Gwyneth
赤ん坊に乳を含ませながら産屋の外に出る。焚き火はまだ燃えていて、花組や浜組の子達がその火で暖を取っている。自分が赤ん坊を抱いて出てきたことに気がつくと、みんな寄ってきた。始めはみんな遠巻きに眺めていたが、次第に赤ん坊の頭を次々撫で始めた。
赤ん坊はまだ肌が少し赤黒く、羊水に浸かってふやけていたところが白くなっている。ついさっき生まれたばかりの赤ん坊は、この子達でもやはり見たことがなくて珍しいのだろう。赤ん坊が自分の乳房に口を付けて乳を吸っている様子を愛おしそうに見つめている。
凪が「こがみどりごがなばなんぢょ?」この赤ちゃんの名前は?と聞いてきた。自分は即座にグィネスと答えた。グィネス、すなわち、 Gwynethはウェールズ系の女の名前で、その意味は「白」だ。母親のグエンもウェールズ系の名前で、グエンとグィネスは基本的に同じ意味だ。
凪はグィネスが聞き取りにくい音だったのか、目を白黒させている。この時代の人々には聞き取りにくいし、また言いにくいだろうから、音をこの子達が発音しやすい音に変えて、ギ・ネ・チュと短く区切りながら発音して見せる。凪が「ぎねちゅ?」と言ったので、頷くと、凪は「ぎねちゅ」と言いながらグィネスの頭をそっと撫でる。すると、みんなが「ぎねちゅ」と口々に言いながら、グィネスの頭を撫でるので、終いには、グィネスがむずがって、とうとう泣き出してしまった。グィネスが泣き出すとみんなばつの悪そうな顔をして手を引っ込める。
グィネスが泣き出したので一旦産屋に戻る。産屋に入ると、グエンが目を覚ましていた。自分が泣いているグィネスをグエンに渡しながら、"Her name is Gwyneth!"この子の名前はグィネスだ!と言うと、グエンは嬉しそうな顔をする。自分がウェールズ系の名前を付けたことが嬉しいのだろうか?グィネスはグエンの胸に抱かれてながら、乳を探しているようだ。グエンの目はまだ開いていない。グエンの乳房にしがみついて感触で乳首を探しているようだ。ようやく乳首を探し当ててそれを口に含む。だが、グエンはまだ乳が出ない筈だ。出ない乳をひたすら吸い求める様子が微笑ましい。自分が乳を与えようかと手を伸ばすが、グエンは首を横に振る。グィネスが乳房にしがみついて乳首を吸うことが心地よいのだろう。
自分はグィネスに乳を吸われたことで母乳の分泌がさらに活発になったようだ。段々と乳房が張ってくる感覚がする。そうだ、ここには新入りが二人いるのだ。病気への耐性や寄生虫よけのためい、この二人に自分の乳飲ませないといけない。
自分は産屋の敷き藁に座って、ナラと雀を手招きする。鷺姫にも近くに来るよう指示する。3人が今度は何の用だろうと思案しながらも、自分の側に跪く。自分はナラと雀に向かって、「わがてぃてぃをばのむべち」自分の乳を飲みなさい、と命じた。ナラと雀は自分の言葉に一瞬あっけに取られて、互いに顔を見合わせた。ああそのことかと合点がいった鷺姫が自分の乳の効能について説明を始めた。鷺姫の話を聞いても二人は信じられないという顔のまま、自分の乳房に口をつけようとしない。しょうがないので、自分の右側に跪いていたナラを自分に自分に引き寄せ、ナラの顔を右の乳房に押し付ける。ナラは仕方なく自分の右の乳首を口に含み、乳を吸い始めた。乳が吸わせる刺激が自分の乳の分泌を更に促したのか、それとも、ナラの吸う乳の量が少ないためか、ナラがしばらく吸い続けても、乳の出が悪くならない。そのうちに、ナラの髪から虱が自分の腹の上に落ちてくる。鷺姫は、ほら私の言った通りでしょと言いながら、ナラの髪から落ちる虱を指し示す。
雀はこの様子を見て覚悟を決めたのか、自分の左の乳房に吸い付いて乳を飲みだした。雀はナラよりも吸う力が強く、一気に自分の左の乳房が軽くなった。暫くすると、雀の髪からも虱がどんどん自分の腹の上に落ちてくる。二人に乳を吸われたことで乳房が大分軽くなった。二人の背中を軽く叩き、もう十分だと知らせる。二人共乳首から口を離し、恥ずかしそうな面持ちで立ち上がる。自分も立ち上がり、産屋を出て、焚き火の様子を確認する。焚き火はもう下火になっていた。自分は木の枝で焚き火を崩し、胎盤が灰になっていることを確認する。これなら大丈夫そうだ。
産屋の前にいた花組の子達は夕餉の準備のため沢に降りていた。
夕餉を済ませて、家に戻り、グィネスに乳を与える。グィネスが自分の乳房に吸い付く様子を見ているグエンが何となく悔しそうな表情を浮かべている。グエンの初乳はまだ出ていない。普通は分娩してから初乳が出るまで二三日は掛かるはずだ。グエンはもう少し我慢するしかない。
夜、自分とグエンはグィネスを挟むように横になる。
今日は浜辺で目覚めてから1312日目、3年目の12月29日のはずだ。自分の娘グィネスが生まれた日だ。




