスもご苦労様。今日は一日ゆっくりと羽を伸ばしてちょうだい」
「やったー! ところで……ら、ラピスはこの後どうするの?」
「私はちょっと汚れちゃったから、お風呂に入ってゆっくりするわ」
「そう……残念……」
魔王から一日の休暇をもらった勇者たちはそれぞれ解散する。
勇者が自室に戻ろうと廊下を歩いていると、通路の先で大臣がこちらを手招きしていた。
「勇者殿。内密の話がありまして、この後少しよろしいですかな?」
勇者は大臣に魔王城内の狭い一室へと連れられた。
「ここならば誰にも聞かれますまい。勇者殿、先日あの馬――前魔王ゼベル様にお会いになったそうですな」
前魔王ゼベル――勇者の大事な(金ヅルとして)一角獣を殺した憎き相手であり、現魔王カレンの実父。
そういえばたしか魔王軍で唯一大臣のみがゼベルの生存を知っているのだったな。
「その後の定時連絡でゼベル様より勇者殿に言伝を頼まれましてな。『何やら天界から、嫌な気配を感じる。ジャッカルには気を付けろ』とのことでした。――昔からあれの勘は無駄によくあたる、ご注意くだされ」
『嫌な気』か。近頃勇者も気になっていたことだ。天界の方角から、神々しい聖なる気が感じられる。この大きさは、少なくともセラフィム級はあるだろう。
それに神官長ジャッカル。あれは『神官長』という役職に就任する以前より、黒い噂が絶えなかった男だ。やれ前任の神官長を暗殺した、実は堕天衆の創設者だ、などどれも碌でもない内容の噂だ。
前魔王ゼベルの忠告は胸に刻んでおこう。
「それともう一件。冒険者ギルドより勇者殿指名の緊急の依頼が入っておりますぞ。何やらモブ王国への道沿いで不審な爆発が相次いでおり、その原因究明をお願いしたいとのこと。詳しい話は、一度冒険者ギルドに行ってもらってもよろしいでしょうか?」
勇者は肯首し、大臣と別れると冒険者ギルドへと向かった。
■
<エリア:魔王国、冒険者ギルド>
勇者は冒険者ギルドに入り、周囲を見回す。
このギルドの受付嬢は全員がサキュバスだ。サキュバスはその種族的特性上露出が多い服を好み、初心な男性悪魔達は目のやり場に困ることも少なくないという。
勇者に気付いた受付嬢の一人が慌てて近づいてくる。
「勇者様ですね! 私、受付嬢のアリアです! 急にお呼び立てして申し訳ありません!」
勇者は構わないと鷹揚に頷く。
「緊急の依頼と聞いたが、詳しく教えてもらえるか?」
「はい、もちろんです! どうぞこちらにお座りください!」
前回対応してくれたサキュバスよりもずいぶん元気なサキュバスだ。それにサキュバスにしてはあまりに貧相な体つきだ。まだ子供なのだろうか?
勇者は案内された椅子に座り、その対面に受付嬢が座る。
「それでですね。勇者様に是非ともお願いしたい依頼がこちらになります」
受付嬢が一枚の紙をスッと差し出す。
『謎の連続爆発! 真相を追え!』
なんとも安っぽいタイトルがついた依頼書である。そのうえ、陳腐な爆弾のイラスト付きだ。
「これ私が作ったんですよ? どうです? 可愛くないですか?」
受付嬢はその貧相な胸をフンスと張っており、非常に自慢気な顔をしている。
絶望的なセンスだ……とは言えない。もし相手が勇者の友人などであれば、大笑いした後に街中に晒し上げ、国宝として博物館に寄贈するまである。しかし、残念ながら相手は子どものサキュバス。勇者に子どもを虐めて喜ぶ趣味はない。
ここは当たり障りのない言葉で褒めておこう。
「すごく上手だな、芸術の才能があるんじゃないか?」
「え、えへへ……ありがとうございます」
受付嬢は伏し目がちに、はにかむように笑う。まだ褒められることには慣れていないのだろう。
「そ、それでですね! この依頼なのですが、モブ王国への道沿いで不審な爆発が相次いでおり、その原因究明をお願いしたいのです!」
そこまではもう大臣から聞いている。
「え、そ、そうなんですか?」
「……」
受付嬢は止まってしまった。
もしやこの子はポンコツなのではないだろうか?
「え、えーと、その……。――助けて、シャーリーっ!」
悩んだ末に受付嬢がとった行動は、同僚への丸投げであった。
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