五、
ごつん
ごっつん
背中になにか固いものが当たるのを感じ、クラリスは目を覚ました。
「ちょっと、邪魔なんだけど」
だるく重く、ぶらっきぼうな声が頭の上からふってくる。
「ふにゃ?」
重たいまぶたを半分開くと、黒いローブを羽織った男の人の顔がぼやけて見えた。こちらをのぞきこまれて・・・・・・違う! 見下ろされてる!
そうだ、昨日は店主を待って店の入口で寝てしまったんだ。なんたる失態! 横になってしまったこと、自分の身体が扉を塞いでしまっていることを瞬時に理解する。
「ごごごごごっ、ごめんなさいっ」
ばばばっとすぐに立ち上がると、男の人はそのまますぐに中へと引っ込んだ。え、扉を開けにきたんじゃないの? クラリスは戸惑ったが、それより先にすべきことを思いだし、行動に出た。
男の人が奥の部屋へと姿を消す前に、扉を開けて中に入りつかまえようと必死で後を追い――ローブを掴む。男の人が足を止める。
「何か用」
男の人はこちらを振り向きもせずに言った。
「店主さんに会わせてください! 私、ここで修行をしたいんです! “旅立ち”で故郷を出てきました! クラリス・フォンテインです! お願いします、店主さんに会わせてください!」
ぎゅっとローブを両手で掴んだまま訴える。なんとか説明できただろうか。
「僕だけど」
「はへ?」
何が“僕”なのかわからずに、すっとぼけた声が漏れる。
「店主。僕なんだけど」
男の人――店主が、少しだけこちらを見て言った。
「・・・・・・え?!」
店主ってあの嫌ぁな中年のおっさんくらいかそれ以上のお年の人かと思ってた! ってか昨日、店主に会いたいって言っても返事くれなかったじゃない! あ、でも目の前にいたんだよね・・・・・・。そういう意味だったの?
様々な考えが頭の中をかけめぐる。
「もっと年季の入った人のところがいいなら他をあたれば」
「いや、ここがいいです!」
ぶらっきぼうな言葉に、必死に食らいつく。ここがいい。ここだと決めたんだもん!
「ここで・・・・・・あなたのもとで修行させてください! お願いします!」
師匠がどんな人だってかまわない。この店のものを作っている人のもとで修行をしたいのだ。クラリスはローブで隠れて見えない男の人の瞳(のあるだろうところ)をしっかりと見つめて頼み、床に頭がつくほどお辞儀する。
少しすきまが空いて、答えがきた。
「好きにすれば」
これまたそっけない言い方に驚く。が、これってOKってことだよね?!
「ありがとうございます!」
持てる限りの心を込めて、お礼を伝える。
やった! 修行先が決まったんだ! 歓びのあまり手にも力が入る。
「・・・・・・そろそろその手、放してくれる」
あ。ずっとローブを掴みっぱなしだった。
「す、すみませんっ」
ぱっと掴んでいたローブを放す。恥ずかしさで顔が熱い。しょっぱなから恥をさらしてしまった。
「・・・・・・えは?」
「・・・・・・ほへ?」
「だから、名前は?」
「あ、あの、クラリス・フォン」
「君の名前はさっき聞いた。君じゃなくて、そっちの鬼火」
(鬼火?)
鬼火ってなんだろう。クラリスは頭をフル回転させる。鬼火鬼火おにび・・・・・・火・・・・・・名前、あ!
「る、ルシファーです!」
カバンを開けて、ルシファーに出てきてもらう。
「ごあいさつして」
「おいら、ルシファー! よろしくぅ!」
ルシファーが元気よくあいさつする。目がぎょろりと動く。
「わかった。じゃ」
男の人が奥へ消えていこうとする。
「ま、待ってください!」
まだ、大切なことを聞いていない。男の人は面倒そうに、今度はほんの少し振り返った。
「お名前は・・・・・・」
また、少し間があいた。と。
「・・・・・・スタルク」
ぼそりと聞こえた。
「スタルク・ギルバルド」
そう名乗ると、そのまま奥の部屋へと消えていった。
「スタルク。スタルク・ギルバルド」
奥の部屋を見つめながら、名前を復唱する。師匠!
(やった・・・・・・! やったやった!! ここで修行ができるんだ!)
そう思ったら、気持ちがどんどん高揚してきた。
「ばんざ―――――い!!」
大きな声は出せないけれど、小さな声で小さく手を上げて、ルシファーとばんざいした(ルシファーは火を大きくしてくるくると後ろに回転した)。
お父さんお母さん、無事に修行先を見つけました。薬とおまじないのお店です(多分)。堂々と帰れるように、修行に励みます。
よし、がんばるぞ!
昨夜は曇天で雨が降る直前だった心の中が、今は晴れ晴れとしている。昇ってきた太陽がきらきらと道を照らす。私の修行の道も、きらきらだ!
お店の中はぜんぜんきらきらじゃないけどね。