22 未知の力
「申し訳、ありません…。」
沈んだ声で父へと告げるフレディの声に、リーナはほっと息を吐く。
どれだけ憎まれようとも、リーナにとってのクラウスは大切な家族であった
何よりもフレディの手を自分と自分の家族の問題などで汚させたくは無かった。
鎮まる空気の中。
ナスラが周囲を見渡し、率いてきた騎士に指示を飛ばす。
「侵入者の捕縛と、負傷者の手当てを。」
「は、はいっ!」
「医師団は全員叩き起こすように。動けない者も多く人員が足りていません。非番の騎士も引っ張り出してきなさい。」
仰向けで動けない状態のクラウスに数人の騎士が駆け寄り、運び出すために担架を用意する。
同じように意識の無い騎士達と、ローザにもブラッド達が連れてきた騎士達が駆け寄っていく。
そこで彼女の気が抜けたのだろうか。
「っ…!」
緊張で忘れていた、全身に付けられた打撲と切り傷の痛みを自覚してしまう。
声にならない悲鳴とともにリーナの身体が崩れ落ちた。
「リーナ!」
慌ててフレディが片方の手に持っていた剣を放り投げ、両手で彼女を抱きとめる。
腕に抱いたリーナの顔を覗き込むと気を失っていた。
青い顔でぐったりと身を任せてくるリーナを前に、フレディは眉を寄せる。
(くそっ…こんな無理させて…。)
リーナもローザも傷だらけなのに、自分だけは無傷のまま立っていて。
我を忘れて暴れただけで結局何の役にも立ってはいない。
無力な自分に嫌気がさした。
フレディは俯いたまま、悔しさに唇を噛み締めてその手に力を込める。
月光にさらされ淡く光る白銀の髪がさらりと揺れた。
心臓が熱く脈打つのを感じる。
「……なっ!?」
「これは?」
地面から発せられた淡い銀の光に騎士達は声を上げる。
光はぐるりとフレディとリーナの回りを囲んでいく。
ブラッドがその光に触れようとしたが、光の壁は何者も受け付けずはじき返してしまった。
「…カルア。」
「精霊術ではありませんね。」
視線を向けると控えていたカルアが緊張した面持ちで光の壁を見ていた。
カルアの目に映るかぎり、精霊は一切動いてはいなかった。
「だとすれば、何が起こっているのだ。」
「わかりません。精霊以外の力が働いているとしか。」
「精霊以外か。」
……周囲の人間が騒がしく離していたが、フレディの耳にはもう聞こえなかった。
光の壁に遮られた 誰の目にもさらされない空間の中。
彼の耳には何も届かない。
無音。
どくどくと、脈うつ己の鼓動を感じるだけ。
目に映るのは、腕の中のリーナのみ。
神経を集中させて、彼女に力を注いだ。
優しい銀の光がそっとリーナの中に吸い込まれる。
目に見えて消えて行く赤い跡。
「……リーナ。」
細い声でフレディはリーナの名を小さく囁く。
瞼を閉じたままのリーナの口元が何となく笑ってくれた気がして、安堵したフレディはそのまま意識を手放した。
彼らの周囲を囲んでいた光の壁が消える。
地に重なるように倒れている2人が現れて、ブラッドとナスラとカルアが慌てて駆け寄った。
「…傷、が?」
ナスラが思わず声を発した。
言葉どおり、リーナの傷が一瞬のうちに跡かたもなく消えているのだ。
傷だけでなく衣服に付いた血のあとも無ければ、裂けてしまっていた衣服さえも綺麗に直っていた。
ブラッドは厳しい表情で、顎髭に手を添えて低い声で唸ると、紅い瞳を精霊術師に向ける。
「カルア、もう一度問うが精霊術ではないのだな?」
「違います。…というか、ありえません。」
「だろうな。精霊術で治癒など前例がない。だとすると月の神スザナの力か。」
今彼らの目の前で起こったことは、精霊術ではありえない出来事。
精霊術は自然界に存在する力を動かす術であり、出来ることは2つだけなのだ。
ひとつは自然の力を動かす 『移動』
もうひとつは水を氷に、砂を石にと変えるような 『変質』
傷を『治癒』させることは、精霊の力では絶対にできない。
それは生死を預かる神の領域とされていた。
「神の力…。」
ナスラが口角を上げてどこか楽しむかのように囁いた。
芝生の上で幼い少女を抱いて安らかな表情で眠る少年は、おそらく至高なる太陽神と対になる存在。
太陽神ラビナオーレと、月神スザナ
伝説の中の存在だったはずの彼らの魂を受け継ぐ転生者がここに居る。
彼の背負う力は想像もつかないほどに強大だ。
そして、これから向けられる人々の期待も相当なものになるだろう。
その重い宿命に耐え、彼らが作り出す国はどんなものになるのだろうか。
「どうやら王子はとんでもない隠し玉だったようですね。」
「大きすぎる力に潰されてしまうか、生かして民を導く存在となるか。どちらにしても見物だな。」
面白い見世物でも見物するかのような王と王弟の台詞に、カルアは眼鏡の奥の目を眇めてため息をつく。
恐らくこの場にいる大人3人の中で彼は一番の常識人なのだろう。
有り得ない強大な力を前に恐怖さえ感じるのに。
面白がることなんてとてもでは無いが出来なかった。
命令通りに動きながらもちらちらと視線を送って来る騎士も同じ気持ちだろう。
「国王陛下、王弟陛下。面白がってないでそろそろ彼らを寝台へ。気を失っているだけのように見えますが、医師の判断を仰ぐのが選良でしょう。」
「うむ。そうだな。」
王は頷くと眠るように気を失っている子供二人を軽々と抱え上げる。
それに慌てたのは騎士達だった。
いくら何でも国王に重労働させるわけにはいかない。
「へ、陛下!王子とファリーナ様は我々が!」
「自分の子供を運ぶくらい任せておけ。お前達は後片付けと負傷した騎士達を頼む。」
「は…はぁ。」
「ふむ。それでは私もうちの息子を運ぶとしましょうか。」
「お、王弟陛下まで?!」
「ふふふ、結構子煩悩なおとーさんなのですよ。」
「……。」
命を下すのが仕事であるはずの王達が自ら進んで力仕事を申し出る。
いただけない事ではあるが、止める事も出来ない。
騎士達は父として子供を愛するがゆえの行動だと感動さえした。
実際は、なさけなくも親に小脇に抱えて運ばれたという事実で息子達をからかって遊ぼうと言う魂胆だとしても。




