剣のススメ
迷宮探索から月日が経ち、俺の体も良い感じに仕上がっている。具体的に言うと、小指一本で逆立ちしてカポエイラのように回ったり、そこらへんの岩を拳で砕けたりなど少年漫画のようなことができるようになっている。この世界には限界という言葉は存在しないのかも知れない。
「一五〇…一五一…一五二……」
「あと百回だ。根性見せろトモ。たかが剣振るだけだぞ」
「こんな重い剣を持たされて簡単に振れるはずがないだろ……」
「トモの言うことはもっともじゃな。ブルーズ、この剣は何歳の時に使ってたんじゃ?」
「たしか……十五くらいだったかな」
「俺……今十歳」
おいおい五歳も離れているじゃないか。弟子に剣を振らせるのはいいが、あまり重過ぎるとやる気がしなくなってくる。というか親父の十五歳の時の常識を十歳の俺に当てはめないで欲しいものだ。
俺は二ヶ月前から親父に剣を習い始めている。まだ初歩の初歩だが基本は大切だ。
鬼のガル爺の肉体強化プログラムは剣の修行のせいで最近は楽になっている。いや、修行時間自体はあまり変化していないから俺自身が楽に感じているだけなのかもしれない。
「二四八…二四九……二五〇! 終わった~!」
「やっと終わったか。それじゃあ少し休憩したら防御の特訓だ。ガルハール、後は頼む」
「任されたのじゃ。それじゃあトモ、今日も張り切っていくぞい」
「マジで洒落にならないんだけど、ガル爺のパンチ」
最近はガル爺と戦って防御の仕方を学んでいる。この修行についてガル爺は「防御の方が攻撃よりも重要じゃ」と言っている。たしかにどんなに攻撃力が強い人がいても防御ができなければ宝の持ち腐れだ。
「じゃあいくぞい」
「あい……」
結果は見えている。俺がどんなに剣で防御しようがガル爺の拳は強いから宙に舞うことは決定事項である。ただ最近は滞空時間が短くなってきている。少しは俺も成長しているということだ。
「モトキまた来たわよ!」
「ぼげぶぅ!?」
俺自身がきれいに放物線を描いていると裏口と扉が勢いよく開かれる。そして元気な笑顔を浮かべた俺のパートナー――エンナが走ってくる。
「勝負よ! モトキ!」
「また来たのかエンナ。で、今日も戦うのか?」
「もちろん。今日勝って私が四つ勝ち越すんだから」
「いや、お前まだ俺から一つしか勝ち越してないだろ」
何ヶ月前からエンナは毎日のように来て、俺と勝負している。百戦くらいしているはずなのだが引き分けである。そして今日も飽きることなく来たのである。本人は「四つ勝ち越したら勝ち逃げするわ」と、言っているが、絶対にそんなことは無いと思う。
「俺今、剣の修行中なんだけど……」
「……分かったわ。今度にしといてあげる」
エンナはそう言うと尻餅をついている俺に手を差し伸べる。最近は不気味なくらいにエンナがやさしい。俺としては害はない……しかし、そんなことをされると、こいつ俺のこと好きなのか? という勘違いに繋がってしまう。
「お~いトモ。そろそろ剣の稽古に入るぞ」
「あいよ~」
「今日も〈迅雷〉の練習だ。そろそろ完璧に使いこなせるようになってくれよ」
「そうは言うが、どうやったらあんな芸当が可能なんだ?」
俺がそんなことを言う理由はそのスキルにある。このスキルは素質があればジョブを問わず使うことが可能だ。しかし欠点もある。習得するのが非常に困難なのである。
「なんでトモはたまにしかできないんだろうな? 剣の素質はあると思うんだが……」
「剣の素質云々よりも、剣から何で電気が出るんだ?」
「細かいことは気にするな。背中の筋力を腕に送り込むようにしてだな……」
「だからそんな説明されても分からん」
「これが普通じゃぞブルーズ。むしろトモの習得が早すぎるくらいじゃぞ」
〈迅雷〉は、その名の通り剣が電気を帯び、それを敵にぶつけるというものだ。親父はヒョイヒョイできるようだが、俺のほうはまだ習得が完璧ではない。
完璧ではないというのは、十回に三回くらいは成功しているのだ。何回もやれば完璧になるだろう。
「モトキも大変ね~。でも私の師匠も、風を集めるようにだな……とか言って私に技を教えようとしているのよ。正直まだ成功しないわね」
「大変なのはお互い様……ってか」
「ホント言ってることが大雑把すぎるのよ」
どうやらベラルさんもエンナに技を教えようとしているらしい。しかし師匠二人揃って説明が下手すぎる。よくこんなんで剛剣とか光剣とかいう二つ名が付いたものだ。
思えば俺の周りの人達ってチートばっかりだな。そんな人達に色々教えてもらえる俺は幸せ者なのだろう。そう考えると、この平凡が心地よい。
「ほんと……平和だよな」
「どうしたのよ急に。もしかして私のありがたみに気づいた?」
「……そうなのかもな~」
「え? ……ちゃんと突っ込みなさいよモトキ……」
「ごめんエンナ」
エンナは少し俯き、俺を視界からシャットアウトした。おふざけのつもりで言ったのだろうが、俺が肯定してしまったため恥ずかしがっているのかもしれない。
「今日もこの町は平和だな」
俺は立ち上がると、店のほうへ歩き出す。そろそろ店の準備をしなくてはならない。
――とある城の一室にて――
「おお! 遂にこの時が来たか!」
「そなたこそ本物の勇者だ! この世界の救世主だ!」
モトキを召喚した二人の召喚師は歓喜に震えていた。遂に召喚されたのだ勇者が。あれほど失敗を繰り返して諦めかけたこともあったが、諦めなかった男達を神は祝福した。
「俺は……どうしたんだ?」
「そなたは勇者。この世界を救い導く者。そなたが望むものがあれば申してみるといい。用意できる物であったら全てをそなたに捧げよう」
「勇者は神の使い。そなたが万の軍勢を欲するのならば用意しよう。美女を求めるのなら何人でも献上しよう。だからどうか、この世界を救って欲しい」
「は? なんだこのおっさんたちは?」
勇者に召喚された者は最初は戸惑っていたが、この世界が異世界で自分が勇者だと知ると、整った顔立ちに似つかわしくない凶悪な笑みを浮かべた。見る人が見れば、それは下衆のような顔だっただろう。
「はは! はははははっはははは!! 最高じゃないか!!」
「そうです。勇者は全てが手に入ります。地位も名誉も女も全て」
「やってやるよ。俺が勇者だ!!」
勇者は召喚師達に連れられ王がいる玉座の間へ足を進める。その足どりは自信に満ちていた。まるで自分を中心に世界が回っているように。
そして玉座の間に着くと、王様が勇者の頭に軽く触れる。するとさっきまで召喚師のように喜んでいた王様が口をへの字に曲げる。
「そなたは確かに勇者じゃ。しかし、そなたが完全覚醒するには五年の時を要する」
「は? それってどういうことだ?」
「つまりそなたは今でも十分に強いのじゃが完全覚醒に必要な時間が長すぎる。完全覚醒すれば圧倒的な強さを手に入れられるじゃろう」
勇者はその場で一瞬固まった。そして王様の言ったことを理解すると焦り始める。
「なんでそんなに完全覚醒するまでの時間が長いんだ!?」
「う~む。少々待っておれ」
王様は急ぐように書庫に入る。そして十分ほど経つと駆け足で玉座の間へ戻ってきた。その手には分厚い本が乗せられている。
王様は玉座に着くと、その本のページをパラパラとめくり、あるページで手ピタッと止める。
「これじゃな……おい召喚師よ。勇者を召喚するために何回失敗したのじゃ?」
「たしか25、6くらいだったかと。それがどうしたのでしょうか?」
「ちょっと気になる文献があってのう。お主らは召喚して失敗した奴を殺していたのじゃろう?」
「はい、そうですが……いえ、一人だけ殺していない者がおります」
「それは真か!!」
「はい。自ら窓から落ちたのです。餓死したと思われますが生死の確認はしておりません」
「ほぅ……」
国王は少し考えるようなポーズを取り、ある結論にたどり着いた。
「そうか! 分かったぞ! 勇者が完全覚醒できない理由が!」
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