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太陽の姫君  作者: おきょう


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23 驚愕と咆哮



---目を覚ますと、そこは石造りの牢の中だった。



クラウスは痛む身体を起こし、周囲に目を向ける。

天井近くに作り付けられた格子付きの小さな窓からは、登り始める朝日が見えた。

ひんやりとした空気からおそらく半地下なのだろうと推察して、次に左足首に付けられた足かせに気付く。


足かせは、壁に固定された金具から伸びる鎖で繋がれていた。

足を動かすと金属が擦れ合う高く鈍い音が奏でられる。


嘲笑するかのように、彼の口元が歪められた。


(こんなもので僕を捕えられると思うなんて…。エスティーナ国屈指の警護力を誇る宮廷も大したことは無いな。)



常人が作った鎖など、クラウスの術では無にも等しいものだ。

幸い身体は打ち身による打撲の痛み程度で動けないことはなさそうだった。


(さっさと逃げ出して、リーナと…あの王子様を殺す手はずでも整えよう。)


彼は常に至上の存在でありたかった。


全ての人間は自分の思うがまま動くのだと、本気で信じ切っていた。

しかし早くしなければ、あの子供たちはどんどん力を付けてしまう。

そうなる前に殺してしまわなければ。


血に染まるリーナとフレディを頭で思い描き、うっそりと笑いながら彼は周囲に漂う精霊に命じる。



<破壊を。>


鎖をつないでいる石壁を崩すため、石を砂へ変化をさせようとした。


「ん…?」




……思うようにいかない。


その違和感に首を傾げるクラウス。

もう一度試そうと精霊に命じる彼の耳に、革靴で石づくりの廊下を歩く規則正しい足音が届いた。


足音はクラウスの入れられた牢獄の前でとまる。

顔を向けると艶やかな黒い髪を丁寧に撫でつけ、眼鏡をかけた神経質そうな男がたっていた。

精霊達が目をとろけさせて彼の周囲にまとわりつくのを見て、クラウスは彼が誰なのかを察し目を細めて口角を上げる。


「あぁ…、あの氷壁を作った精霊術師だね。リーナに水球の作り方を教えたのもあなたかな?」


妹に余計な知識と技術を植え付けてくれた男に挑発めいた台詞を吐いて見せる。


「術師に反応する精霊石の出来はなかなか見事だったけれど。僕の前じゃペラペラの紙みたいなものだね。」

「……。」


得意げに、自分がどれだけ優れているかを説明するクラウスへ、カルアは無表情のままで冷たい視線を浴びせる。

感情を感じさせない眼鏡の奥の吊り上がり気味の目。

いつもの風景だったが、初対面で彼の性格を知らないクラウスは冷たい態度に眉を潜めた。


「何?黙っていないで言いたいことあるなら言えば?どうせこんな足かせされようが牢に閉じ込められようが、僕を止められなんてしないのだから。文句言うなら今のうちだよ。」

「…己の力量を知りもしない馬鹿とお喋りするつもりは無いのですがね。」

「は?」


「氷壁がわざと(やわ)く作られたとなぜ考えない?太陽神を狙った脱獄者を捕えるために。宮殿におびき出されたとは思わないのですか。」

「な、にを…。」


(あれが、僕をおびき寄せるための罠だとでも?)


------そんな事、ありえない。

何の根拠もなくクラウスは思った。


なぜなら自分は国一番の精霊術師で、誰もが自分より弱い存在だと信じているからだ。



「ありえない。何を馬鹿なことを…。」

「過信もほどほどにして下さい。少なくともあなたと比べれば私の方が遥かに優秀です。現にあなたのこの場での精霊術は一切封じ込めさせていただいています。」

「っ…!」


クラウスは驚愕して口をつぐんでしまう。

実際、鎖をはずそうと使った精霊術は発動せず、カルアの言葉に反論が出来なかった。


クラウスの術でも破れないほどの術を、すでにこの牢の中に張り巡らせられている。

空気がひんやりしているのは地下だからだと思ったがそうではない。

牢を包むように張られている水の結界によるせいだった。


「ラヴェーラではあなたを超える精霊術師が居ないようで、良い気になってらっしゃったようですね。

元々、脱獄を防ぐために強い術師の居るこちらに移送させる予定だったのです。まぁ、御自分から来て下さったおかげで手間が省けましたよ。」

「うそ、だ。」


自分より強い精霊術師など、存在しているはずがない。


クラウスは信じていた。

証明するために、何度も精霊術を駆使しようとする。


しかしその度に、彼の作り出した術はカルアの水の結界中へ包まれるかのように吸い込まれていった。


「っ!うそだ!うそ!こんな事あるはずがない!」


驚愕して、信じたくなくて、頭をかきむしりながらかぶりを振る。


「あいつさえ…リーナさえ消せば…!僕はこの世で一番の存在になれるはずなのに!!!」


くすんだ金の髪を振り乱し、声を張り上げ、叫んで全てを否定する。


絶対に、信じたく無かった。


自分が弱い存在だなどと、想像でさえしたことは無かった。



我を忘れて取り乱すクラウスを、カルアは牢の柵越しに冷たく見下ろす。

カルアはこの場に現れた時から一度も表情を変えないままだった。



「…残念ながら、あなたより強い力を持つ人間など数え切れないほど存在します。もちろん私より強い人間も。」


言い放つと踵を返して牢を後にする。


牢の並ぶ通路の出口には(ブラッド)王弟(なすら)が居た。

おそらくこれから子供たちを傷つけられた仕返しに、精神的暴力をこれでもかと言うほど与えるつもりなのだろう。


王達の性格を知るカルアは、会釈だけして彼らとすれ違い、牢獄から外へ出る為の扉を開ける。


丁度昇り始めた朝日に目を眇め、夜明けの空を仰ぎみるのだった------------。






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