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追放された魔術師は、神に観測されながら暮らしている〜生活魔法しか使えないのに、加護が止まりません〜  作者: 灰音 澪


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第80話 王子の一言でもう後戻りはできない

 一週間後、ゼノはもう一度王都へ向かった。


紙の上にしかまだ存在しない町を持っていく為だ。

ダンジョン、ギルド、畑を戻した先の流れ、温泉郷へ繋がる道、そして、その外縁に置く音の会場。

机上の空論で終わらせないために。

全部まとめて、王子の前へ持っていく。


 馬車の揺れは前より静かに感じた。

気持ちが落ち着いているわけじゃない。

むしろ逆だ。


王都へ向かう間ずっと、ゼノの頭は妙に冴えていた。


紙は鞄に入っている。

構想図。

補足の走り書き。

入口配置。

耕作地再生の区分。

広場の導線。

ギルドと市場の位置。

会場の抜け道。


何度も見返した。

もう見なくても頭に入っている。

でも、それでも途中で鞄に手が伸びた。


「落ち着きがねえな」

向かいでマギウスが言った。


今回はマギウスにも着いてきてもらった。

ギルドの中身に関しては、この男がいた方がいい。

ゼノ一人で全部を喋るより、現実味が増す。


「別に」

ゼノは答える。

「一国の王子に町一個持っていくの、初めてなんで」


「初めてじゃなかったら怖えよ」

マギウスはそう言って、窓の外を見る。


「でも、まあ」

少しして続けた。

「面白い顔はしてる」


「いい意味ですか」


「半分はな」

マギウスが笑う。

「残り半分は、また大変なこと始めてしまったって顔だ」


「いつも通りですね」


「そうだな」


そこから先、しばらく会話は切れた。


 王都の壁が見えてくる。

高い。

整っている。

相変わらず綺麗だ。


だが前回と違って、今回は少しだけ見え方が違った。


王都の中へ入る前に、壁際の掲示板が目に入る。

人が止まっている。

旅人。

商人。

若い女。

楽士らしい男。


ゼノは、馬車の窓からそれを見て、少しだけ口元を上げた。


貼られていた。

温泉郷発の、歌い手募集。


王都、温泉郷、近隣の村や町へ向けた、あの紙だ。


声を、埋もれさせるな。


「もう見てるな」

マギウスが言う。


「見てますね」

ゼノが答えた。


「王都に貼ると、こっちの空気でまた違って見える」


「そうですね」


王都の中でその紙を見るのは、温泉郷で見るのとは違う。

こっちにはこっちの息苦しさがある。

笑って歌える顔だけじゃない。

削られて消えた声もある。


だから、ちゃんと届くはずだ。


《視聴者数:1,582,411》


〈コメント:王都にも貼ってるの強い〉

〈コメント:もう動き始めてる〉

〈コメント:町の話しに来たのに募集まで刺さってるの〉


《ラグゼル:撒いたな》

《リュケオン:王都で見ると、ちょっと喧嘩売ってる感じも残ってる》

《エモーシア:迷ってる子は、ああいう紙を何度も見返すのよ》

《フィクサル:余所見するな。今日は町だ》


「分かってるよ」

ゼノは小さく返した。


マギウスが横目で見た。

「また喋ってる顔してるな」


「うるさいのが何人かいるんで」


「便利そうで不便そうだな」


「慣れましたが」


王都へ入ると、前と同じく空気が整いすぎている感じがする。

道はきれいだ。

建物も揃っている。

でも、こっちの整い方はいつも少しだけ息が詰まる。


 指定された屋敷へ着くと、ラウスがすでに待っていた。


「お待ちしておりました」


相変わらず顔色ひとつ変えない。


「早いですね」

ゼノが言う。


「殿下が、今日は遅れるなと」

ラウスが答えた。

「かなり楽しみにされています」


「嬉しいような怖いような」


「両方でしょうね」


その返しで、少しだけ緊張が抜けた。


 応接ではなく、前と同じ私的な執務室へ通された。

余計な飾りのない部屋。

必要なものだけが整えられている。

この王子の部屋は、豪華というより、逃げ場がない。


レオニスはすでに座っていた。


「来たか」


「はい」

ゼノが一礼する。


マギウスも、それなりの礼だけはした。

王子はそれを一度見て、すぐに紙の入った鞄へ視線を落とした。


「それが例の地図か」


「はい」


「先に言っておく」

レオニスは言った。

「今日は、曖昧な夢なら聞かん」


「そのつもりで来てません」


その返答に、王子の目が少しだけ細くなる。

面白がったのか、試しているのか、その両方か。


「なら出せ」


ゼノは鞄から紙を取り出し、机へ広げた。


王都の外縁。

耕作放棄地。

その向こうの草原。

温泉郷へ繋がる流れ。


そして、その上へ重なる線。


大広場。

ギルド。

市場。

工房区画。

宿場。

治療所。

耕作地の再生区画。

五つの入口を持つ巨大ダンジョンの構想。

さらに、その外縁に置く音の会場。


レオニスは、紙が広がった瞬間に少しだけ身を乗り出した。


何も言わない。

だが、見ている。


この王子は、興味のないものを前にした時はもっと分かりやすく冷たい。

今は違う。

かなり見ている。


「説明しろ」

短く言った。


ゼノは頷いた。


「まず、これが全体です。王都外縁の死んだ土地を、ただの外れではなく“流れ場”に変えます」


「流れ場」


「人が来る理由がある。金が回る。戻る場所がある。そういう場所です」


王子は黙って聞いている。


「核はダンジョンです」

ゼノは続ける。

「最終構想は五口。ただし初動は三口。主入口、採取入口、訓練入口」


紙の上を指で追う。


「主入口は戦闘職向け。上級冒険者、勇者候補まで見据える本線です。採取入口は薬草、鉱片、素材系を回す。訓練入口は新人、見習い、連携の薄い者向け。潜り方そのものを覚えさせるための入口です」


そこで、王子の視線がわずかに動いた。


「訓練入口を分けたか」


「はい」


「理由は」


マギウスがここで口を開いた。


「強い奴と弱い奴を雑に同じ穴へ流すと、ギルドが腐ります」

低く、はっきり言う。

「新人が死ぬ。中堅が足を取られる。結局、誰も育たない」


レオニスはその答えに小さく頷いた。


「お前がギルド経験者か」


「元ですが」


「元で十分だ」


そこから、王子の視線はさらに紙へ落ちる。


「で、町側は」


ゼノが次の線を叩く。


「ダンジョン前に大広場を置きます。帰還者の確認、荷の選別、怪我人の搬送、馬車の転回。最初から十五台分の回転を取ります」


王子の眉がわずかに上がる。


「十五」


「詰まるのが一番弱いので」


「欲張ったな」


「小さい方が後で死ぬので」


王子の口元がほんの少しだけ動いた。

笑ったと言うほどではない。

だが、悪くない反応だった。


「ギルドは中央」

ゼノは続ける。

「依頼掲示、査定、報酬、仲介、宿泊の一次斡旋。全部ここで回します」


「市場は?」

レオニスが聞く。


「耕作地とダンジョンの間です」

ゼノは答える。

「冒険者の荷も、土のものも、同じ場所で動かす」


その言葉で、レオニスの目が紙の端へ滑った。

そこに引かれた耕作区画を見る。


「畑を残したのか」


「残します」

ゼノは答えた。

「最初は潰すつもりでした。でも、全部を冒険者の町にすると、食い物の根が外に行く」


「なるほど」


「食料確保は町の強さです。しかも畑が戻れば、戦えない人間にも仕事ができる」


そこへマギウスが低く足す。


「農作業、加工、保存、販売、荷運び。剣を握れない奴も働けます」


王子は、そこで初めて紙から顔を上げた。


「それはいい」

短く言う。

「国が握る町なら、なおさらだ」


ゼノは、そこで一度息を入れた。


ここが今回、一番大事なところだった。


「はい」

ゼノは言う。

「土地、ダンジョン、ギルド。全部、国の経営に乗せます」


部屋が少し静かになる。


「詳しく言え」

レオニスが言う。


「ダンジョンを私物化させない」

ゼノは答えた。

「土地も、流れも、国が持つ。その代わり、町の利益は国庫へ入り、人の暮らしへ返る」


王子は黙っている。


ゼノは続けた。


「王都の中だけが太る形にはしません。冒険者が稼ぐ。市場が回る。宿が埋まる。耕作地が戻る。加工と保存で仕事が増える。国が儲かる。その金が、道や治療や生活へ返る」


「……国が儲かると、人の暮らしが良くなる形を作る、と」

レオニスがゆっくり言った。


「そうです」

ゼノは頷く。

「取るだけの町にしたくない。回って、良くなる町にしたい」


レオニスはしばらく黙っていた。


紙を見る。

耕作地を見る。

ダンジョンを見る。

会場の位置まで見た。


「会場も入れるのか」

そこで聞いた。


「入れます」

ゼノは答える。

「ダンジョンと市場の熱を、戦いと売買だけで終わらせると苦しくなる。だから、抜く場所が要る」


王子の目がわずかに細くなる。


「温泉郷へ流す気か」


「はい」


「勇者も、冒険者も?」


「はい」


ゼノは紙の道筋を指した。


「勝って帰ってきた人間が、そのまま湯へ流れられる。負けて傷んだ人間も、一回呼吸を整えてから戻れる。戦うためだけじゃなく、生き直すための場所にしたい」


そこで、王子が初めてはっきりと笑った。


大きくではない。

だが、確かに笑った。


「お前」

レオニスが言う。

「温泉郷を王都の外へもう一つ作る気か」


「半分は」

ゼノが言った。

「もう半分は、王都が絶対に持っていないものにします」


王子の笑みが少し深くなる。


「いいな」

言った。

「その言い方は嫌いじゃない」


《視聴者数:1,601,743》


〈コメント:通ってる通ってる〉

〈コメント:王子、かなり食ってる〉

〈コメント:国が儲かると暮らしが良くなる、ここいい〉

〈コメント:温泉郷の拡張じゃなくて別の核ってのが強い〉


《ラグゼル:悪くない》

《フィクサル:押せ》

《エモーシア:そこで引いたら駄目よ》

《リュケオン:もう一段だ、ゼノ》


ゼノは少しだけ口の端を上げた。


「で、もう一つ」


「まだあるのか」

王子が言う。


「あります」

ゼノは答えた。

「募集の紙、見ましたよね」


レオニスがそこで目を細める。


「見た」

短く言う。

「王都の掲示板にも貼ってある。ずいぶん広く撒いたな」


「撒きました」


「歌い手募集か」


「はい」

ゼノは頷く。

「王都、温泉郷、近隣の村や町。一カ月後に審査です。新しいグループに限定はしません。ミラベルに合うならミラベルも入れる。別の色なら別に作る」


「王都でも噂になっている」

レオニスは言った。

「王都公演の直後だからな。“温泉郷は次の声まで拾いに来た”と」


「間違ってません」


「それもこの町へ繋がるのか」


「繋げます」

ゼノは即答した。

「歌は温泉郷だけで終わらせない。ダンジョンの町にも音を置く。人が集まる場所なら、声も育つ」


王子はそこで、机に肘を置いたまましばらく黙った。


視線が落ちる。

紙の上を流れる。

入口。

畑。

市場。

会場。

温泉郷への道。


「耕作放棄地の権利は、もう押さえた」

突然、そう言った。


ゼノの目が少しだけ細くなる。


「全部ですか」


「全部だ」

レオニスは言った。

「細かく分かれていたが、この十日で国へまとめた。今後は国の管理下に置く」


その一言の重みで、部屋の空気が一段変わった。


夢だった線が、現実へ近づく。


「……早いですね」

ゼノが言う。


「お前が持ってくる前に、足元が他人のものでは困る」

レオニスはあっさり言った。

「話にならんからな」


マギウスがそこで小さく笑った。


「本気だな、殿下」


「お前たちがでかい話を持ってくるのに、受ける側だけ遅くてどうする」

王子は平然と言った。


ゼノは、そこでほんの一瞬だけ言葉に詰まった。


嬉しいとか、助かるとか、そういう軽い言葉では足りない。

ここまで来ると、もうただの好意ではない。

王子も本気で、国の流れを変える気でいる。


《フィクサル:言っただろ》

《ラグゼル:動く奴は早い》

《エモーシア:ぼさっとするな》

《ゼノ:分かってる》


ゼノは小さく息を吐いた。


「じゃあ、もう後戻りできませんね」


レオニスは即答した。


「最初からそのつもりだ。掛かる費用の概算も出しておけ」


短い。

だが、それで十分だった。


「一つ聞く」

王子が続ける。

「お前は、この町をどこまで育てる気だ」


ゼノは少しだけ黙った。


どこまで。

それは、もうだいぶ見えていた。


「王都の外れ、じゃ終わらせません」

ゆっくり言う。

「王都の余り物でもない。温泉郷の隣町でもない。ダンジョンと土と湯と音で、人がわざわざ来る場所にします」


「その先は」


「勇者が戻ってこられる町」

ゼノは言った。

「冒険者が稼げる町。戦えない人間も働ける町。歌い手が育つ町。王都に吸われるだけじゃない町です」


レオニスは、その答えを聞いてゆっくり頷いた。


「いい」

大きく頷きながら言う。

「なら、私もそこまで見る」


ゼノは笑わなかった。

でも、胸の奥で何かが一段深く落ちた気がした。


通った。

いや、通ったどころじゃない。

王子はもう、降りる気がない。


だったら、こっちもやるしかない。


紙の上の町は、もうただの構想じゃなくなっていた。


地図になった。

権利も取った。

国も動いた。

次は、建てる番だ。


――――

次回

 第81話 集まった百の声

 

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