第1話 魔力ゼロ、視聴者1から始まる最強伝説
《視聴者:1》
《コメント:神です》
――は?
空中に浮かんだそれを見て、俺は固まった。
(なんだこれ)
誰もいない。
なのに、“見られている”。
値踏みされる感覚。
――ああ、知ってる。
初来店の客が席に着いた瞬間の、あの空気だ。
俺は、ゆっくり笑った。
「……で?」
――その表示が、俺の人生を狂わせた。
――
目を開けると白い石で組まれた天井。
カーテンの隙間からかすかに入る外の光。
窓の外はカーテンで見えない。
「病院?……」
いつもよりも少し高めの若い声。
(?なんだこの声。俺の声か?……)
「えっ、ちょちょちょちょ……」
思わず体を起こすと、体が軽い。
いつも、前日の酒が抜けきれず体が重いのに、まるで別人だ。
右手で左腕を掴むと、
「細い……」
シャツをめくり、胸を見ると、
「俺の胸筋ないじゃんか……」
35歳。職業ホスト。
代表として恥ずかしくないように本気ビルダーとまではいかないが、
体だけは絞ってきた。
引退パーティーで最高売上を出し、浴びるほど飲んで――そこで記憶は途切れた。
「……俺……死んだ?……」
ドラマの、人が死ぬシーンで言うようなセリフが飛び交い、
慌ただしく動く気配。
そこで俺の記憶は消えた……
――
ベッドから立ち上がり、近くの机に置かれていた磨かれた金属板を手に取る。
鏡代わりに覗き込んで、息を呑んだ。
くっきりした二重に青い目。
透き通るとまでは大袈裟だが白い肌。
少し癖毛がかった、細く柔らかい薄茶色の髪。
「いけてんな……」
顔はホスト仕様。
口角が上がる。
顔は上物だ。
(神様、そこはセンスあるな)
「ここは、ホストクラブじゃないよな……」
少し不安になり、小さく呟く。
金属板を置いて周りを見渡した。
明らかに日本ではない。
中世ヨーロッパの城のような重厚な石造り。
外を見ようとカーテンに手をかけた時、扉がノックされた。
「失礼します」
静かに開く扉から現れたのは、
清潔に編み込まれた濃い茶色の髪の女性だった。
「お目覚めでしたか」
声の感じからすると30代前半。
部屋に入り、扉の前で立ち止まる。
カーテンを開ける事なく、手に掴んだまま振り返る。
「ここは?」
「ここは魔法省の医務室です。ゼノ・ルミナーク様。
皆様がお待ちです。広間の方へご案内致します」
聞きたい事は山程あったが、状況からして、
ゼノ・ルミナークってのは俺の名前だろう。
「皆さん、魔力測定は終わり、
ゼノ・ルミナーク様が最後となりました。
魔力測定が行われますので、すぐにご準備をお願いします」
「魔力測定?なんですか?それ」
“魔力”なんて、子供の頃に見た事のある漫画の中でしか聞いたことがない。
そこで少し理解した。
(異世界転生?……)
――
広間に着くと、
白いローブを着た老人、
剣を持った剣士、
杖を携えた魔術師であろう若い男女が、
水晶の置かれた台座を囲んでこちらを見た。
どう見ても現実とは思えない。
頭が追いつかないうちから、老人が喋りだした。
「目覚めたところで悪いが君で最後だ。
水晶に手をかざしたまえ。
これより魔力適正の認定を行う」
「手をかざし、魔力を流しなさい。
特別なことは必要ありません」
迎えにきてくれた女性が、形式的に説明する。
場の雰囲気に呑まれて何も聞けないまま、
一歩前に出て水晶に手をかざした。
(どうにかなるだろ……どうせなら当たりを引きたいよな)
――一瞬、何かを掴みかけた。
水晶の内部に、淡い霧のような光がゆっくりと流れ始めた。
瞬間
パキンッ!
乾いた音と共に、水晶が砕け散った……
取り囲んでいた全員がその音に目を見開いて驚き、
興味なさそうにしていた剣士が、ゴクリと唾を飲んだ。
部屋の空気が一気に冷える……
「……は?」
「水晶が割れた?」
「こんな事は初めてじゃ」
「魔力反応がない?」
「水晶が割れたなんて聞いた事がないぞ」
我に返り、皆が口々に喋りだしざわつく。
俺は、砕けた破片を見下ろした。
(なんだ。何が起きたんだ。落ち着け)
「もう一度だ」
白いローブを着た老人が少し大きな声でそう言うと、
皆が口を閉じ、やっと静かになった。
砕けた水晶が魔術で片付けられ、別の水晶が運び込まれる。
動揺しながらも、再度水晶に手をかざした。
……が
…………反応なし。
次は誰も言葉を発せず、シーンと静まり返った。
「……測定不能」
老人は眉をひそめた。
「魔力が存在しないか、測定出来ないか……
だが……水晶が砕けたのは事実じゃ。
魔力が無い者が、水晶を砕くはずがない……」
「どっちにしろ、使えない奴って事だろ」
背後の剣士が吐き捨てるように言った。
魔術師の若い男女も、気まずそうに視線を逸らす。
「子供でも少しくらいの魔力はあると思うのですが」
「二十三歳でこれは信じられないです」
(俺、二十三なのか……)
その言葉で、自分が二十三歳である事を知る。
「どうしてこんな奴が、王国直属特務騎士団のテストに来れたんだよ」
剣士が再び口を開いた。
白いローブを着た老人が事務的に告げる。
「君は戦力外だ」
その言葉を聞いた瞬間。
――どうでもよくなった。
(ああ、そっちか)
剣も魔法もない?
ならいい。
(別のやり方で、勝つだけだ)
「これより先のテストを受ける必要はない。
送らせるので準備をしておきなさい」
(そりゃ、ずっとここに居れる訳がないよな)
「俺は軽く頭を下げた。
「ありがとうございます」
剣士が鼻で笑う。
(魔力ゼロ、ね)
それはそれで、面白い。
一人で放り出されるよりは、有り難かった。
迎えにきてくれた女性が袋を手渡す。
「貴方の持ち物です。迎えが来る所まで行きましょう」
俯き加減に歩きながら部屋を出ようとすると、
老人が一瞬だけこちらを見た。
何か言いたそうだったが、結局何も言わなかった。
こうして俺は、転生初日に、
魔力ゼロの底辺スペックで、
まだ見た事のない世界に放り込まれた。
――
馬車で運ばれた先は、王都外縁、
かつて耕作地だったが今は草原へと戻った場所だった。
「ここがお前の降車地点だ」
御者が言う。
「頑張れよ」
哀れみのある声を残し、馬車は去っていった。
一人、残される。
風が吹く。
草が揺れる。
「……」
空を見上げる。
不思議と、焦りはなかった。
「23歳だし、この顔だろ。何とかなるだろ」
確信も何もなかったが、
そう呟いた瞬間……
背中に、微かな視線を感じた。
(……?)
誰かがいるわけじゃない。
それなのに、確実に「見られている」。
空中に、ガラスのように透き通った画面が、弾けるように現れた。
《視聴者:1》
《コメント:神です》
「……なんだ、それ」
一瞬で消える文字。
風の音だけが残る。
幻覚?
違う。
あの感覚だ。
値踏みされる側の、あの空気。
ホスト時代、初来店の客が席に着いた瞬間の、あの一瞬。
俺は空を見上げる。
数秒、黙る。
焦らない。
反応しない。
(見てるだけか?)
ゆっくり、口角を上げる。
「……で?」
沈黙。
《視聴者:2》
《視聴者:3》
増えた。
俺は小さく笑う。
(分かりやすいな)
神だろうが何だろうが、
見る側がいるなら同じだ。
「魔力ゼロが珍しいか?」
風が止む。
「面白くないなら帰れ」
一瞬。
《視聴者:5》
《コメント:なんだこいつ》
(かかったな)
草原で、俺は肩を竦める。
「俺を見たいなら、ちゃんと払えよ。
ホストは、無料で楽しませる仕事じゃない。」
それは冗談半分。
だが、心の奥では本気だった。
《投げ加護を受信可能です》
《条件:視聴者満足度の上昇》
「……は?」
さらに文字が浮かぶ。
《生活系適性:潜在値高》
《解放には演出が必要です》
ゼノは一瞬だけ黙る。
(なるほどな)
ゆっくり空を見上げる。
「じゃあ――楽しませてやるよ」
《初回演出ボーナス適用》
《生活魔法:微弱解放》
ゼノの指先に、微かな光が灯った。
《視聴者:18》
〈コメント:子憎たらしいやつだな〉
増えている。
まだ何も持っていない。
魔力ゼロ。
武器なし。
だが――
“観測されている”。
それだけで、価値はある。
――
女を何千人も落としてきた俺が、
今度は神に見られている。
悪くない。
いや――
悪くないどころか。
「面白くなってきたな」
《視聴者:19》
《視聴者:20》
《視聴者:22》
〈コメント:魔力ゼロとか逆に面白くね?〉
〈コメント:こんなとこで置き去り。死ぬぞ〉
観客がいるなら、舞台は成立する。
――なら。
やることは一つだ。
楽しませる。
金を落とさせる。
そして――
全部、回す。
《視聴者:25》
《視聴者:30》
〈コメント:こいつ、なんかやるぞ〉
ゼノは笑った。
「……稼ぐか」
――――
次回
第2話 同接166人、生活魔法で初討伐しました




