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浜辺の粘菌 Slime on the beach  作者: 外山淑
第二部 邂逅
232/244

The Great Alliance

 自分の後ろから浜が女に向かって駆け出した。浜は何度も「まー!」と叫んでいる。浜の母の名前だろうか?女も浜を見ると、「から!」と叫んで駆け出した。自分の後ろで浜組の子達がざわついている。「浜」はやはり本当の名前じゃなかったか。母親が発した「から」という言葉はなんとなく大和言葉とは違った響きがある。いわゆる蝦夷の言葉だろうか。浜の母親が蝦夷だと考えると、猪熊の浜に対する扱いが腑に落ちる。浜の母親が蝦夷の地から攫われてきた奴隷であれば、例え浜が猪熊の子であったとしても、猪熊は浜を実子として認めることが出来なかったのだろう。鹿嶋の者達、いや鹿嶋に限らず、大和言葉を話す人々にとっては蝦夷の女が産んだ子は父親が大和民族であっても蝦夷であるという暗黙の認識があるのだろう。

 浜と母親は浜辺に膝を付き抱き合って泣いている。自分の後ろから鼻を啜る音が聞こえてきた。浜組の子達が親子が再会した場面を見て泣いているのだ。そういえば、浜組の子達の殆どはごく最近父母を殺されたばかりだ。浜の境遇を自分達の身に重ね合わせて泣いているのだろう。

 二人の側で烏木が少し困った顔で立ち尽くしている。浜の母親は猪熊の奴隷に過ぎない。烏木は今猪熊の財産の管理を命ぜられている。だから、烏木は奴隷である浜の母親を立たせて無理やりこっちに引き連れて来ることができる筈だ。しかし、それが出来ない。なぜなら、その奴隷と抱き合っている浜は、かつては猪熊の奴隷だったが、今は自分に直属の部下の一人だ。今この場では自分が最高権力者だ。烏木は自分の直属の部下に命令を出す権限はない。だから、烏木は浜に手を出すことは出来ない。黙って側に立っているしかないのだ。

 自分は烏木を手招きする。烏木は自分に呼ばれたことでホッとしたようだ。足早に自分の所に来た。

「あがめがなばなんぢょ?」あの女の名前は何だ?と自分は烏木に尋ねる。「ならなり」ナラです、と烏木が答える。やはり大和言葉と少し違う感じだ。「ならがこがなば?」ナラの子供の名は?と聞くと、烏木は何故そんなことを聞くのかとでも言いたげな、不思議そうな表情で「からなり」と答えた。やはりカラが浜の名前か。

「ならばわれらがぴきとぅるべち」ナラは自分達が連れて行く、と告げると、烏木は安心したというような表情で黙って頷く。カラを置いていかれても困ることは明らかだ。

「ちゃてなればわがみやにちるべすべち」それではお前が自分の社、つまり、元の猪熊の家に、案内しろ、と烏木に命じる。烏木は深く頷いて、犬井達と共に、自分達と猿沢を集落の中に案内する。猿沢の兵には船の警備を命じて浜に残した。途中、抱き合って泣いていた浜の肩を叩き、二人共自分達に付いてくるよう指示する。

 元の猪熊の家は、息栖より大きな勢力の頭領であった者の家だから、大鷲の家より大きなものだった。自分達は奥の上座に案内された。浜組の子達に休息を取らせ、その間、自分、鷺姫、犬井、烏木、猿沢で今後の行動について話し合う。

 もうすぐここに息栖と香取の船団が到着する。その船団には御浦の船も付いてくる。これらの船には、大鷲、亀山、鷹取が乗っている。したがって、ここ鹿嶋の地に、鹿嶋の犬井、息栖の大鷲、香取の亀山、御浦の鷹取という南関東の4つの大勢力の頭領が一堂に会するのだ。

 船団が到着したら、この4大勢力が神である自分を旗頭にして同盟を結ぶ話し合いを行う。この同盟は、茨城南部から神奈川の鎌倉辺りまでの太平洋岸全てをカバーすることになる。

 この同盟内の争い事は戦によってではなく自分が裁定を下して解決する。同時に自分はこの同盟に対して、製鉄など様々な新しい技術を提供する。手始めは、プロアの作り方とその操船技術だ。プロアはこの同盟内の結束を高める最大の要素だ。なぜならば、今まで船で数日も掛かっていた距離がプロアを使えば半日も掛からずに行き来できるようになる。これにより、この地域の物および人の流通に革命を齎すのだ。

 この同盟は、自分が齎す様々な利益に対する代償として、自分及び自分の里を守る義務を負う。自分の里の外側に兵を配置し、自分の里への外敵の侵入を阻止するのだ。

 さらにこの同盟は関東地方の統一を目指す。この同盟の外側にいる勢力にこの同盟に加わるよう説得し、取り込んでいくのだ。取り込む際には自分が齎す新しい技術を飴とし、同盟の統一した武力を鞭として使うのだ。

 そして、この同盟は東進してくる大和勢力と対峙し、これを関東から排除する。とりあえずこんなところだろうか。

 今日これから、この同盟を成立させ、自分の権威を見せつけるために儀式を行う。熊井の処刑だ。熊井および死んだ猪熊は、鹿嶋の力を濫用し、香取や息栖に災いを齎してきた。それに加えて、熊井は、神である自分を弑そうと策略を弄した。災の元である猪熊を倒した犬井には、自分への忠誠を誓う証として、熊井をその手で処刑してもらわなければならない。熊井は鷹取達の船で運ばれている途中だ。

 会談の最中、浜から男が駆け込んできた。多数の船が接近中だという知らせを持ってきた。到着したか。

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