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料理店は騒がしい

五話です。誤字、脱字ありましたら、教えてくれると嬉しいです

 「さて…まだ夜までには時間があるがトモはこの世界をどこまで知っている?」

 俺は机に肘をつきながら思い出す。

 えっとたしか無機質女が念話で、この世界について、うんたらかんたら言ってたような……あんま思い出せない。


 「えっと、この世界はトザートと言われていて人間界と魔界に分かれている……ってことくらいだな」

 「おいおい一体何をお前は教え込まれたんだ?」


 え? 俺は無機質女の言ったことをそっくりそのまま言っただけだが…何か間違っていたのか。

 

 「いいか説明するぞ、よく聞けよ。この世界はトザートと呼ばれている、そしてこの世界には魔界と人間界がある……」

 「あってるじゃないか」

 「まあ聞け。人間界は三つの国に分かれている。俺達が住むイヤール王国とカリュー帝国、ザウェイ王国に分かれている。このイヤール王国は魔界にはあんまり近くない。ちなみに言うと、イヤール王国の南には獣人が多く住む国があったりするんだが……まあこれはいいか。一応ここまでいいか?」

 「あぁ大丈夫だ」


 中々分かり易い。

 あの女が俺にほとんど何も説明してくなかったのがよく分かった。

 しかし、あの女を処分するのはやめておいてやろう。

 良くも悪くも、俺に二度目のチャンスを与えてくれたんだからな。


 「で、魔界についてだがこれは意外とシンプルだ。東魔界と西魔界に分かれている。ちなみにどちらの魔界にも魔王はいるぞ。まあこの世界の地理はこんなもんか。まぁ詳しいことは後で説明してやる」

 「色々説明してくれてありがとな親父」

 「いいってことよ」


 ***

  不意に親父は何かに気づいたように俺の麻袋の裾を軽くひっぱる。

 何だ、まさか見たいのか? だめだ俺には男は愛せない。


 「あとお前ずっとその格好でいるつもりか?」

 「ああ、それもそうだな……」

 

 俺は自分の格好を改めて見直す。

 確かにみすぼらしいよな。何か他に着る物が欲しい。

 でもこのまま服の中ノーパンも清清しいものが……なんでもない。

 

 「ケイン。ウチには子供用の服はあったか~?」

 「たしかライルとカーテの小さい頃のが残っていたはずよ。今取ってくるわ」

 「何から何まで済まないな親父」


 ケインさんがそう答えて上へ上がっていく。

 何から何まで用意してもらって何だか本当に申し訳ないな。

 


 「ライルとカーテって誰だ親父?」

 「ああ…前にも捨て子二人預かったって言ったろ。そいつ等の名前だよ。今は二人とも厨房で店の準備しているが店閉めたら合わせてやるよ。お前の姉貴みたいなもんだ」

 「な~る」


 いいよな姉貴って響き、俺も欲しかったな。妹派だけど。

 友達に姉がいる奴がいて、そいつに向かってシスコン~シスコン~って言ってからかったのを覚えている。

 

 

 ――その時、俺は重大なミスに気が付いた。


 ん?ちょっと待てよ?姉貴ってことは女性。

 つまり女性用の服しか持っていない……あ……やべ……。



 俺が危ない!! 幾らなんでも女装はいかん! 

 俺の少ない尊厳が危ぶまれている。


 「親父、もしかてだけど俺に女装をしろと?」

 「ああ。今から服を選んで買っている時間は無い。問題ない、その歳であれば可愛いで済む。諦めろ……フッ」


 おい今笑っただろ。他人事だと思いやがって。

 それにしても女装か。してみたいと思ったことは……ないな。 

 


 「服持ってきわよ~」

 「おお、良いのあったか?」

 「ええ。ライルが小さい頃に着ていたこの店の制服が残っていたわ。あと去年のイベントで使ったカツラも残っていたわ」


 ケインさんが小走りに駆け寄ってくる。

 てゆうかカツラ持ってくるって、そこまでやるか。やるなら徹底的に……てか。

 

 「これを着ろと?」

 「ええ、人間やろうと思えば何だってできるわよ」

 「そんな無茶な……」

 「トモ、限界って以外と限界じゃないんだぜ」

 「うるせぇよ」


 その服はスカートの丈は長く簡単に言っちゃうとメイド服だ。

 主な色は赤と白で胸元がブレザーの様になっていた。


 俺だって見るのは好きだよメイド服。でも着ることになるとは。

 いっそ弾けてみるか? 子供だから意外と問題ないかも知れない。


 「ほらトモ、早く着ろ。せっかくケインが用意してくれたんだからな」

 「いいから親父はだまってろ……」


 俺は深く考え込む――長考のポーズをとる。

 いまなら分かる……かの有名な、裸で考えている銅像の気持ちが。

 あの銅像も、男として超えてはならない境界線に悩んで……ってそれはないか。

 

 くそっ、どうすれば……どすればあの冥土服を着ないで済む? 

 いっそ逃げるか? 行くあて無いけど。


 ガシィ!!

 親父が俺の手を強く握る。

 やだなぁ、そんなに強く掴んだら壊れちゃうじゃないか。


 「男なら逃げんじゃねぇぞ」

 「チィッ!!」


 親父の顔は一見怖そうに見えるが目が笑っていやがる。

 そんなに俺の公開処刑が見たいかこの野郎。


 

 さらに、そんな俺にケインさんが追い討ちをかける。

 

 「トモは下着もないでしょ。だからパンツも持ってきたのよ」

 「ぎゃああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 遂に発狂した。

 だめだ冷静を保てない。これは本格的にヤバイ。

 俺は今考えつく中で最高の苦し紛れの反抗を試みる。


 「さすがにこんな奴に自分のパンツを履かれるのはそのライルさんも嫌でしょうし……」

 「あ、大丈夫よ。本人に聞いたら即OK貰えたから」

 「なん……だと」

 

 俺の苦し紛れの反抗は数秒で砕かれる。

 軽すぎだよライルさん。もうちょっと拒絶してくれよ。

 いや、拒絶されると俺も傷つく……メイド服着るよりマシか。

 

 「さあ。トモ選べ。縞々のパンツかクマのパンツか」

 「どっちにしても履く運命なのかよ!!」

 「今履けば、俺が、トモは変態勇者だぞ~と拡散してやるぞ」

 「ただの恥さらしじゃないか!」

 

 てゆうか選択肢が成立していないだろ。

 今議論しているのは、履くか否かなのに、なんで縞々かクマのどちらを選ぶかになってんだ。



 俺はしばしの沈黙の後、答えを出した。


 「はぁー履くよ。履けばいいんだろう」




 結局俺は履いた。

 冥土服の着付けはケインさんがやってくれた。

 ちなみにパンツは縞々のを選んだ。クマはさすがにダサいからな。カツラは意外にもピッタリと俺の頭にはまった。



 ***


 「おっとそろそろ時間か」


 と言いながら親父は腕時計を見る。

 俺も店に掛けてある時計を見る。時刻は5時半。そろそろ飲食店ならば忙しくなる頃だな。


 「さて、そろそろ忙しくなるな…トモはそこら辺で仕事を見ていろ。見るのも仕事だ」

 「あぁ…分かった」

 「トモ、ここにメニュー置いとくから目を通しておいてね」

 「はい」

 

 俺はケインさんにメニューを渡される。

 なるほど、これを覚えろってことか。


 ***


 太陽は沈み、辺りが暗くなっていくのと同時にランプに明かりが灯る。あのランプのエネルギー源は何だろうか、やっぱり異世界らしく魔力がエネルギー源だろうか?

 などと考えていると客が来た。4人か。一人は背中に斧を担いでいる。ほかの三人は剣を持っている。


 この店は日本のファミレスなどのように定員が客を案内することは無いらしい。

 四人は勝手に席に着く。

 そして四人はしばらく雑談をしていると四人の内一人が店員を呼んだ。

 

 「注文は?」

 「酒を四つ」

 「あいよ」


 そう言うと店員は厨房に入っていった。

 しばらくすると店員がジョッキを四つ持って戻ってくる。

 トレイにタワーのように積まれているがいつもの事なのだろう。


 「ドリン酒が四つで銀貨2枚だ」

 「ほい」

 「まいどあり」


 客の男が銀貨を二枚ピンッと弾くと店員がうまくキャッチする。

 なるほど、その場で払う仕組みなのね。これならレジはいらないな。

 

 俺は立ち上がって厨房の方へ行く。少しだけ覗いて見る。

 そこには親父と一人の若い男がいた。

 2人ともせっせと料理を作っている。

 そして厨房の端にでかでかと鎮座してしているタンク。

 それには蛇口ついており、大きく酒と書かれている。まちがいなく酒が入っている。


 ここにずっと居ててもジャマになるだけだと思い俺は厨房を後にする。

 戻ってくるとさっきよりもたくさんの人がいた。

 俺は店の隅っこで立ちなおがらケインさんに手渡されたメニューを見ている。メニューは30種類。おそらく覚えきれるだろう、英単語感覚でサクサクいけるはず。英単語覚えるのは苦手だったけどね。



 ***


 あれから時間が経ち、店はお祭り騒ぎと化していた。

 踊って飲んで、また踊って。そんなバカ騒ぎしている連中を店の方は止めはしない。きっといつものことなのだろう。

 一方俺は、まだ隅っこの方でメニューと格闘していた。

 普段なら一時間もあればこのくらいすぐに覚えられただろう。

 普段なら…………


 「騒がしいな……!」


 だが今は違う。

 なにせ周りがうるさくて覚えるのに集中できない。これは静かなところでやることにしよう。


 「ウエイトレスかーー」

 

 ウェイトレスは三人か。

 一人はケインさんで、もう二人は親父が言ってたライルさんとカーテさんだろう。

 どっちがどっちだか分からないが二人ともかわいい。

 俺の少し年上くらいだと思う。



 「は~い。皆様注目~!」


 デカイ声が店中に響き渡る。

 この声はケインさんかな? 俺はカウンターの方に目を向ける。

 やっぱりケインさんだ。ちょっと顔が赤い。さては飲んだな。


 「え~今日は~とてもとてもおめでたい日です!」

 「お?なんだなんだ……」


 客の視線がケインさんに集まる。


 「我らがセントラルラザートに一人、新しい仲間ができました。紹介しましょう。トモです!!」

 「うぉぉぉぉぉおぉぉぉぉ!!」


 え……何? なんで俺の紹介が突然始まるわけ? 

 いや周りもわけも分からずウォーウォー言ってんじゃねえよ。


 ずっとケインさんに方に向けられていた視線が俺の方に集まる。

 いや集めんなよ。こういうのは苦手だ。


 「トモ~来て来て~」


 ケインさんは顔を赤くしながら手招きをしている。

 あんまり行きたくはないが、この場は行かないと場が白けてしまうことくらい俺にも分かる。

 渋々俺はカウンターまで歩いていく。

 

 無事カウンターに辿り着く。

 額に汗が浮かび上がり、汗が頬を伝わる度に緊張が増していく。

 こんなの俺じゃなくても緊張するはずだ。


 最初が肝心だ。

 落ち着け……俺ならできる。そう思いながらも体はガチガチだ。


 「は~い。自己紹介して~」


 落ち着け。会社のプレゼンテーションと同じだ。

 何回もやっただろ。いや言ってみただけだ。プレゼンの経験など無い。

 

 「ん?どうしたの?」


 ケインさんが俺の顔を覗く。

 俺は口を動かさない。

 動かしたくても動かせない。いつの間にか喉がカラカラだ。

 ケインさんが酔ってくれたせいで地味にピンチだ。


 「あれ女の子?」

 「いや顔付きが男に見えるが女にも見えなくもないような……」


 店内がざわめく。

 いつまで焦らすんだと野次を飛ばすものもいれば、小声で俺の方をチラチラ見ながら話しているグループもいる。

 

 簡単だと思うだろう。

 だが、知らない土地で知らない大勢の人達に向かって自己紹介するのは、かなりの勇気がいる。

 俺にそんな事できるのか?

 

 と、その時、一つの銀貨が俺の視界に入った。

 何の変哲も無い銀貨。しかし、それは俺を常識という枷から解き放ってくれた。


 俺はもう一度呼吸を整える。



 ――――一体何を考えていたんだ俺は。

 なにがプレゼンテーションで何度もやっただ。

 あっちの世界の常識をこっちに当てはめてどうすんだよ。

 しかも、これは面接でもなんでもない、ただバカ騒ぎしている連中に俺の存在を示せばいいだけだ。


 「トモ大丈夫?」


 もう大丈夫だ。やっと分かった……俺がやるべきことが。




 「俺の名前はトモだ!! 一応言っておくが男だ!! これもカツラだ!! 只今絶賛女装中だ!」

 「は?」


 周りが俺のあまりにおかしな言動に唖然とする。当然の反応だよね。 



 「ちなみに言うとパンツまで女用でピンクと白の縞々だ。もし、俺をバカにする奴がいたら俺以上の勇気を見せてみろ!!」


 もう自分でも何言ってるか分からない。

 でも言ってしまったことは修正できない。やっちまったな。

 自分の失敗を悔やみ、下に俯く。

 でも、俺は良く頑張った。こんな不利な状況の中で、ちゃんと口を開けたのは褒めてほしい。




 「はぁ…はぁ…」


 店内がシーンと静かになる。そして、しばしの沈黙が続き…………







 「うぉぉぉぉぉぉぉぉーー!!!」

 

 皆が叫ぶと共に店が震える。客達はデカイ杯を掲げながら叫ぶ。


 「うぉぉー!! 勇者だー! お前は勇者だーー!」

 「女装のくせに偉そうにしやがって!」

 「お前は誰にも越えられないぜ!」

 「全くブルーズの親父もとんでもねえ物拾ってきちまったな!!」


 そんな声が俺の耳に届く。

 どうやら成功したようだ。みんなが俺を取り囲む。

 それにしても、あんなことでよかったのか。考えて損した。


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