第9話 とある寮にて
「……こっちよ」
シャーロットが指さしたのは学園の隅にある人気のない廊下の壁。
ここは歴代の卒業生のギャラリーや肖像画が飾ってあるエリアで、他にはさして何もないため生徒たちは長い学園生活で1度来るくらいでほとんど人が訪れることは無い。
「ここって、ただの壁じゃん」
アドラーは何言ってんだと言わんばかりの視線を彼女に向ける。
「寮があるのは反対側だろ?」
続けてルカも彼らに向かって4つの寮が集まるエリアを指さした。
「それは四季のだろ?」
そう言ってレイモンドはその壁に手をかざした。
するとその瞬間、壁がみるみるうちに形を変えゲートのようなものへと変化する。
「すご……」
ゲートの奥をくぐる。
そこには星の降る美しい夜が広がっていた。
どこまでも続く森には月光を受け紫に輝く滝や花たち。湖畔を越え、ランタンの照らす小道を歩くとそこに第0寮は立っていた。それはお城のようでいてどこか神殿のような雰囲気の漂わせている。
大理石の敷き詰められた玄関ホール。金青の絨毯に身を包んだ中央階段を上がると頭上に満天の星空をはめ込んだアーチ状の天井が現れる。サロンにはセンスのいい調度品。素人目から見ても一級品であることが容易に察せられる。
「城じゃん」
「城よ?」
アドラーの言葉にシャーロットは驚く様子もなく答えた。
そのまま中央階段からまっすぐ奥へ進むと大きな時計のついた扉だけが置かれた部屋が現れた。
「この時計は?」
「入り口だ」
「何個もあるってこと?」
「そういうことよ」
「うわ今度探してみよ」
興味津々のアドラーにレイモンドは一生見つけられないだろうと笑っている。
第0寮は母屋と離れが2つで構成されており、そこには図書館やプール、庭園にギャラリー、温室、天文台など2人しかいない寮にしては広すぎる、贅沢すぎる空間だった。
「ウチの寮もすごいと思ってたけど、流石に想像以上だったな」
ルカが驚きの中で絞り出した言葉はありきたりなセリフであったが、アドラーはこれ以上ないほど激しく同意した。
「てか新しい寮に金使いすぎじゃない!?」
それも2人しかいないのに。
アドラーが不満気に溢す。
「ここは学校のお金で建てたものじゃないわ」
「え?」
「ここは元々ライデンのOBたちが作った同窓生用の宿泊施設。なんだかんだで卒業後ライデンに来る先輩とか同窓会のパーティー会場として使われてたんだ」
レイモンドの答えにルカは疑問を抱いた。
「じゃあ勝手に使うのはマズいんじゃないのか?」
学園のものならまだしも、OBが自分たちで作ったと言うのならそれはOBたちのもので学園のものではない。おそらく場所も転移魔法で学園の中ではないのだろう。そんな場所を勝手に使おうものなら今後ここに泊まりくるOBからお叱りを受けるに違いない。
「あーそこは大丈夫」
「OB代表から許可は貰ってるんだ」
「へぇー」
「……ねぇこれってカレッジエッグだよね?」
アドラーが指さしたのはショーケースの中に飾られた小さな置物だった。そこにはたくさんの卵型の置物が飾られており、似ているようで少しずつデザインが違う。そしてそれぞれには美しい宝石がはめ込まれていた。
「よく知ってるわね」
「カレッジエッグって?」
「ライデンでは卒業と同時に一人一人カレッジエッグって呼ばれる置物を作るの。卒業記念品としてね」
「そんなものがどうしてここに?」
ショーケースの中にあるのは1つや2つではない。
なぜこれだけの数の記念品が持ち帰られず飾られているのか。
「ウチの先輩は皆適当だからな。持って帰るのが面倒だったんだろう」
レイモンドは適当に答えた。
すると同時にシャーロットの持っていたスマホが鳴る。
彼女ははいはいと返事をするとすぐに電話を切った。
「学園長室に来いですって」