21 覚醒2
鮮血が、幼い少女の体を汚す。
それはぽとりと落ちて、土地にしみこんだ。
あまりのことに感情の制御が働かない。
----------ゾクリと、フレディの肌が泡立った。
心臓が煩いほどに鼓動する。
血管が沸騰するかのように熱く脈打つ。
ドクッ
ドクン
「う、あっ……!」
周囲の精霊がざわついたのを、感じた。
(あつ、い。)
血が熱い。
視界がぼやけて、かすむ。
熱が髪の先から足の指先までをも支配した。
精霊の作りだす闇がフレディを包み込む。
闇から解放されたフレディは、それまでの彼と違っていた。
「----なにっ?!」
クラウスの叫ぶかのような声に意識を引き戻られる。
フレディがリーナ達の方向を見ると、先ほどまでリーナに向けられていたはずの石の槍が砂に戻りさらさらと地に落ちているところだった。
同じようにフレディの足をとらえていた石も砂に返っている。
突然、何の前触れも無く術を『消去』されたクラウスは、慌てて周囲に視線を向けた。
そして背後で捕えていたはずのフレディを目に入れて、絶句する。
同じようにフレディへ視線を向けたリーナも、驚いたかのように口を開けたまま目を見開いていた。
「……どういう、事だ。」
クラウスが驚愕した表情でつぶやく。
クラウスとリーナの目に映るフレディは、髪が白銀へと変わっていた。
月の光を受けて淡く輝く銀の髪。
手に持つ宝剣≪王の守護星≫の刀身も白銀の光を放っていた。
そして有り得ない数の精霊がフレディを囲んでいる。
「白銀の髪に、紅の瞳……ありえない。」
白銀の髪と紅色の瞳は建国神話にて語り継がれる、月の神スザナの特徴だった。
建国神話そのままの姿の少年が、今ここに存在している。
クラウスは驚愕の表情のまま、震える声で呟く。
「まさか…、太陽の神ラビナオーレの転生と同じように、対となる月の神スザナも現世へ転生していたとでも言うのか。」
誰もが考えもしなかった事実。
それが今、目の前で起こっている。
「っ…!」
「兄様!!」
何の前触れもなくクラウスの体が壁へと叩きつけられた。
「ぐっ…。」
(嘘だ。嘘だ嘘だっ!こんなの!)
クラウスは抵抗しようともがいたが、指一本自由に動かなかった。
壁に縫いつけられたかのように四肢をつなぎとめられている。
精霊の力によるものだとは分かった。
しかしいくら離すように精霊に命じても、クラウスの命にはどの精霊も聞く耳を持たなかった。
この場にいる全ての精霊が、フレディの…月神スザナの支配下に置かれているのだ。
もはや人間が対抗できるような力ではない。
「あり得ない、僕が精霊術で押されるなんて!」
クラウスは一度だって、精霊術で誰かに負けたことは無かった。
あるとすれば数年後の成長した妹だけだと思っていたのだ。
だからこそ彼女を消そうとしたのに。
今まで、精霊を目に写すことも出来なかった少年に、手も足も出ないほどに気おされている現状。
信じられなかった。 信じたく無かった。
その事実を否定したくてかぶりを振って拒絶する。
「なんだよこれ…。うそだ、ろ。」
「…己の私益の為に、お前は一番手を出してはならない者に手をだした。」
フレディが静かに声を発するとともに≪王の守護星≫を一振りする。
同時に強大な風が巻き上がった。
風にあおられ、クラウスは壁から剥がされると共に宙に舞い上がる。
舞い上がった勢いと同等の早さのまま、彼の身体は地へと叩きつけられた。
打ちつけられた衝撃に目を見開き、一瞬呼吸が止まった気さえした。
「ぐっ…!」
「兄様!」
兄の元へ駆け寄ろうとするリーナだったが、全身に刻まれた傷が痛くて動けず、その場にへたりこんでしまう。
腰を地面に降ろしたままで手を伸ばすもののどうやっても届きそうにない。
それでも兄へと手を伸ばそうとするリーナの手を、いつのまにか傍らに近づいていたフレディが取る。
後ろから、彼女の身体を抱きしめるかのように剣を持っていない方の腕をまわした。
フレディに支えられどうにか立ちあがったリーナが、フレディを振り返る。
彼の白銀の髪は、これまでの茶髪よりもむしろ彼になじんで見えた。
「フレディお願い、兄様をたすけてっ!」
「駄目だ。」
「どうして?!」
「…許せないから。」
「っ…。」
「言っていただろう、お前の兄だろうが何だろうが俺はこいつを切る、と。」
「でも!」
リーナに言い募られても、フレディの考えは変えられなかった。
太陽神への殺人未遂。
月宮殿への侵入。
王族及び騎士への暴行。
私的に許せないのはもちろんだった。
彼の犯した罪は全てが大罪であり、今見逃したとしても拷問の上の死刑はさけられない。
ならばこの場で殺してしまってもそう違いは無いだろう。
「でも、お願い!兄様を殺さないで…!」
リーナの声に心を痛めながらも、フレディは≪王の守護星≫を掲げて、仰向けのまま息を切らしているクラウスに付きつけようとした。
「そこまでだ、この馬鹿息子。」
「ちち、うえ?」
振り向いた先には、怒ったように眉をひそめる国王ブラッドの姿。
その背後には王弟のナスラと水の精霊術師であるカルア。
何人かの騎士も控えていた。
「へいか。」
目に涙を溜め、今にも泣き出しそうなリーナが、フレディの腕の中に囲われたままで王を見上げる。
「悪かったな、リーナ。うちの馬鹿息子は頭に血が上って正確な判断も出来ないらしい。」
ブラッドは安心させるかのようにリーナに頷いたあと、再び厳しい表情で息子のフレディに視線を戻した。
髪は白銀に変化していて、雰囲気も違った。
だが間違いなく自分の息子なのだ。
「……どういうことですか。」
「抵抗も出来ないあいてに剣を振るうのがその証拠だろう。」
「しかし彼はっ!」
「犯罪者だ。だからこそ法のもとに裁く必要がある。」
「っ…。」
「お前は人間だ、神でもあるまいし身勝手に人を裁くつもりか?この馬鹿が!力に溺れるな!」
父の一括に、フレディははっと我に返る。
いつものフレディだったならば、抵抗も出来ない状態の人間に剣を振るおうとなど決してしない。
なのに何の疑問もなく、当たり前の事のようにクラウスを殺そうとしていた自分がいた。
突然に得た強大な力に引き込まれていたことに気づいたのだ。




