第28話 とある闘技場にて
研究に参加して早2週間。
学内コンペまでは1か月を切り、さすがのミスティー・ブルーと言えど焦りを隠せなくなっていた。
「どーして発動しないかなぁ……」
周囲への影響を鑑みて地下の魔法を遮断できる施設内であの魔法を使おうとするが、何度やってもうまくいかないどころが正解のイメージすら掴めない。当時の映像を何度も見たが、正直あれが自分だということすら信じがたい。今でも自分の皮をかぶった別物なのではないだろうかと思う。
「もうこうなったら当時の状況を再現するしかねーよな?」
「え?」
「一回死んでみる?」
怒声が飛び交う観客席。中央のリングには死にかけの男とそれを執拗に殴る男。観客たちは時に大きな足音を鳴らしながら男たちを煽り続けている。
「ここって……」
「秋の名物、地下闘技場」
「はい?」
「研究には金がかかるんでね。ウチはこーいうので稼いでるってわけ」
唖然とするルカとアドラーの後ろにある扉が開いた。
「こんなところまで呼び出してなんなの?」
不満そうにしているシャーロット。隣に侍らせたレイモンドが押している車いすには間違いなくここの支配人、第3寮寮長のクリス・マグノリアが座っていた。
「お友達がいたほうが楽しいんじゃないかと思ってな」
ミスティーの言葉にボーっとしていた頭がようやく思考をし始める。
当時の状況、つまり死にかけたあの状況を再現する。ここで。
……まさか。
「ブルー先輩、まさかここで俺に戦えなんて言いませんよね?」
「ご名答」
「まじか……」
「ついでにアドラーも」
「え!?」
「だってあの魔法が発動したときはお前もいただろ?自分のためじゃなく友達のために発動した可能性もあるからな」
2人、特にアドラーの顔がどんどん青くなっていく。顔面蒼白とはまさにこのことを言うのだろう。
対して呼ばれただけのシャーロットは呑気にこの賭博場のボスであるクリスに今日のオッズについて尋ねていた。
『今日のラストは初参戦のド素人!お待ちかねの死人が出るぜ!!』
アナウンスとともに会場には待ってましたと言わんばかりの野太い歓声が上がる。
『初参戦のド素人1人目は第2寮1年、ひ弱な僕ちゃんアドラー・ルイス。同じく第2寮からルカ・フェイマス。2人ともミスティー兄さんと支配人からのプッシュでお越しいただきました。対するはこのライデン地下闘技場のスター。控えめに言っても10人はヤッてる!お前目つきだけで殺せんじゃねーの?ッタイガー・キラーーーーー』
心底生気のない2人とは対照的に、タイガーは歓声を浴びて意気揚々とリングに上がった。
『正直不安しかないけど、支配人からは勿論殺しても構わないとのお言葉をいただいております。お前ら喜べ!』
わかりやすいほどの弱い者いじめだ。観客たちは盛大な拍手とともに野次を送った。血管が破れてしまいそうなほどのテンションでフェンスの上に上った実況者兼司会者はそのまま指を3本立てた。
『ルールは簡単。一つ、武器魔法は使ってもいいが野暮だぜ。一つ、続行不能と支配人か相手が判断するか死んだら負け。一つ、ここであったことはいかなる内容でも秘匿すること』
準備はいいか?
『OK!始めようぜ!』
司会者の彼が怒鳴ればたちまち大歓声が巻き起こる。あちこちから「やっちまえー!」「血祭りだァ!」などと怒声が飛び交い、地響きかと錯覚するほどの力強い足踏みが起こっている。ちなみに賭けは行われていない。勝敗など見えているようなものなので。VIP席から見下ろすシャーロットはオペラグラス片手に「楽しみ」などと呟いており、隣のレイモンドは心配で肝を冷やしていた。
ルカとアドラーは勿論逃げ回った。それがたとえどんなにブーイングを食らう行為であろうと、自分の命には代えられない。だがこんなに狭いリング内でいつまでも逃げ回れるはずがなく、タイガーは追いかけては殴りまくった。ゴンッと響く鈍い音が鳴るたびに観客たちは歓声を上げる。この学校の数少ない娯楽であるこの殺戮ショーに観客たちは大いに沸いた。あまりの客の喜びようにレイモンドは途中クリスが「こんな人気になるなら借金返済遅れのやつとか捕まえて定期的にやるのもありだな」と言っていたことを忘れない。この男には絶対借りを作らないようにしよう。そう心に誓った。
いつの間にか客席でも空いたビール瓶やワインを投げたり観客の頭でかち割ったりとハイテンションの中どちらがリング上なのかわからないレベルでの乱闘が繰り広げられる。
「うぐっ……」
いよいよお互い言葉も発せなくなってきた頃、ルカはひたすら魔法が発動することを願った。これさえ発動すれば終わるのに。いつまでたっても発動する様子はない。いい加減死んでしまう。そう思ったとき、辺りは真っ暗になった。
『勝者、ッタイガー・キラーーーーー!』
司会者はリングへ降り立ちタイガーの手を取って上げさせた。会場の熱気は冷めやらず、タイガーの名前を呼び続けた。血まみれのリングが片付けられ、2人が担架で運ばれていく。
「あーあ、ダメだったか」
「そのようだな。どうする?時間もないだろう?」
「テーマを戻されてはどうです?そもそもミスティー先輩の専門は魔法そのものよりももっと工学よりなのでしょう?」
秋の幹部たちの会話に割って入ったのはシャーロットだった。彼女は臆することなく今思いついたかのようにスラスラと言葉を並べていく。
「期限も短く、そもそもどこがゴールかもわかっていない。成功したところで実用に耐えうるものかすら判断できない。そんなものにこれ以上時間を費やすのは無駄だと思いますけれど?」
「中々頭がキレるみたいですね」
「2年の首席であるクリス先輩に褒めてもらえるなんて光栄ですね」
「さっきの殺し合いを見た時の反応といいただものじゃないよな」
「やだミスティー先輩。どこからどう見てもかわいいひ弱な1年生でしょう?」
「ハッ、どーだかな」
テーマを戻すにも問題がある、とミスティーは悩むそぶりを見せた。なんでももともと予定していたテーマは魔法における人工知能の活用であり、現段階の予算では望むレベルまで研究ができないのだという。
「何ですその目」
「稼げそうなのがいるなぁ、と思いまして」
「……え?」




